第5章
「挨拶回りは終わったか?」
夕方、船に帰ってきた二人は船長に声を掛けられ、はいとマツリが答えた。
「特に何も無く歩いてきただけですが…。」
「目立つ格好だったが…捕まる事が無くて良かったな。」
「久し振りのオーソドックスな女装が出来て楽しかったわ♪」
何の規準で正当な女装となるのか、サナ以外の二人はその規準が分からない為言及はしない。
「島に変わりは無かったか?」
当初の目的は島の偵察と、サナを嗅ぎ回っている人物の誘き寄せだったのだが、見つける事に特化したマツリでも発見することが無く戻ってきたことで、答えは明白だった。
「無いわ………表通りは、ね。」
サナの含みのある言い方に、マツリは船長から借りていたあの本の内容を思い出す。
(裏と表がある島…か。)
「ガーナとメソドにも回って貰ったが、特に何も無かったそうだ。」
ただ、と彼はコートの懐からある紙を出す。
「これだけは壁とか掲示板とかに貼ってあったってよ。」
「…何回も見たくないのだけど。」
美形の顔が歪むも、向けられた船長は笑い声を立てる。
「カカッ!…一応物も見せた方が良いと思ってな。」
それは言わずもがな、サナの似顔絵が乗せてあるあの紙だった。
「全く…資源の無駄遣いよね。」
「紙って高級品ですものねぇ…。」
改めてサナの実家が持っている財力を思い知らされるが、ふとマツリは考える。
(これだけお金と労力を費やして今更サナさんを探すなんて…どんな事情があるんだろう。)
彼本人の話では、二度目の家出の後特に探される事も無く十年程放っておかれたとの事だったので、おかしな話だと思う。
「マツリちゃん?」
考え込んでいたマツリに、サナが話しかけてきた。
「あ、すみません!」
「…男装なんて馴れない事させてごめんなさいね。」
疲れちゃったかしら?と労るその声にマツリは首を振る。
「サナさんこそ…無理、していないですか?」
聞き返されるのは予想していなかった様子で彼はその瞳を一回り大きく開く。
「…確かに、こんな事人生に何度もあっても困る事だから、緊張しているといえば…そうね。」
けれどね、とサナは笑う。
「家族の事は、ずっと心に引っ掛かっていたのは本当…だから、ここでけりを付けてくるわ。」
心配してくれてありがとう、と少女の頭を撫でる。
マツリは慈しんでくれるその手を、表情を、忘れないようじっと目に焼き付けていた。
運命の日は、明日に迫っていた。