第一章


「ちょっと、徳治!」
絵本から目を外し声のする方角を見ると幼馴染の木戸 紗枝(きど さえ)がこちらを見ていた。
「またその絵本読んでるの?」
「まあね。」
「飽きないわけ?」
「うん、飽きるね。」
「…なんで読んでるの。」
「うーん、宿命みたいな?」
「訳わからない。」
「分からなくていいよ。」
毎度お馴染みのやりとりが繰り返される。

この坊主の名前は福釜 徳治(ふくがま とくはる)。
ここ、包安寺(ほうあんじ)の見習い坊主で、今はお昼休憩中のようだった。

「そもそも学校は?」
「今日は行かない。」
「立派なご身分だねぇ、世間じゃ学校に行きたくても行けない子がたくさんいるのに。」
「…そっちこそ見習い坊主のくせに説教するわけ?」
「それを言うならたぶん説法のことだと思う。」
「あたしにしてみれば、似たようなもんよ。」
漫才みたいな会話が繰り返されるが、本人たちにしたらいつも通りのことなので、顔色ひとつ変えない。
「そんな会話を聞かされるこっちの身にもなれよ…。」
奥から出てきたのは徳治の保護者である福釜 徳永(ふくがま とくなが)である。
「こんにちは。」
「おう、紗枝ちゃん!今日もかわいいね。」
「開口一番に口説きをいれるのもやめてよ…。」
紗枝は徳治の後ろへ隠れた。
「だからっておれのほうに隠れるのもやめてよ。」
「ちょうどいいところにいたんだから、しょうがないでしょ。」
「あーあ、アツいなぁ…。」
無自覚な本人たちを差し置いておっさんは一人ため息をついた。
「お昼ご飯できたから、呼びにきただけなんだけどな…。」
「そうなら先に言ってよ。」
腰を上げて徳治は中に戻ろうとする。
「じゃあ、あたしもお邪魔」
「ごめん、さすがに紗枝ちゃんの分はない。」
「…甘い言葉を吐くくせにまったく行動に移せてないじゃない。」
「手厳しいなぁ。」
「お呼びじゃないみたいだから、あたし帰る。」
「…家に?」
「まさか。」
正直わかりきっていた答えではあるが、紗枝の顔にほんのわずかな陰りが出てきたことに徳治は気づいていた。
「別に飯はないけど菓子くらいはあるんじゃない、おじさん。」
「ん、確かにお供え物でいただいたものだったらあるぞ。」
「だってさ、それだけでも食べていきなよ。」
「…ん。」
紗枝は靴を脱いであがってきた。

「それじゃあ、お邪魔しました。」
「おう。」
「またね、紗枝ちゃん。」
別れを告げて紗枝はせっせと行ってしまった。
「…やっぱり家の方向じゃないね。」
「そうだな。」
一拍おいて、徳永は言いにくそうに口を開いた。
「一応、紗枝ちゃんの親さんからも言われているんだけど。」
「なんて?」
「『紗枝をお願いできますか?』だってよ。」
「………。」
「まぁ、そんな表情になるのも無理もないが紗枝ちゃんや彼女の両親の前ではするなよ?」
「分かってるよ。」
「んじゃあ、今日もまた依頼があるんだけど…。」
「…そろそろくるとは思ってはいたよ。」
「じゃあ、代わってくれる?」
「………。」
徳治は少し無言になり、そして深呼吸をした。隣にいた徳永はじっとその様子を見つめていた。
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