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第3章


声が上がったのは、主に最前列で見ている子ども達からのものだった。
『こらこら、あんまりとおくへいってはいけないよ…ほかのこにたべられてしまうから。』
『いやっこないで!』
話しているのは確かにマツリではあった、しかし。
『ふふふ…ここまでくれば、にげようもないね…!』
ドスの効いた化け物の声がしたと思えば。
『いやっかえるの…おうちにかえるの!』
舌っ足らずな幼児の声、それが交互に繰り返される。
マツリの手に握られているぬいぐるみから、発せられているように、物語がそこで紡がれていた。
「人形劇…アイツあんなこと出来たのか。」
目を丸くしたメソドがそう呟く、向かい合わせの位置にいたノイは「なるほど。」と安心したように自分の準備をし始める。
「分かった?」
「まぁ…てっきりコレもミツメの能力の一つだと思っていたがな。」
「何の話~?」
分からない顔のガーナが二人に聞くとサナが答えた。
「わたしたち、一度マツリちゃんのあの声を聞いた事があるのよ。」
「最初怪盗として会った時に、な。」
最初マツリはサナとノイに対峙した際、声を変えて彼らに話しかけていた。
それは日頃の彼女からは考えられない程低い声で、それはミツメから発せられたものと思っていたのだが。
「ありゃあ完全にマツリの声だな…今日は全く手を貸さないっつっていたから、確実だろ。」
「そうね…最初の時はミツメちゃんだったかもしれないけれど、今は完全にマツリちゃんのものね。」
それに、とどこか嬉しそうにサナは続けた。
「所々抜けている箇所もあるけど…きちんとわたしが教えた絵本の内容覚えていて偉いわ~。」
文字や数字を知らない一部の海賊たちへサナは先生として教育をしているのだが、成果が目の前に現れて上機嫌な様子で彼女の様子を見ている。

一方でマツリは海賊たちの方を気にする余裕も無く、目の前の子ども達の視線を集める事に精一杯になっていた。
(チラシの時に子どもさんが来るって意識して急遽台本を変えたけど…う~もう少し勉強しておけば良かった…!)
帰ったらもう一度絵本を見直そう…と考えながら辛くも劇を終えると「化け物から逃げられて良かった…!」「女の子可愛かった。」「え~終わり~?」とぱちぱちと拍手が聞こえ、そこでやっとマツリは自分の手元以外の景色を確認する事が出来た。

自分が他人の視線を集めてしまう事が怖かった。
しかし、島の外へ出ていざその状況へ身を投じてみると。

劇を見終わった子ども達は様々な感想を呟きながら、笑顔でこちらを見ている。
全力で体当たりした初舞台、終わりの挨拶を告げなければならないのに、言葉が出ないマツリに助け船が出された。
「はい、皆様ありがとうございます…我らの期待の新人の舞台はどうでしたでしょうか?」
マツリの元へ寄ってきたサナの問いかけの言葉に「面白かったーっ!」「良かったよ~。」と真っ直ぐな言葉が帰ってくる。
「彼女の劇はこれでおしまいですが…他にも出し物がありますので、引き続き見て頂ければ幸いです。」
とサナが無言で彼女の瞳を見つめて、次の言葉を促す。
「あっ…ご静聴頂き、ありがとうございました!」
ワンピースの裾を上げお辞儀をすると、また小さな客達から拍手が贈られた。
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