第1章(前編)
ノイは自前で持っていた予備用の明かりを取り出し、辺りを照らした。しかし、松明で照らした視界にいたのは思いもよらない人物だった。
「ば、馬鹿者!!」
そこにいたのは領主であるヒュースだった。
ヒュースは土のついたズボンを払いながらノイたちに抗議してくる。
「誰が怪盗だ、明かりが消えて避難しようとしたのに、この仕打ちは!」
「あ、あれ…?」
「……。」
怪盗だと思った人物は、雇い主であるヒュースだったため二人はまさかの事態に戸惑った。
「おい、どうする?」
ノイがサナに話を振るとサナはあくまで落ち着いて前に出てヒュースに話しかける。
「これは領主様、すみません。」
「まったくだ、しょうがなく雇ってやったというのに…。」
「申し訳ございません、ところで奥様やご子息はどこにいるのですか?」
「私の方がメアンや息子より足が速いからな、先にまわって案内しようとこっちに来たからもうすぐにでも来るだろう。」
「そうですか…ところで、今日はなぜ自室にこもっていないのですか?」
「む…?」
「いつも怪盗が盗みに入る時は警備員のついた自室にこもり、明かりが点くまで部屋から出ないと聞きましたよ。」
「い、いつもそれではメアンにも示しがつかないだろう、お前らは怪盗を捕まえることに専念しろ!」
「それに、失礼ですが、奥様と息子様の足音が聞こえてきません。」
「それは…あいつらがもたもたしているから…。」
このやり取りをしているうちにノイやサナはいくつか疑問を抱いた。
一つ、ヒュースは世辞でも痩せているとは言えない体型で、いわゆる小太り体型である。それが、自分より細いメアン夫人や若い息子であるサムより早いというのだろうか。
二つ、メアンとサムらしき足音が聞こえてこない。これは、耳がいいサナが聞こえないなら真実味を帯びる。
三つ、サナが話した“警備員のついた自室にこもり、明かりが点くまで部屋から出ない。”ことは、実はハッタリで真実は知らないのだが、その答えを聞いてのヒュースの反応が戸惑っていたこと。加えて、警備員の同伴もなく一人で来るものだろうか。
この三点から、二人はこのヒュースは…偽物であるという結論をだした。
ノイはすぐにヒュースに向かって蹴りを放つ。
「「……!?」」
しかし、確かにその位置にいたはずのヒュースには当たらなかった。
ノイの蹴りに対し、ヒュースの体はそれをすり抜ける。
ヒュースは避けたわけではない、文字通りにノイの足が体をすり抜けたのだ。
「ちょっ、これなんだよ!?」
「実体がないということでしょうか?」
「冷静に解析してるんじゃねぇー!!」
二人が話しているうちに、ヒュースの体は霧散し、徐々に消えていく。
「げぇ…。」
「少しは落ち着いて下さい。」
「無茶言うな、今まで散々戦ってきたが、こんな正体不明な奴初めてだ。」
「あ、霊とかそういう存在駄目でしたっけ?」
これはいいことを聞きましたと小言で呟くのを聞いてノイは慌てて訂正を入れた。
「いや、別にそんなんじゃねぇし!!」
「とりあえず気配は消えていません、追いましょう。」
「その必要はないだろう。」
低い男の声が聞こえて、二人は声がした方角を見ると、そこは屋敷の屋根だった。
姿は低い男の声に似合わない小柄な性別が判別できない体をしていた。
「な、あんな高いところかよ!」
「わたしたちが追い付く前に逃げられそうですね。」
屋敷の屋根は高く、はしごなどが無ければ到底登れないようなところだった。
「どうしますか、応援を呼びますか?」
「その前にたぶん逃げられるだろう。」
屋根に登ることもできずに睨みつけることしかできないことにノイは苛立った。
「……やはり、邪魔だな。」
怪盗だと思しき人物は、二人に宣言した。
「明日、お前たちの船の宝を奪う。」
「「……。」」
二人は黙ってその言葉を聞いていた。
「奪われたくなければ、さっさとこの島から出ることだな。」
怪盗は高く跳躍、体を夜の暗闇に溶かして消えていった。
