第2章
危機とは直面してからでしか、その危険性を覚えない。
自分の甘さを自覚した今では、もう遅かった。
(最初から…透明になっておけば!)
ぐい、と当てられた刃はその冷たさをマツリの細い首へ伝え、脅迫してくる。
自分の無防備さが原因で起こってしまった事態に、必死に頭を回す。
「…動くな!」
サナへと叫ばれたその言葉は、周りへ助けを求める選択肢を無くした。
「動けばコイツの首切るぞ。」
息は上がっているものの、その言葉は既に何人も屠ってきた迷いが無い犯罪者のものだった。
からん。
音のする方を辿ると、サナの足元には持っていたナイフ2本が転がっている。
「これで、全部ですよ。」
声に温度は無く、淡々と言い放つ。
それに安堵したのか、犯罪者は少女の細い首へ手を掛ける。
(…サナさん。)
ぐっと首へ刃物越しから力がかかるが、それよりもマツリは目の前の彼を注視していた。
彼は、ただ見ている。
その体にも、顔にも、目にも、日頃感じていた温度はどこにも無く。
ただ。
零度を超えて、どこまでも透明な視線でこちらを窺っていた。
知っている。
いや、識っている。
自分はあの眼を。
依然状況は変わらず、サナは体の力を抜いている無防備な状態。
こちらは、いつ首を切られてもおかしくなく、サナが先程言っていたように苦しむ様を見ているのが趣味なのか余計息遣いが荒くなってきた。
しかし、異なる点が一つある。
あの、冷たい眼は船に乗るまでずっと自分に対して向けられていたものだ。
何か言われる訳でも無い、何かされる訳でも無い。
自分たちとアイツは違うのだという、畏怖。
子どもの頃はただ石を投げつけられるだけだったが、それは意味が無いことを年々島民達は分かっていった。
けれど、理解されるのとはまた違う。
分かったからこそ、次は隔離を選んだ。
だからこちらに注意し、何も言わずただ見る。
近づけば離れるし、遠のけば溜息を吐かれる。
(甘ったれていたな。)
すっかり自分を受け入れてくれる空間に酔っていた。
血は繋がっていなくとも家族のように接してくれる彼らに頼ってしまった。
それ自体は良いも悪いも無いだろうと思う、けれど。
(だからって、自分の質を落としちゃ元も子も無いだろ…!)
行動を起こそうとしたマツリに無情な手が下った。
確かな熱が首を走る。
しかし、犯罪者は目の前の世界にズレを感じた。
刃物で奏でた楽器は悲鳴という音を奏でるはずなのに、証拠の温い液体が流れない。
絞首でしか興奮出来ないので、血を抜いて動けなくなったところで止めを入れるつもりでいたのだが、手応えが。
その一瞬。
視界が黒になると同時に足に鈍い痛みが走る。
足を踏みつけて拘束が緩くなった両腕から逃げ出した少女は、勢い良く手刀で持っているナイフを落としその顔面に拳を見舞った。
「…っ、なん!?」
何が起こっているか全く分からないと言った様子で相手を確認しようとしても依然姿は見えない。
探している間にマツリは腹にも一発打撃を入れ、場所が分かる前に離れ後ろへ周り膝裏へと蹴りを入れて転ばせる。
「テメェ…オレに何を!」
地面を舐めさせられた犯罪者はすぐに起き上がろうとするが、別の負荷が背中を支配した。
「はい、合格。」
涼やかな美形の声がその場に響く。
そして、それに続くように複数の足音が後ろから聞こえてきた。
