第5章

「何が帰ってくる、だ。」

海賊船内、サナとノイの寝室にてぼそりと呟かれる。
部屋の中にはサナとこの言葉を放った主しかいない。
「…正直な話、実家に戻った方が暮らしの面でも楽なんじゃねぇのか?」
「ほんと…貴方は腹立つくらい真っ直ぐな言葉を投げてくるわね。」
裏表の無い性格だからこちらも好き勝手言えるけれど、と心の中でぼやく。
「確かに現実的に考えたらそうね、けれど…わたしはこっちの生活が好きなの。」
これは本当の気持ち、とばかりに真っ直ぐに相手を見つめるが、その視線は形容しがたい感情を宿している。
「それは、ここに居たいっていうより…逃げて…ッ!」
顔の横に掠めたナイフがノイの後ろにある船の壁に刺さった。
「―その言葉に苛立ってしまうのは、わたし自身思っていなくも無いという事なんですかね。」
投げたのは本人のはずなのに、その表情はノイよりも不安定なものへと変化していて、不満な顔をしていたその強面から溜息が出る。
「いいんじゃねーか、逃げても。」
壁に刺さったナイフを回収し、サナへと差し出しながら彼は話す。
「お前があそこから二回いなくなったのは、離れたい意思があったからなんだろ。」
「………。」
目の前に差し出されたナイフをじっと見たまま動かない彼に、ノイは軽く頭を掻いた。
「言葉はかっこわりぃかもしれん、だが…戻りたくないなら死んでも帰ってこい。」
その時はお前の好きなトマト料理でも用意しておく、と手を出させそのナイフをサナの手の内に握らせる。
「…全く、死んだら体は帰ってこれないじゃないですか。」
少しだけ体を蝕んでいた震えが、その渡されたナイフを起点として止まった気がしたサナは、今一度その自分の武器の一つであるナイフを力強く掴んだ。
17/34ページ
スキ