第5章
何故ここに居るのかをサナは思い返してみる。
門番に通され、そのまま父の応接間まで入り、席に着いたまでは自分の頭にあり、この状況になったのだから、余程の反抗をしたのだろうとどこか他人事の様に思う。
目の前の射殺す様な視線が確固たる証拠だった。
「…まだ、この期に及んで抵抗するか。」
縛られている紐の結び目を探している行動を読まれ、即座に動きを止める。
「は…実の息子に対して今の今まで金だけ与えるだけの子育てしかしてこなかった貴方に、直々に指導されるなん…ッ!」
「喋るな。」
すぐに頬を叩かれ、頭の痛みと共にじんじんと広がるも、その衝撃で自分が彼に何を言って気絶させられたのか、その記憶が回り始めた。
「…使用人の数が減りましたね。」
アイスブレイクのつもりでまず口にしたのは、この屋敷の変化だった。
有名な貴族であった自分達には、それに似合う豪邸、使用人、教養、美術品の数々が揃えられていて、その価値を知る事になるのはだいぶ後になったのだが。
しかしながら、サナが訪れた自分の家は、昔より遙かに小さく感じた。
自分が成長したからとも思ったが、明らかにくすんだ色をしている外壁、庭の木々が全て掘り起こされ芝しか生えていない庭、新人が存在せず古株の使用人ばかりいる空間を見て、それは違うと確信する。
「美術品も少ししか飾られていない…オブジェの様に置かれていた楽器達も見当たらないし、何より違うのは…。」
「間違い探しはそのくらいで良かろう。」
どうでも良いというように切り捨てられ、サナは閉口した。
「…お前でも分かったように、この家には明らかな変化が訪れている。」
きっかけは数年前だ、と父は語る。
「元々この島の裏で蔓延っていた伝染病が表まで浸食してきおった…お前以外の男兄弟は皆それにやられてな。」
「…あの人達が。」
思い返せば姉達からちやほやされて妬ましく思っていたのか、誘拐犯から開放された自分に対して執拗な嫌がらせをしてきた奴らなので、何も亡くなったからといって悲しみや憐憫も情が湧き出る事は無く、寧ろ心のシミが薄らいでゆくような感覚がしてサナは思わず自嘲してしまう。
(元から良い人間とは自覚していないけれどね…性格ねじ曲がったものだわ。)
これで彼が大掛かりな事をしてでも自分を探す理由が分かったが、それでもまだ分からない事もある。
「姉様達は?…入り婿にでも来て貰って当主にでも育て上げれば良いのに。」
そう、サナには姉が複数人いた。
幼いサナの美貌に身内ながらはしゃぎ、友人達へ自慢、そしてお菓子や服を見繕ってくれたのだが、彼女達もサナの誘拐を機に関係性が変わってしまい、兄達とは違い何もしないものの、いつも遠巻きで見て、人目に晒されようものなら「貴方は家の恥だから。」と押し入れに隠し閉じ込められた。
時間が経てば開けてくれるのだが、目の前にすると一向に目を合わせない、口にはしないが汚らわしいと思っていたのだろうとサナは考えている。
「流行病が蔓延する前に全員嫁に行った…しかし、嫁ぎ先からは援助も何も無い。」
「情けない…。」
恐らく見限られたのだろう、嫁いだ先の姉達は帰ってきていないにしてもどんな扱いをして貰っているかも分からないが。
「けれど、わたしは戻りませんよ。」
相手の返事も待たないと言うように、彼は告げた。
「貴方の手腕ならこの家を手放してでも建て直す事が出来ますよ…放蕩息子に頼る事なくね。」
そのまま書斎から出ようとくるりと背を向けた、その瞬間。
ゴンッ!!
書斎に置いてあった最後のプライドとばかりに飾ってあった美術品の大皿が父親の手で投げられる。
「…もう、お前しかいないのだ。」
小さく、重いその声は、意識沈みゆくサナの耳には届かなかった。
門番に通され、そのまま父の応接間まで入り、席に着いたまでは自分の頭にあり、この状況になったのだから、余程の反抗をしたのだろうとどこか他人事の様に思う。
目の前の射殺す様な視線が確固たる証拠だった。
「…まだ、この期に及んで抵抗するか。」
縛られている紐の結び目を探している行動を読まれ、即座に動きを止める。
「は…実の息子に対して今の今まで金だけ与えるだけの子育てしかしてこなかった貴方に、直々に指導されるなん…ッ!」
「喋るな。」
すぐに頬を叩かれ、頭の痛みと共にじんじんと広がるも、その衝撃で自分が彼に何を言って気絶させられたのか、その記憶が回り始めた。
「…使用人の数が減りましたね。」
アイスブレイクのつもりでまず口にしたのは、この屋敷の変化だった。
有名な貴族であった自分達には、それに似合う豪邸、使用人、教養、美術品の数々が揃えられていて、その価値を知る事になるのはだいぶ後になったのだが。
しかしながら、サナが訪れた自分の家は、昔より遙かに小さく感じた。
自分が成長したからとも思ったが、明らかにくすんだ色をしている外壁、庭の木々が全て掘り起こされ芝しか生えていない庭、新人が存在せず古株の使用人ばかりいる空間を見て、それは違うと確信する。
「美術品も少ししか飾られていない…オブジェの様に置かれていた楽器達も見当たらないし、何より違うのは…。」
「間違い探しはそのくらいで良かろう。」
どうでも良いというように切り捨てられ、サナは閉口した。
「…お前でも分かったように、この家には明らかな変化が訪れている。」
きっかけは数年前だ、と父は語る。
「元々この島の裏で蔓延っていた伝染病が表まで浸食してきおった…お前以外の男兄弟は皆それにやられてな。」
「…あの人達が。」
思い返せば姉達からちやほやされて妬ましく思っていたのか、誘拐犯から開放された自分に対して執拗な嫌がらせをしてきた奴らなので、何も亡くなったからといって悲しみや憐憫も情が湧き出る事は無く、寧ろ心のシミが薄らいでゆくような感覚がしてサナは思わず自嘲してしまう。
(元から良い人間とは自覚していないけれどね…性格ねじ曲がったものだわ。)
これで彼が大掛かりな事をしてでも自分を探す理由が分かったが、それでもまだ分からない事もある。
「姉様達は?…入り婿にでも来て貰って当主にでも育て上げれば良いのに。」
そう、サナには姉が複数人いた。
幼いサナの美貌に身内ながらはしゃぎ、友人達へ自慢、そしてお菓子や服を見繕ってくれたのだが、彼女達もサナの誘拐を機に関係性が変わってしまい、兄達とは違い何もしないものの、いつも遠巻きで見て、人目に晒されようものなら「貴方は家の恥だから。」と押し入れに隠し閉じ込められた。
時間が経てば開けてくれるのだが、目の前にすると一向に目を合わせない、口にはしないが汚らわしいと思っていたのだろうとサナは考えている。
「流行病が蔓延する前に全員嫁に行った…しかし、嫁ぎ先からは援助も何も無い。」
「情けない…。」
恐らく見限られたのだろう、嫁いだ先の姉達は帰ってきていないにしてもどんな扱いをして貰っているかも分からないが。
「けれど、わたしは戻りませんよ。」
相手の返事も待たないと言うように、彼は告げた。
「貴方の手腕ならこの家を手放してでも建て直す事が出来ますよ…放蕩息子に頼る事なくね。」
そのまま書斎から出ようとくるりと背を向けた、その瞬間。
ゴンッ!!
書斎に置いてあった最後のプライドとばかりに飾ってあった美術品の大皿が父親の手で投げられる。
「…もう、お前しかいないのだ。」
小さく、重いその声は、意識沈みゆくサナの耳には届かなかった。