Case1
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歌いきっても静かなままなことに違和感を覚えて、周りを見渡す。すると皆一様にポカンと口を開けて私を見ていた。
一体何だと言うんだろうか。もしかして、そんなに下手くそだった?
助けを求めるようにコナン君を見る。するとコナン君は顔を赤くしながら固まっていた。
「コナン君、どうしたの?熱?」
熱を測ろうと手を近付けると、コナン君は更に顔を真っ赤にさせて慌てて飛び退いた。コナン君の額を捉えなかった私の右手は中途半端なところで止まっている。それに気がついたコナン君もしまった、というような顔をしている。二人の間に気まずい沈黙が流れる。
その沈黙を打ち破ってくれたのは園子だった。
「やだっ!!あんためっちゃ歌上手いじゃん!!」
「え?」
「しかもすっごい表情が優しくて、私感動しちゃった!」
「ぼ、僕もすっごく良いと思ったよ!!」
興奮したように口々に感想を告げる園子と蘭。コナン君も褒めてくれた。何だか気恥ずかしくて思わず俯いてしまった。
「あ、ありがと…」
「自信持ちな!アンタ上手かったぜ!!」
達也さんがバンバンと私の背中を叩いてくる。お酒が入ってるからか、達也さんは顔を真っ赤にして陽気に笑っている。
「ほんと、どっかの下手なバンドより、よっぽど上手いぜ…」
達也さんは笑いながらジャンパーのポケットからライターと煙草を取り出して、蒸かし始めた。達也さんの発言に美江子さんや田中さんは息を呑む。
「ちょっと達也、飲みすぎよ!言ったでしょ?この後トーク番組があるって…」
麻理さんがビールを呷り始めた達也さんに声を掛けると、達也さんは途端に恐い顔をした。
「うるせぇ、ドブス!ひっこんでろ!!」
「ど、ドブス…?」
蘭は達也さんの言葉に疑問の声を上げる。麻理さんは誰が見ても美人なのに、なぜドブス呼ばわりなのか、ということだろう。
それよりも今の発言で見せた麻理さんの表情が気になる。ぎゅっと拳を握りしめて達也さんを見る姿は、少し恐ろしかった。何となく、嫌なことが起こりそうな気がして私は自分の腕をぎゅっと抱きしめた。
達也さんはその後、一人一人のメンバーに曲をリクエストしていった。
田中さんには「俺がいねーと何もできねーのび太だから」という理由でドラえもん。
麻理さんには「中学生の頃までサンタを信じていた」という理由で赤鼻のトナカイ。
こう言うと、まるで達也さんは凄く嫌な奴のように聞こえるかもしれない。でもバンドメンバー以外の私や蘭や園子に対しては細やかな気遣いを見せたり、コナン君に曲の入れ方を教えてあげようとしたりする心優しい人だった。
私には無理して彼らに対して冷たく当たっているようにしか見えなかった。
「あの、達也さん…」
美江子さんが歌っているときに達也さんに話しかける。達也さんは何だ?と笑顔で対応してくれた。ほら、やっぱり優しい人だ。
「どうして彼らに対してわざと辛辣な態度をとるんですか?特に麻理さんにはその傾向が強いみたいですが…」
達也さんは私の言葉に目を丸くした。この表情は、バレているとは思わなかった、とでも言いたげだった。
「ほかの人から見たら、結構分かりやすいと思いますよ」
そう言うと、達也さんは寂しそうに笑い、静かに語り始めた。
「あー…。実は俺、このツアーが終わったらこのバンド、抜けるんだよ。その時、俺が居なくなったらアイツら、きっと自信なくしちまうからよ…。
麻理は…。色々あってな。昔のアイツに戻って欲しーんだよ」
「達也さんは、本当に皆さんのことが大好きなんですね」
「当たり前だろ。じゃなきゃ一緒にバンドなんか組めねーよ」
そう言った達也さんの表情は本当に優しかった。私も釣られて微笑む。達也さんはぐしゃぐしゃと私の頭をかき混ぜた。
「これはオフレコにしといてくれよ」
その後ですぐにコナン君が達也さんに近付いてきた。美江子さんが泣きながら歌っている理由を聞きに来たようだ。達也さんはバンドを抜けることを話す。その声は大きかったのか、近くに居た園子にまで聞こえていたらしく、園子は大きな声で驚きの声を上げていた。
「えー!!もしかして『レックス』辞めちゃうんですかー?」
「ああ…。このツアーが終わったら俺は抜けるんだ…。バンドの皆も知ってることさ…」
達也さんは園子に話し掛けていた口調からは一転して荒い口調になる。
「へっ!そうさ!!下手くそなドラムやガキっぽいギター!そしてお高くとまったマネージャーとも、おさらばってわけよ!!!」
達也さんの言葉に私は何とも言えない気持ちになる。それを言われた本人達は間違いなく傷ついてる。でもそれを言ってる達也さんは同じくらい傷ついてる。
達也さんから口止めされているから絶対に言ったりはしないし、余計なことをするつもりも無い。でもこうやってすれ違っている状態は見ていて辛いものだった。