第1章(後編)


「あ~疲れた…。」
そう言って伸びをするのは赤髪の美青年。
「そんなに疲れていねぇだろ、漕ぐの代われお前。」
オールを手に持ち、苦い表情で不服を言うのは金髪で強面の男。
「……あたし、代わりましょうか?」
遠慮がちに声を掛けるのは、水色の髪に赤いバンダナを巻いた少女。

サナ、ノイ、マツリの3人は小さな小舟の中にいた。
「良いのですよ、女の子に力仕事を任せるわけにはゆきません。」
「似非紳士。」
「あら、貴方に言われたくないですね。」
「何の事だ、てめぇ。」
睨みつけるが、相手は知らん顔でそっぽを向いた。
「…あの。」
マツリは遠慮がちに二人に声を掛けた。
「何だよ。」
「何故、ここまでしてくれるのですか?」
「それは…船長が受け持っちまったからな。」
当たり前だと言わんばかりにノイは答える。
「でも、あたしお2人に酷いこと…。」
「そんなに酷いことされてないじゃないですか。」
苦笑いにも似たような表情でサナが答える。
「ちょこっと後をつけられて、幻覚を見せられて、挑発されて、監視されて、不法侵入された…ただそれだけですよ。」
「いや、全然それだけじゃないですよね…。」
マツリが顔を青くして答えるが、サナはひっそりと笑いとある方向を指さした。

「少なくとも…アレよりはマシだと思いますよ。」

そこには、小舟に乗って流されゆく領主の妻・メアンがいた。
メアンには意識はなく、そこには何日か分の食事と小さな手紙が乗せられていた。
「…本当にあれで良かったのですか?」
ゆっくりとサナはマツリに問う。
「…はい。」
サナの眼差しを受けて、マツリはまっすぐに答える。
「領主が裁かれても彼女は裁かれないのなら、この方法が一番だと思って…間接的な原因の一つでしたけれど全部が彼女の責任ではありませんから。」
「あれを野に放ってもまた同じ事を繰り返すだけだと思いますけどね。」
「…それでも」

『俺は、お前の存在を赦すよ。』

「……赦すことが大事なので。」
メアンがいなくなったのは、この3人の仕業だった。
まず気に入られていたサナがサムの案内を受けて裏口から侵入し、散歩へと誘う。無事に成功し今度はマツリの幻覚で作られた豪華な船を見せ海へと誘う、船に入ろうとした瞬間、死角からノイがメアンを気絶させ小舟に乗せた。物に釣られやすいメアンの事を考えての作戦だった。
どんどんと小舟が離れていく。この海流は必ず他の島に流れ着くものになっているので、絶対にメアンは助かるだろう。
「…手紙には何て書いてあるんだ?」
ノイは小舟に置いた手紙の内容を聞いた。
「これからのヒュースのことについてです、貴方たちの言葉が正しければ領主は犯罪者となります、それでもいいなら戻ってきてといったものを…」
「いや、絶対戻ってこないだろ。」
呆れたようにノイは断言するが、マツリは少し黙ってこう返した。
「……そうですね、でも戻ってきて欲しいなって思うんです。」

メアンに罪の自覚があったかどうか分からない。
それでも少しでも悪いと思っているのなら。

「…さすが、女神と呼ばれるだけはありますね。」
茶化すように言われ、マツリは一気に顔を赤くした。
「…っ、それは勝手に皆が言い始めたことであって」
「でもあながち間違いではないんじゃないですか、ねぇ?」
「俺に話題を振るな。」
わやわやと到底昨日まで緊張関係にあった者同士とは思えない会話をしていたら、こちらに手を振るガーナの姿が見えてきた。
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