第5章
じゃあ、行ってきます。
その日の朝、いつもの外出と同じように変わらないその優美な笑みを湛えてサナは船を一人で出て行った。
誰か一人付いて行った方が良いのでは、と再三本人に海賊達は掛け合ってみたのだが、これが正解だからとここだけは最後まで意見を変えることは無く。
「血の繋がる家族の所に行くのよ?…連絡手段は持っていくから、一人で行かせて。」
そう言って有事の際に使うリンリン草の花だけ持っていき、ほぼ手ぶらの状態で彼は家への道を踏み出した。
「…ねぇ、もう夕方だよ。」
既に橙色になり太陽が沈みかけている光景を、リンリン草の鉢を抱きかかえながらガーナは呟く。
「そいつらは何て言ってんだ?」
近くで夕飯の支度をしていたノイが植物とも会話が可能なガーナに尋ねる。
「お花は島の中にはいるって…遠くでも無いし、近くでも無い…通話は可能な範囲。」
でも、と少女はその眉間に皺を寄せた。
「場所はずっと変化が無いみたい、それで…このまま時間が経過しちゃうと…。」
「話が出来なくなる、か…。」
ガーナの血液を混ぜた水で育てた野草の一つであるリンリン草は、海賊達の通信機器として使われているのだが、便利な物でも欠点はある。
通信出来る時間が決まっており、一日を過ぎてしまうと携帯している花が枯れ、使えなくなってしまう。
「…まぁ、サナには内緒でメソドが追跡しているから、何か起きりゃそっちの方が連絡来るだろ。」
「え、そうなの!?」
「俺もさっき船長から聞いた。」
敵を騙すにはまず味方から、内密で船長がメソドに指令を出したと昼過ぎにノイは聞かされたのだ。
「ぶ~…ガーナだってひみつ守れるのに…。」
「念には念をだ…というか、お前は顔に出すぎてむっ、痛ぇな!」
最後の言葉を言い終わらない内に、ガーナに足を噛みつかれノイは声を荒げる。
「別に悪口も何も言ってねぇじゃねぇか!!」
「むじかくが一番タチわるいんだよ!!」
調理中なのにも関わらず、二人は口喧嘩を始めてしまうも、それは長くは続かなかった。
リンリン草の花弁がふるふると揺れるのが見え、口喧嘩がヒートアップしていた二人ではあったが、そこで互いの口が閉じられる。
「…船長とマツリ、呼んでこい。」
こくりと静かに頷いたガーナは、ノイの言われる通りに彼等を呼びに行く。
残されたノイは、静かにリンリン草の花弁へと手を伸ばし、口を開いた。
「俺だ。」
短く告げると、相手の声が返ってくる。
「連絡、ずっと見ていたが相手はサナを解放する気は無いようだ。」
無機質な声が耳に入り、寸の間声を詰まらせた。
「…お前以外にそこに居る奴はいるのか?」
「いや、今は俺だけだ。」
なら報告する、とメソドは感情を変えないままで言葉を続ける。
「アイツはアスタニア家に拘束された。」