剣士の定め外伝
「おはよう。」
朝のリビングにて、三絵が両親に挨拶をする。
「おはよう。」
「おはよう、朝ごはんできてるわよ。」
「うん。」
そして、目の端に見える雲流丸に手で挨拶した。
『おはようでござる、三絵殿。』
三絵には視えるが、両親二人には視えていないので、三絵は声を出して雲流丸に挨拶できない。
しかし、けして無視はせず、視線だけでも自分を視てくれる三絵の心遣いに雲流丸は感謝している。
だが、挨拶ができないのになぜ雲流丸がリビングにいるのか。
それは、雲流丸がこの家に来たときにこんな会話があった。
「まぁ、父さんと母さんには視えないし、いつでもあたしの部屋にいてくれていいから。」
『………。』
「どうしたの?」
『いや、三絵殿は年頃の娘ゆえ、それがしがいつも部屋に居座るのはまずいのでは…。』
「そう?」
『たっ、たとえば…服を着脱する際…とか……。』
「いや、そっぽ向いてくれればいいし、そもそも雲流丸は幽霊だから実害ないし、ていうかあたし子どもだから。」
『そこは気にしなければ駄目であろう!』
「え、初対面の時には夜に病室にいた癖に?」
『あ、あれは…って、それとこれとは別だ!!』
顔を真っ赤にして叫ぶ雲流丸の訴えで、三絵の着替えや就寝といった時には雲流丸は三絵の部屋を出て、リビングにいるようにしている。
(…三絵殿はこういったことに無頓着なのか?)
とやり取りの後で雲流丸が一人悶々としたのは、まぁ当たり前だった。
「じゃあ、行ってきます!」
玄関で三絵を見送り、雲流丸は今日何をするか考えた。
とりあえず、三絵の部屋に置いてあるお菓子のストックを一部の生気を吸い取り、次は何をしようと考えた。
幽霊であるが為、雲流丸ができることはだいぶ限られている。
『…まあ、テレビとやらでも見るか。』
とふわりとまたリビングまで戻り、三絵母と一緒にテレビを見ていた。
「うう…。」
朝のドラマという番組を見て、三絵母は感極まっていた。
(母上殿は、見た目は三絵殿に似ておられるのに、性格は全く違うのだな。)
三絵だったら、無表情で見るような場面を見て泣きそうになっているので、三絵の性格は父親に似たのかもしれないと、とりとめのないことを考えた。
三絵母を横目で見ながら、雲流丸はあまり内容がよく分からない番組を見て時間を潰していた。
それから時間が更に経ち、三絵母は時間になるとパート先のコンビニに行くためにテレビを消し、戸締りをしっかりして家を出ていき、本格的に雲流丸の暇な時間が始まった。
『…うむ、そろそろか。』
時計の表記を見て、雲流丸はそわそわし始めた。
実はこのところ、雲流丸の日常にとある変化が起きていた。
それは―――――――
『おーい。』
窓から大助がこちらに向かって手を振っていた。
『…壁をすり抜けることができるだろうに。』
『いや~礼儀として一応重要だからな。』
ニカリと笑いかけ、お邪魔しますと窓をすり抜けて石野原家に大助は上がってきた。
風羽家のあの一件がしばらく経った後、こうしてたまに大助がこちらに訪ねることがある。
最初は約束もなく大助からこっちに一人できた。
一応、芽衣にはこちらに来ているということは言っているらしい。
突然だったので、驚いたが何もすることがなく、ただ時間を無為に過ごすだけだったので、雲流丸としては喜んで話し相手となった。
だが、ただ世間話をするだけではなく、大助は雲流丸にとって重要なことを教えてくれるのである。
『じゃあ、今日は今の俺たちの姿について教えるぜ。』
『よろしく頼む。』
一日でも自分が成仏できない理由を知るために幽霊について一から大助に教えてもらっているのである。
立場上そういった知識に詳しい大助が雲流丸の事情を知った上で教えたいと自ら行動を起こした結果がこのやり取りの始まりだった。
『幽霊の姿っていうのは二通りあってな、死んだときの年齢の姿と人生の絶頂期の姿、このどちらかだ。』
『…なぜ二つあるのでござるか?』
『あくまで今の俺たちは魂だけの存在だからな、姿は選べないが幸せだと感じる時期を過ごした奴は死んだ時とは違う姿をとることがあるんだよ。』
『…それがしは、どちらなのだろうか。』
『さぁな、でも一つだけ言えることは…。』
表情を硬くして、少し間を置いてから大助は口を開いた。
『まともじゃない未練が少しでもある奴は、死んだときの姿をしていることが多い。』
そう言われて思い出したのは、病院の中にいた幽霊たちだった。
彼らは確かに、死んだときの姿をしている者が多く、包帯を巻いている者や青白い顔をした者が多数だった。
『………。』
『俺もそうだしな。』
『大助殿も?』
『ああ。』
しょーもない未練だけどなと大助はにやりと笑った。
『まぁ、記憶を紛失している幽霊は結構いるから、そんなに重く考えなくていいと思うぞ。』
表情に出していないつもりだったが、どうやら見透かされていたようで、雲流丸は恥ずかしくて下を向いた。
『じゃ、嬢ちゃんによろしくな。』
『うむ、また今度もよろしく頼む。』
三絵が帰ってくる時間が近づき、大助は帰っていった。
少しの静寂がまた帰ってきて、ゆっくり目を閉じて雲流丸は昔いた病院のことを思い出した。
壁も床も白いどこまでも無機質な建物、いつも病院内で誰かが泣き、自分も含めた幽霊達が動き回っていた地獄のような光景。
そしてまた、ゆっくりと目を開けてみる。
夕日が窓から差し込み、家族の団らんにふさわしいリビングが橙一色に染まり、更にその部屋が温かみを増していた。
その橙を見て、かの人の髪を思い出した。
「ただいま~。」
ガチャリとドアが開いた音がして、雲流丸は優しい声音で返した。
『お帰り、三絵殿。』
朝のリビングにて、三絵が両親に挨拶をする。
「おはよう。」
「おはよう、朝ごはんできてるわよ。」
「うん。」
そして、目の端に見える雲流丸に手で挨拶した。
『おはようでござる、三絵殿。』
三絵には視えるが、両親二人には視えていないので、三絵は声を出して雲流丸に挨拶できない。
しかし、けして無視はせず、視線だけでも自分を視てくれる三絵の心遣いに雲流丸は感謝している。
だが、挨拶ができないのになぜ雲流丸がリビングにいるのか。
それは、雲流丸がこの家に来たときにこんな会話があった。
「まぁ、父さんと母さんには視えないし、いつでもあたしの部屋にいてくれていいから。」
『………。』
「どうしたの?」
『いや、三絵殿は年頃の娘ゆえ、それがしがいつも部屋に居座るのはまずいのでは…。』
「そう?」
『たっ、たとえば…服を着脱する際…とか……。』
「いや、そっぽ向いてくれればいいし、そもそも雲流丸は幽霊だから実害ないし、ていうかあたし子どもだから。」
『そこは気にしなければ駄目であろう!』
「え、初対面の時には夜に病室にいた癖に?」
『あ、あれは…って、それとこれとは別だ!!』
顔を真っ赤にして叫ぶ雲流丸の訴えで、三絵の着替えや就寝といった時には雲流丸は三絵の部屋を出て、リビングにいるようにしている。
(…三絵殿はこういったことに無頓着なのか?)
とやり取りの後で雲流丸が一人悶々としたのは、まぁ当たり前だった。
「じゃあ、行ってきます!」
玄関で三絵を見送り、雲流丸は今日何をするか考えた。
とりあえず、三絵の部屋に置いてあるお菓子のストックを一部の生気を吸い取り、次は何をしようと考えた。
幽霊であるが為、雲流丸ができることはだいぶ限られている。
『…まあ、テレビとやらでも見るか。』
とふわりとまたリビングまで戻り、三絵母と一緒にテレビを見ていた。
「うう…。」
朝のドラマという番組を見て、三絵母は感極まっていた。
(母上殿は、見た目は三絵殿に似ておられるのに、性格は全く違うのだな。)
三絵だったら、無表情で見るような場面を見て泣きそうになっているので、三絵の性格は父親に似たのかもしれないと、とりとめのないことを考えた。
三絵母を横目で見ながら、雲流丸はあまり内容がよく分からない番組を見て時間を潰していた。
それから時間が更に経ち、三絵母は時間になるとパート先のコンビニに行くためにテレビを消し、戸締りをしっかりして家を出ていき、本格的に雲流丸の暇な時間が始まった。
『…うむ、そろそろか。』
時計の表記を見て、雲流丸はそわそわし始めた。
実はこのところ、雲流丸の日常にとある変化が起きていた。
それは―――――――
『おーい。』
窓から大助がこちらに向かって手を振っていた。
『…壁をすり抜けることができるだろうに。』
『いや~礼儀として一応重要だからな。』
ニカリと笑いかけ、お邪魔しますと窓をすり抜けて石野原家に大助は上がってきた。
風羽家のあの一件がしばらく経った後、こうしてたまに大助がこちらに訪ねることがある。
最初は約束もなく大助からこっちに一人できた。
一応、芽衣にはこちらに来ているということは言っているらしい。
突然だったので、驚いたが何もすることがなく、ただ時間を無為に過ごすだけだったので、雲流丸としては喜んで話し相手となった。
だが、ただ世間話をするだけではなく、大助は雲流丸にとって重要なことを教えてくれるのである。
『じゃあ、今日は今の俺たちの姿について教えるぜ。』
『よろしく頼む。』
一日でも自分が成仏できない理由を知るために幽霊について一から大助に教えてもらっているのである。
立場上そういった知識に詳しい大助が雲流丸の事情を知った上で教えたいと自ら行動を起こした結果がこのやり取りの始まりだった。
『幽霊の姿っていうのは二通りあってな、死んだときの年齢の姿と人生の絶頂期の姿、このどちらかだ。』
『…なぜ二つあるのでござるか?』
『あくまで今の俺たちは魂だけの存在だからな、姿は選べないが幸せだと感じる時期を過ごした奴は死んだ時とは違う姿をとることがあるんだよ。』
『…それがしは、どちらなのだろうか。』
『さぁな、でも一つだけ言えることは…。』
表情を硬くして、少し間を置いてから大助は口を開いた。
『まともじゃない未練が少しでもある奴は、死んだときの姿をしていることが多い。』
そう言われて思い出したのは、病院の中にいた幽霊たちだった。
彼らは確かに、死んだときの姿をしている者が多く、包帯を巻いている者や青白い顔をした者が多数だった。
『………。』
『俺もそうだしな。』
『大助殿も?』
『ああ。』
しょーもない未練だけどなと大助はにやりと笑った。
『まぁ、記憶を紛失している幽霊は結構いるから、そんなに重く考えなくていいと思うぞ。』
表情に出していないつもりだったが、どうやら見透かされていたようで、雲流丸は恥ずかしくて下を向いた。
『じゃ、嬢ちゃんによろしくな。』
『うむ、また今度もよろしく頼む。』
三絵が帰ってくる時間が近づき、大助は帰っていった。
少しの静寂がまた帰ってきて、ゆっくり目を閉じて雲流丸は昔いた病院のことを思い出した。
壁も床も白いどこまでも無機質な建物、いつも病院内で誰かが泣き、自分も含めた幽霊達が動き回っていた地獄のような光景。
そしてまた、ゆっくりと目を開けてみる。
夕日が窓から差し込み、家族の団らんにふさわしいリビングが橙一色に染まり、更にその部屋が温かみを増していた。
その橙を見て、かの人の髪を思い出した。
「ただいま~。」
ガチャリとドアが開いた音がして、雲流丸は優しい声音で返した。
『お帰り、三絵殿。』
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