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御伽噺とは言わないが。外伝

正月

それはだいたいの人ならば、休みであるはずの日であり、安息の日である。
だがしかし、それでも休みのない人はどうしてもいるのだ。
24時間営業が当たり前となった店や初売りセールをする店の勤め人など様々な理由で働く人が存在するが、ここにもそんな人達がいた。

「たかが煩悩無くす為だけに鐘を鳴らし続けるってどうなんだろうね〜!?」

疲れがピークに達してしまったのか、徳永はそんな僧侶らしからぬ言葉を吐く。
時は年末、ただでさえ秘境である鈴鍵村には神社はなく、修正会(仏教に置いて初詣は修正会という)は村人ほぼ全員がこちらにくる。
従って、この時期の包安寺は慌しくなる。
新年の準備だけではなく、煤祓いを済ませた徳治達の疲れは溜まる一方だった。
「…悲鳴あげてる暇があったらこっち手伝ってよ。」
呆れながら声をかけた徳治の手元には、筆と硯と和紙が置いてあった。
この和紙は世帯ごとに配るお札になるものである。この文字を書く役目は先祖返りが行うことに決まっていた。
「あー完成したお札を敷く新聞足りない?」
「うん。」
「分かった、お手伝いさんに言ってくる〜。」
すたすたとその場を後にした徳永の背中を徳治は複雑な面持ちで見ていた。

(…過疎化も進んでるこの村に本家から人を毎年送って来るのもどうなんだかな。)

常時2人しか僧侶がいないので、この時期になるとヘルプで本家から人が送られてくる。
しかし、本当の目的は正月の手伝いではないことくらい、徳治は嫌でも理解できた。

「徳治様。」
しばらくすると、新聞を持った僧侶がこちらに来た。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
新聞を渡してくれただけだが、距離がある位置から渡される。相手の表情は固く、新聞を持っている手も端に握られていた。
(考え過ぎと思いたいけどね。)
新聞を取ると、すぐに相手は礼儀正しく一礼して、物音を立てずにその場を去った。
(…礼儀正し過ぎて、まるで機械みたいだ。)

本家から人が来るのは、明言はされていないがおそらく、徳治の監視だった。

(まぁ、おじさんだってその為におれと暮らしているようなもんだけど、本家の人って態度が露骨過ぎるからな…。)
ハァと零れた溜息は疲れなのか嘆きなのか、自分では理解できないし、したくもないと考えを振り払うように徳治は業務に戻った。

先祖返りは、あくまで畏敬の存在であり、上層部といえる僧侶達にしか、その存在を知られていない。
ちなみに鈴鍵村の村人達も先祖返りのことは知らない。
しかし、知ってはいても僧侶達から徳治に向けて様々な視線が送られてくる。態度には常に一線引かれており、徳治はそれが昔から窮屈に感じている。

(まぁ向こうからすればおれはきっと化け物にでも見えるんだろうな。)

今は理解できなくもない。
しかし、昔はそれで荒れた。当時の紗枝をはじめとした村人達や、徳永の存在は大きかった。
過去のあれこれを思い出して、羞恥で思わず筆を握る力が強くなり―――――
「あ。」
文字が思いっきり崩れたものになってしまった。
「新聞、届いた?」
ひょっこりと障子から顔を出した徳永は、徳治の様子を見てきた。
「届いたよ。」
「じゃ、時間もいいしここでちょっと休憩しよっか。」

いつも食事に使っている部屋はヘルプの僧侶達が使っているらしく、徳治と徳永は今いる部屋で休憩を取ることにした。
「はいこれ、炊き出しのお汁粉の試作品~。」
「…試作品を休憩に出すってどうなの?」
「いいでしょ、一石二鳥!」
いい加減ともいえるが、目の前に出されたお汁粉は試作品とはいえど、蒸気と餡子の甘い香りが鼻腔をくすぐり、それは徳治の食欲を刺激するのには十分だった。
「いただきます。」
「どうぞ~。」
ここに徳永が来た時のことを不意に思い出した。
(あの頃は精進料理以外の料理のレパートリーが少なくて、不満感じてたなぁ・・・。)
お汁粉の熱が椀から手に伝わり熱をあまり感じない淵まで滑らせ箸を取る。箸で少しかき混ぜて沈殿している餡を浮上させてから、椀を傾け少し啜る。
「熱くない?」
「ん、ちょうどいいくらい。」
「そりゃ良かった。」
徳永も自分の分に手をつけた。
徳治は浮いていた白玉を取り持ち上げた。白く輝いているように見えるそれを口に運ぶが思うより少し熱を持っていて、あふあふと口に空気を入れて冷ました。
「大丈夫?」
「へーき。」
白玉の素朴ともいえる味とそれに絡みつく餡子の味を堪能したところで徳治は聞いてみた。
「…本家の人におれのことなんか言った?」
「どうしてそう思う?」
内容が内容なだけに徳永も一旦箸を置いてこちらを見る。
「別に、直感だけど。」
「…いつもと同じだよ、裏山、鈴鍵村、加えてお前と六兵衛の様子といった現状報告。」
徳永はこういったことは素直に聞けば答えてくれる、逆に聞かなければ何も言わない、意外と口が固い人である。
「まぁ、おじさんだってそういう立場だもんね。」
「うん。」
でも、と目を薄く開いて徳治を見据える。
「俺達を完全には信用しないこと。」
「………。」
「お前達を道具としてしか見ない俺達を、決して信用するな。」
「分かってるよ。」
たまに徳永から口から出てくるこの言葉を、徳治はあまり好ましく思っていなかった。
それを知っていても彼が口にするのはひょっとしたら自分ではなくて、彼自身に言い聞かせているのではないかと最近では思えるようになった。
「ま、信頼はしてもいいけどね。」
一気に表情を崩し、笑いかけた徳永はせっせとまたお汁粉を食べ始めた。
反対に徳治は、その様子を黙って見ていた。
少しの静寂が訪れた部屋の障子が開けられる。
「徳永さん、徳治様お客様です。」
「あ、もしかして…。」
自分の分の椀を置き、徳永はすぐに外に出た。
(…言ってくれるだけ、マシか。)
ちょっとだけ冷めたお汁粉を徳治は自分の胃に注いだ。
「徳治、もう食べた?」
「うん。」
「お客さん。」
「おれに?」
徳治は時間を見て、ピンと来た。
「紗枝か…。」

「この時期は忙しいって言ってるじゃないか…。」
ブツブツ文句言いながらも、徳治は紗枝に手伝ってもらっていた。
出来た物をてきぱきと並べ、完全に乾いた物を彼女は整頓してゆく。
「ごめん、でも家にいたくなかった。」
「…また後でお礼あげるから。」
年末になっても様子に変化が見られないことを知り、徳治は察していつもと同じ態度をとろうとするが、度重なる疲れからストレスが溜まっていることがバレてしまっていた。
彼女が帰るぎりぎりの時間になり、そろそろと帰り支度を始める紗枝を送るために玄関へと移動する。
「忙しいのは分かっていたけど、無理しないでよ。」
「分かってる。」
「今日の仕事はもうこれだけ?」
「いや、休みはするけど夜またある。」
そこでくるりと、体を向き合わせて口を小さくもごもご動かしながら幼馴染みは告げた。
「…あたしどうせお参りにも来れないし、あんたも忙しいだろうから先に言っとく。」
「?」
「来年もよろしく。」
こっちを向くこともなく、素っ気なく挨拶されるが、紗枝らしいといえばらしかった。
「…まさかそれだけを言うために?」
「早く仕事終わらせる。」
「はいはい。」
流されてしまったが、紗枝の心遣いは何となく察してしまった。
(…来年は、もう少し穏やかな年になってもらいたいな。)
先祖返りとしての人生、どうせろくな事が待っていないだろうが、こんな事くらいは人並みに願わせて欲しい。
「人並みの幸せも、来世に期待だな…。」
徳治にとっての正月はまだ始まったばかりである。
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