第3章
その日の夕食時。
湯気が揺れ、同時に食欲を刺激する香りが満ちているリビング。
出来上がったばかりの食べ物が皿に鎮座しているテーブルに、マツリはその場に似つかわしくなく頭を置いていた。
誰よりも早く席に着いているのに、何も言わず無言なままの少女をノイは背中を向けて料理を作りながらその様子を伺う。
マツリはマツリで、先程の事で頭がいっぱいとなっていた。
(詰んだ…どうしよう。)
あれから自分に可能な範囲で練習すれば出来るものを考えていたのだが、正解が見つからない。
趣味といえば絵だが人に披露するほど腕は無いし、最近体力向上そして護身術としてノイに指導をして貰っているが、槍を使った見世物として実現出来るかと言えば難しい気がする。
透視や幻術以外で何かが出来る、というより。
それ以外何も出来ない、という事が自分の心に刺さる。
ここまで否定的な考えになっている原因は、分かってはいる。
ミツメの言葉が棘となって抜けない、正論だからこそマツリは自分の甘い考えをしていた事に落ち込んでいた。
ことり、と何か自分の前に置かれた音がしてマツリは伏していたその顔をやっと上げる。
「飲め。」
ノイに端的に声を掛けられ、音の元を見ると透明なコップに橙色の液体が入っていた。
促されるままに口につけると、程良い甘さと酸味が広がる。
「これは…蜂蜜とオレンジでしょうか?」
こくり、と大男は頷く。
「疲れている時は、やっぱ甘いもん食べると多少マシになる。」
それだけ言ってまた調理へと戻っていこうとするが、そこでマツリは「待って下さい!」と声を上げる。
「ノイさん…ご飯作りながらで良いので、少しお話しても良いですか?」
誰かに助けを求める事は不慣れで、怖々口にしたその言葉にノイは「おう。」と今度はマツリの顔を見て頷いたのだった。
事の詳細を聞いて、ノイは「なるほど。」と頷いた。
「まぁ…最初の内はそうだろうな。」
「ノイさんは、どうだったんですか?」
「俺か?…それなりに体は鍛えていたから、力技でどうにかなるものとかやってたな。」
メソドたちと協力して合わせ技をしたこともあったと聞き、マツリは目を丸くした。
「そっか…他の人と協力…。」
ハードルはそっちの方が低いかもしれない、と思うも少女は迷う。
「…今申し出するのは迷惑ですかね。」
「俺にか?」
頷くと大男は少し難しい顔をした。
「今は…厳しいかもしれんな、ガーナは大体自分一人でやっちまっているし、他のメンツも…。」
「そう、ですよね…。」
勝手な事を言ってすみません、と謝るがノイはいいやと頭を振る。
「別に頼る事は悪くねぇと思うぞ…というか、一番頼りになるコイツは応えてくれねぇのか。」
「コレは論外ですね、話にも応じてくれません。」
恐らく聞いてはいても黙っているバンダナの下にいるミツメに、マツリは複雑な感情を含ませて言葉を重ねる。
「…でも、コレがいないと自分はただの目の良いだけの子どもなんだなって思い知らされました。」
ミツメの存在があって他の人間とも馴染めず、常日頃から浮いたような存在だった。
それでも、ミツメのお陰で助かっている所も多々あり、憎まれ口を言い合っても無くてはならない目玉。
「ならこれから出来ることを増やしゃいいだろ。」
沈んだ気持ちとなっていた少女に投げかけられた言葉、俯いていたその顔を上げ声の主に耳を傾ける。
「子どもなら成長が出来る…程々に育っちまった大人には出来ねぇ事だ。」
この言葉は受け売りだがな、と口がむず痒く感じるのか歪ませてノイは話す。
「幸い、俺以外にも相談出来る相手がこの船にはいるだろ…出来ることを増やして、その目玉を驚かせてやれ。」
不安は拭い切れていない、けれどその励ましの言葉にマツリは笑みを浮かべた。
