第5章
「美人さん~捕まってんの?」
散々逃げてきた金持ちに捕まり、これまでかと部屋の隅で蹲っていたあの日。
常識外れに壁をぶっ壊して現れた男は言う。
驚いて何も言えずに見つめていると、自分に付けられていた拘束具を全て取り「逃げてもいいんじゃない?」と近くに置かれていた宝物と共に外へ連れ出された。
「あの屋敷の主さぁ~あくどい商売していて、恨みを買っちまってな…依頼を受けたから今オレの仲間が捕獲しに行ってんだ。」
「捕獲…。」
依頼を受けたと言ってはいるが、宝を持てる分だけ盗んだ事や、その見てくれから警察みたいな者達では無い事は分かる。
警戒を解かないでいる様子が面白いのか、目の前の男は歯を見せて笑う。
「まぁあのまま屋敷にいたんじゃ、家族と見做されてお前も捕まりそうだったからな…で、これからどうする?」
そこで、ただただ自分の体と心を浪費する事しかしてこなかった自分の人生を思い返す。
「―別に、どうもしないですよ。」
投げやりなその言葉に男…リヒトは首を傾げ、少し考える素振りをしてからサナに提案する。
「お前さ…理想郷って知ってる?」
家を出る時に心に決めた「自分の居場所を探したい。」というくすんでいた思いがまた光り始めた気がした。
「一つしか生きる道が無いと言うのなら、作ればいい。」
どれだけ蹴られても、どれだけ罵倒されても、もう逃げない、そして折れない。
その口から血が滲んだ唾が出る事も厭う事無く、サナは父親に対して睨み反抗する。
「確かに誘拐される前の日々は何一つ不自由無かった、けれど、帰ってきた後のあの冷えた日々はわたしの心が耐えられる物では無かった!…自分の意思で家を出たあの時もその後も、誰もわたしの後を追わなかったじゃないですか!」
ずっと胸の奥に仕舞っていた汚泥にも似たような黒い感情が零れてゆく。
「自分の立場が、家が危うくなってから呼ぶなんて…今更過ぎるんですよ。」
静まりかえった深夜に、サナの声が木霊した。
「わたしは…あの人達と共に、海賊として生きて行く!!」
「…分かった、もういい。」
冷えた声が返ってくる。
「そんなに馬鹿になっておるとは思わなかった。」
その顔と声から察する事が出来るのは、その頭上の空と同じ様な色の感情、失望。
「知り合いに名のある教育者がいる…お前はそこで一からやり直すんだな。」
最早相互理解は不可能とばかりに、父親は警備員達にサナを屋敷へ再度運ぶよう指示する。
(教育者…じゃなくて洗脳でもさせる気でしょうね。)
警備員達の手がサナの体へ伸ばそうとされたその時だった。
「ちゃんと届いたぜ、お前の声。」