「お前はこれから当主としてこの家に帰ってきて貰う。」

サナの抵抗する様子が消えたとみたのか、彼は自分の要求を告げる。
「傾いているこのアスタニア家を立て直し、元の状態へと戻す…それこそ、これまでお前が自分勝手にしてきた行動の償いに相応しい行いだ。」
「……………。」
何を今更と思うも先程の暴力があったので、黙る。
親だけでは無く、これまでの経験で厄介な客や、理不尽な上司にも向けられた事があった為、痛みに苛まれながらサナは解決の糸口を探す。
「帰ってくると言え、逆らう事を止め、私に従え。」
一方的な命令ばかりで、嫌気が差してくるが、ここは我慢だと口を閉ざし、無言を貫く。
「…お前にも悪い話では無いはずだぞ？」
何が不満なのかと告げるように、相手は言葉を続けた。
「元の貴族の家に戻れるのだ、これまでの暮らしはどうだ…泥水を啜るような生活だっただろう。」
それがどうだ、とぎょろりと血走ったその目がこちらを見据える。
「整えられた住居、身なりの整った服装、湯水の如く使える金…これに勝る贅沢があると言うのか？」
お前が受け入れさえすればそれが全て叶うのだ、と宣言されるが、徐々にサナは自分の頭が冷えるのを感じてきた。
（この人は…皆から捨てられたんだ。）
家族がほぼ居なくなった家、古株しか残らなかった使用人、尊厳の象徴だった無くなった美術品の数々。
流行病をきっかけにこれまでの稼ぎに付いてこれず、時代に取り残された人。
すべてに置いていかれた老人、それが彼だと分かってしまった。