坂田さん、坂田さん
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「只今戻りましたー」
買い出しを終えて店に入ると、金輪際会いたくないと思っていた顔がそこにあった。
「あ、あの時のねーちゃん」
「あ、ドMの男性」
私とドMの男性が同時に口を開く。さすがにドMとか言うのは失礼だったか。いや、でもMなら言われた方が嬉しいのかもしれない。
そんな事を考えていたが、男性は物凄く嫌そうな顔をしていた。
もしかしたらMだと指摘されるのは嫌なのかもしれない。面倒くさい人だ。
「おいおい、勘弁してくれよねーちゃん。俺Mじゃねーんだけど。俺ァSだよ?しかもドのつくほうのSだよ?」
「はぁ、そうですか」
何だか良く分からないが、明言することではないと思う。
でも殴らねーの?と尋ねてくる人がSだとは思えない。もしかしたら自分をSだとは勘違いしている系のMなのかもしれない。
そんな事を考えていると男性は私の肩を馴れ馴れしく抱いてきた。
何だテメェ、という思いを込めながら自分よりずっと高い位置にある男性の顔を睨みつける。すると男性はニヤリとあくどい笑みを浮かべた。どこぞの代官様か。
「あー、良いね。そう言う顔」
調教したくなる。
耳元で囁かれた言葉に背筋がゾクッとした。うわぁ、キモ。顔はそれなりに整っていると思うが、ほぼほぼ初対面の男性に言われると流石に鳥肌ものだ。いや、嘘。初対面じゃなくても鳥肌ものだ。
私は着物の上から鳥肌がたった腕を擦った。
「気持ち悪い…じゃなかった。離して下さい、お客さん」
「おーい、本音が全然隠せてねーぞ」
何だそれ。それではこの間のこの男性と変わらないではないか。物凄く不本意だ。やめてくれ。
男性は何事もなかったかのようにあっさりと私の肩から手を離すとカウンター席に戻って食べ始めた。えっ?ご飯に小豆かけて食べてる…?嘘だろ、オイ。絶対ベタ甘で気持ち悪くなるよ。ていうか、見てるこっちが気持ち悪くなる。
「そういやねーちゃん、ここで働いてんの?バイト?」
男性は私のお客さん、という発言からそう思ったのだろう。だが残念。バイトではない。
「いえ、家の手伝いです」
「へー…家の手伝いね…家の手伝い?」
男性は私の言葉を反芻する。そして驚いた目でこちらを見てきた。
「え?ねーちゃんもしかして…」
「この定食屋の娘です」
「えっ、うっそ、マジか!!親父ー!!アンタ娘こさえてたんか!!」
男性の言葉にカウンターに居るお父さんはハハッと笑った。てかお父さんカウンターにいたならさっき絡まれてたとき助けてよ。
「なんだい、銀さん。もしかしてうちの娘に惚れたか?」
「何でそうなんだよ」
不本意そうな男性。おい、なんでそんな嫌そうなんだ。対して私のこと知らないくせに失礼だろ。いや、好かれてても嬉しくはないけれども。というか、この人、うちの常連さんなのかな。
「お父さん、はい、これ」
私は納得できずに少しムッとしながらお父さんに買ってきた物を渡した。
「おお、ありがと。いやー、にしても響子と銀さんが知り合いだったとはねぇ」
「ねぇお父さんその話まだつづくの」
「いや、俺ァ親父に娘がいた事の方がビックリだね」
「お客さんもなんで乗っかるんですか。私の話から離れて下さいよ」
「息子もいるよ。ま、ロクに親父に顔も見せねーけどな。その代わり響子はたまにこうして手伝ってくれるんだからありがてぇもんさ」
感謝を伝えられて居心地が悪くなる。少しむず痒いというか、変な感じだ。
「へー。お前、見かけによらず孝行娘なんだな」
「すごく失礼な発言じゃないですか、それ。もしかして喧嘩売ってます?」
「売ってねーよ。素直に褒めてんだろーが」
男性は相変わらず死んだ魚のような目で私を見る。その瞳に私が映っているのに、男性は私を見ていないような感じがする。男性がじっと見てくるので私も静かに見返す。しばらくそうやって視線を交わしていると、男性はふいと視線をそらした。
「じゃあ俺帰るわー。ごちそーさん」
そう言うと男性はそそくさと立ち去って行った。まるで嵐みたいな人だ。というか、どうして私の顔をじっと見ていたんだろうか。そんなにお父さんと似てなかったかな。ぼーっと考え込んでいると、あることに気がついた。
あれ?今、あの人お金払っていった?そう思って男性が座っていたテーブルを見る。良かった、きちんとお金は置かれてた。
「お父さん、これさっきの人のお勘定」
「おうありがとな…」
お父さんはお金を受け取った後、ヒクリと頬を引き攣らせた。
「百円足りねーな」
お父さんはボソリと呟くと、苦笑いをしながらボリボリと頭を掻いた。
「しょーがねーな、銀さんは。ツケといてやるか」
お父さんの口元は緩んでいた。お父さんは随分とあの人を気に入っているみたいだ。
私はあの人が出て行った扉をじっと見た。
初対面でセクハラしてきたり、百円足りなかったり…なんというか。
「…ダメ男?」
私が呟いた言葉にお父さんはククッと可笑しそうに笑った。