第2章
「いや~あんなにでかいとは思わなかった。」
無事に帰ってきて船に戻った後の呑気に出た言葉に「存在は確認していたんですね。」と不機嫌を隠す事無く告げる。
「まぁ、神殿ってくらいだったから。」
「そういえば、何故あそこは神殿なんですか?」
この世界では多少の宗教という存在があることはマツリも知ってはいるが、そういった建物とは先程の海底の建造物は違うように見えた。
「祀ってある…というより、隔離されているように見えて…。」
「同じだよ。」
するり、と彼は言う。
「祀る…というのは、明確に俺たちとああいった人知の及ばない生物たちの間を線引きするっていう意味に於いては…ね。」
船長の書斎に招かれたマツリは、机に置いてあった一冊の本を見せられた。
「宗教にも色々あるけれど、あれは目に見えるものを神格化した形だね。」
「…えっと?」
つまりは、とぺらりと開かれた頁に1つの答えが示される。
「あれが、ここの地域の人たちにとって神様…ってこと。」
見せられた本には、先程見た巨大な魚とそれを拝める民衆の図が描かれていた。
「神様…って目に見えないものじゃないんですか?」
「それだけじゃない、逆に目に見える方が信仰心高まることもあるんだよ。」
事実かどうかはさておきだけれどね、と付け足して船長はまた別のものを見せに来た。
「それでも、こういうのをくれるから、信じたくなる気持ちは分かるけれどね~。」
その掌にあるのは何かきらきらとしたものだった。
例えるなら、昆虫の羽を大きくしたような透明なもので、光を反射して虹色に小さく輝いている。
「ヒントは神様の身につけていたもの~。」
「鱗…ですか?」
あったり~とおどけるような言葉で教えられた。
「他にもね、引っかかりやすいのか海に沈んだお宝とかも引っかけてくれるから、助かるんだよね。」
今回は無かったけれど、鱗だけでも高く売れるから助かるんだ、と楽しそうだ。
「…あたし、同行しなくても良かったのでは。」
船長一人だけでも全く問題無かったのでは、と伝えると否を唱えられた。
「神様にもご用はあった、けれど君を連れて行ったのは違う理由。」
え、とつい口から出てしまうがここからが本題とばかりに切り出される。
「序盤の時は、鮫とか有害な魚を見ると幻影で魚を作って追っ払っていたのに、後半はそれが無くなったのはなんで?」
気づいていたのか、と内心舌を巻いた。
少しでも楽に事を終わらすことができるように、と気づかないと実行していたことが指摘されたので思わず固まってしまう。
「全部を知りたい訳じゃないし、君にだって黙秘権はある…けれど。」
鱗から透かして見えたその双眸が、普段と違う色を発する。
「俺、未知なものに対しては知りたくて堪らなくなるから。」
興味、というにしては生温い。
執着に近いその欲がちらりと言葉の端に滲んでいた。
「光が無いと能力が使えない…ねぇ。」
なるほど、と言って船長は骨董品や古めかしい本があふれて散らかっている部屋の中でがさごそ何かを探し始めた。
程なく目当てのものが見つかったようで、その体を起こしてマツリに掌を出すよう要求する。
「これ、持っているといい。」
渡されたのは軽い石だった。
何の変哲の無いもので首を捻っていると、上からも声がする。
「せんちょーさん、ものすっごく何とも無い石なんだが?」
「幻灯石(げんとうせき)っていうんだ、水に浸して使う。」
ミツメの問いに船長は試しにと、飲み水が入っているコップにそれを入れると、徐々にだが仄かな光が灯り始めた。
「…こんなのが、あるんですね。」
時刻は夕方に差し掛かっていて、薄暗くなり始めた中でその輝きは周囲を優しく照らす。
「水筒とかと一緒に持って行くといいんじゃない?」
これで非常時の事は大丈夫と言われて、納得する。
「―死に近い場所でこそ、その人物の全貌が分かるってね。」
何のことだろうか、と頭を回すと先程の何故自分をあそこに連れて行った事に対しての答えのことだった。
「能力の事とかもそうだけれど、頼るものを減らすことでどういう行動を取るか、性格が見えてくる。」
まぁ、簡単に言えばテストみたいなものだよねとからから笑われる。
「え、じゃあ合格とか不合格とか…?」
「うんや、そこは決めてないよ。」
でもね、と口の端を上げるとその言葉を投げられた。
「水底の景色は、君の目には常人なんかより綺麗に映っただろうね。」
深い深い青、その景色は神秘的で、上ってくる気泡や魚たちが輝き、またあの神殿も神が住まうのに相応しいと感じるものがあった。
どうしたらあんな建築物が出来るのか不思議なくらいに見たことのない構造だったので、やはり昔の人は偉大と思う。
(あの景色は………あたししか見えないもの、だった?)
そんな事を考えた事はなかった。
ただこの瞳を便利と思うことはあれど、疎ましいと思う気持ちの方が大半で、未だに負の感情が拭い切れていない、けれど。
「…そっか。」
口から零れてしまった声は、自分でも聞いたことの無いようなものだった。
「ところで、また次に気になる場所があるんだけれど、良かったら一緒に行く?」
マグマが漂う海とか~埋蔵金が隠されたトラップいっぱいの洞窟とか…と説明を受けてから、マツリは「遠慮します。」とにこやかに断言した。
