第2章
ちゃぷり、と水音が耳に入ってきた。
あの事件の数日後。
島を離れた海賊一向は変わらない日々を過ごしていたのだが、マツリはこの日サナに呼び出しをくらった。
何かと思って緊張の面持ちで向かうと色彩豊かな視界が目の前に現れた。
「どれがいい?」
目をきらきらさせてこちらを見るので、マツリはドギマギしながらとりあえずサナが持っている薄いピンク色のワンピースを手に取った。
「あれ、これ…。」
その質感に普通の服の生地では無いと知る、それはつるりとして光に近づけると呼応するように輝いた。
「うんうん、似合うと思ったのよねー。」
満足そうに頷くと全く意図が分からないマツリはオネェに手を引かれ、ある場所へ連れて行かれる。
そして、今。
「あそこの島ってねー、名産品に香りの良いお花があって…。」
これこれと湯舟に浮かんでいる花びらを手に取った。
「綺麗…。」
「でしょでしょ?」
サナとマツリは水着を着た状態で船の風呂に入っている。
昼間の風呂場は日が差し込み明るく、花の豊潤な香りがその場を満たしていた。
「このお花を加工した入浴剤が売っていたからつい手を出しちゃったのよー、美容成分も含まれているからマツリちゃんにも…ね?」
言葉には含まれていないが、人差し指で口を添えている辺り内緒のものなのだろう。
「あ、ありがとうございます。」
お年頃の女の子には教えておかないとねー、と腕に成分が行き渡るように細い指で撫でまわした。
いつもと変わらないサナにマツリは口火を切った。
「あ、の。」
ん、とにこやかな顔でこちらに視線を向けられる。
躊躇したが、それでもときちんとその目を合わせた。
「あの夜…最初からサナさんはあたしを試すつもりで泳がせたんですか?」
穏やかな時を過ごしていたと思う。
けれど、あの時に起きたことは今となっては不可解なことが多過ぎた。
「半分正解で、半分外れかしら。」
顔に笑みを浮かべたままで美形は話す。
しかし、その暗い茶の瞳には別の感情が宿っていた。
「…遺体の状態や様子を聞いてわたしはすぐに犯人がどんな目的で犯罪を実行しているのにすぐに気づいたのよ。」
そういえば、とサナは犯人に変態野郎と言っていたのを思い出す。
「嫌な知識だけど、そういう輩に遭うかもしれないから教えておくわ。」
世の中には、そういう特殊な嗜好があるということを端的だが教えられる。
「ふふ、お風呂で教えるのは流石にセクハラだったかしらね。」
「えっとぉ…。」
本題とずれてしまったわね、とマツリの反応を見てサナ引き続き口を動かす。
「放っておくと厄介な事になるってわたしから船長に自分でケリつけるからって言ったのよ…それでたまたま貴方が転がってきた。」
「たまたま?」
半分が外れというならここからが当たりの部分になるのだろうかと聞く。
「自分でやるつもりだったけど…貴方も付いてきたからついでに。」
おほほと上品に笑ってはいるがここでノイの「変なところずるいからな、妙なところで使われるぞ。」という言葉を思い出して納得した。
「でもね、確かに確かめようとしたわね。」
何てことのないように告げる。
濡れた紅い前髪が揺れ、睫毛にも飾り付けるように水滴が光っていた。
その様相は光に照らされて綺麗ではあるが、どこか硝子の冷たさも備わっている。
「わたしはね、疑い深いのよ。」
それは、あの時に見られた冷え切った視線が頭を過った。
「たぶんね、あの時貴方が自分で助からなかったら見殺しにしていた。」
風呂で体は十分温まっていたのだが、頭だけは芯が冷えている錯覚がする。
「それでも、貴方はわたしの事をまだ信じられますか?」
「いいえ。」
すぐにマツリは返答した。
サナは当然か、と肩を落とすがマツリは続ける。
「いいえ、サナさん…嘘、吐いていますね?」
その言葉に僅かだが、目を開かせた。
「あの時あたしの首は深い傷を負っていなかった、皮が少しめくれただけ…後で気づいたのですが、サナさんわざと鈍いナイフを相手に投げたんですよね。」
それに、とまっすぐな瞳で大人へ少女は問う。
「不自然な程、警察が来るのが早かったです…あんな込み入った路地裏に見回りで来ることも少ないだろうし。」
そこまで話すと、美形は肩を震わせていたので何か悪い事を言ったのかとマツリは焦るが困ったような表情をしている彼が現れた。
「うーん、全部ではないけれど…見透かされちゃったわね。」
降伏したというようにサナは両の手を上げる。
「そう、ナイフはダミー…わたしが持っていた物は鋭いけれど、あれに渡したのは大したことの無い代物よ。」
警察のことはねー、と続けようとするとがらりと扉が開いた。
「おう、作ったぞ。」
2つの黄色いジュースをお盆に乗せたノイがずかずか入ってくる。
「ありがとー♡」
「昨日に続けて人使いが荒いよな、お前は…。」
あれ、とその言葉にマツリはピンときた。
「もしかして…ノイさんが通報してくれたんですか?」
目を瞬かせた後ノイは確認するようにサナへ視線を移すと片手でまるを作る彼を見てから話した。
「ガーナが栽培している植物にリンリン草っていうやつがあってな、それを使って通信していたんだよ。」
「つう…!?」
携帯が出来る通信機器などこの世界では高級品だ、一部の金持ちにしか所持する事が難しく、一般的には鳥を使った郵便や船で手紙を送るのが一般的な通信方法なので、ガーナの力はとても特殊である事が伺える。
「咲いたお花を持ってその根と同じ花を摘むと、その花同士で交信が出来るの。」
「それを使って待機するように言われていた俺がサツを呼んだってことだな。」
色々合点がいった、そして最後にとマツリはサナへ確認する。
「サナさん、先程自分を信じられるかって言いましたよね。」
それにええ、と答えがあった。
「それは、あたしもです…実力不足は否めませんが信じてくれますか?」
寸の間の沈黙が訪れる。
サナは持っていたノイから渡されたレモネードを一口飲むと。
「及第点。」
とだけ答えた。
あまりにもそっけない返事に「ええっ!」と驚いてしまう。
「信用を勝ち取るなら、それなりの誠意を見せてくれないとね~。」
悪戯っぽく微笑する彼に何となく負けた気がする、そして負けを意識すると途端に勝ちたいと欲が出てきた。
「分かりました、誠意見せます!」
「はい言質頂き~、早速お勉強頑張りましょうね。」
にこりと言われてしまったと思う頃にはペースに乗せられていたと理解する。
ノイを見ると身に覚えがあるのか居た堪れない表情をしていた。
「…ずるい。」
そこで小さな声が響く。
3人が扉の方へ振り向くと小さな訪問者はむくれた顔でこちらを窺っていた。
「最近ずっと遊んでくれないし。」
「あ…ガーナちゃ」
「昨日はお出掛けにいっちゃうし。」
「えっと…ガー」
「ガーナに内緒でお風呂に入って、しかもジュース飲んでるし。」
「ガ」
溜まり切った思いは、火山のように噴出した。
「いいもん、マツリの絵に落書きしてくる!!」
「それは本当に勘弁してぇ!」
水着のままマツリは小さな暴徒を捕まえに風呂場から飛び出した。
