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第11章

好きな事をしろ、とは言われても。
「…久し振りに絵を描く気がするなぁ。」
持っていたスケッチブックは少し埃が被っていて、マツリはゴミ箱へそれを入れる。
昔からの趣味で好きなように絵を描いてきたが、いざ意識的に取り組むとなると、少々勝手が違う様子だった。
それもそのはずで、最近の彼女は海賊の船員として仕事を身につける為に、その頭と体を動かすのに精一杯の日々を過ごしている。
マツリの船での過ごし方は、甲板の掃除、ロープ結び、帆の補修、調理の手伝い、洗濯等々…更には、体術の鍛錬、勉強といった事もしていて、メソドに過度のストレスを抱えていると診断されても仕方ない程、やるべき事に追われていた。
自分が決めた事だからと泣き言も極力言わず黙々と行動していたつもりだが、知らない内に自身を追い込んでしまったらしい。
「他の皆さんには説明して貰ったし、出来る範囲で休みながら元の調子に戻していこう。」
ノイとの鍛錬は時間を減らし、サナやメソドから受ける授業は苦手な箇所は避け、得意な所を中心的にやってもらう事となった。
周りへの心配も晴れてきたのでマツリは心置きなく描く事に集中し、目に入ってきたガーナが愛でている植物をじっくり観察してからさらさらと筆を走らせる。
「あっ、元気になってきた?」
後ろからひょっこりと現れたのは、先程介抱してくれたガーナだった。
「うん、さっきはありがとう。」
「おねーちゃんなんだから、当たり前だよ!」
胸を張るガーナを見て、少し落ちていた気持ちが浮上していくような気分になる。
「…それ、このこを描いているの?」
ガーナの視線が自分の絵に移っていた事を知り、咄嗟にマツリは抱えるように絵を隠してしまう。
「ああああうん、そう…。」
「かくさなくてもいいのに、じょーずだよ。」
「その…恥ずかしい気持ちが強くて。」
絵を描く事自体は楽しいのだが絵が上手いかどうかは自信が無いマツリは、ひっそりと一人で絵を描くのが好きになっていた。
サナに絵を見られた時は「売っても良いんじゃない?」と目を光らせて言われたが、マツリは自分の為に描いているようなものなので、必死になって断っている。
他人の作品を見比べて落ち込んだりしたくないので、上手い下手は関係無く描いていきたいというのが今の彼女の考えだ。
その彼女の考えを知る由も無いガーナは、おずおずと口を開く。
「………ねぇ、完成したらみせてくれない?」
思いがけない申し出にマツリは目を丸くさせた。
「何で…?」
「どんなえになるのか見たいからだよ、このこもそう言ってる。」
ガーナの言葉に反応しているのか、鉢植えに収まっている植物はざわざわとその葉を揺らす。
「えぇ…そんなに立派な物じゃないよ。」
「好きなものかどうかはみてから決めるもん。」
それに、と少女は笑う。
「マツリの絵すきだもん、だからみたいんだよ。」
お願い!と言われてしまい、ここまで真っ直ぐに褒められ絵を見たいと言われた事の無いマツリは、むずがゆいような表情をする事しか出来なくなる。
「―わ、分かった。」
完成したらね、と告げるとガーナは両手を上げて「やったー!」と喜んでくれた。
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