第5章
少し時間を貰ってもいい?とサナがその場にいる全員に聞く。
他に声は無く、それぞれがサナの言葉を待つ。
「ありがとう。」
頭を下げてそのまま彼は口を動かす。
「まずは、どれから話せばいいかしらね…わたしの生い立ちから言いましょうか。」
表情は先程より柔らかいものとなり、視線を落として語り始める。
あの頃は自分の姿を見るのが嫌いだった。
「可愛いから、愛しているから仕舞うんだよ。」
優しい声で囁かれたと思えば意識が遠のいていった。
その後はどう表現すればいいのか、分からない。
ただ、その惨状を一つの言葉で言うのであれば。
地獄、そう呼べるだろう。
周りには自分と同じような容姿の子どもが集められ、皆一様に少年なのに少女のような格好を強要される。
また夜な夜な、男が帰ってくればその身の回りの世話をする。
少しでも反抗すれば食事を絶たれ水も絶たれ追い込まれ、従うしかないと体に覚えさせられた。
一定の年齢を超えた者しか外に出ることを許されなかったが、一様に皆戻って来なかったことを考えるとそういうことなのだろう。
きっと碌なことには、なっていない。
希望を絶たれた中で、それでもと体も心をすり減らして生きている内に変化が訪れる。
日に焼けることも無い恐ろしい程の白い肌、紅い髪は膝まで伸び、用意された女の服を着るとまるで姉さま達のような体になっていった。
しかし、そんな日々は長く続かなかった。
どこから嗅ぎつけたのか分からないが、男は誘拐犯として警察に捕まり、自分たちは開放された。
その時は助かった、そう思った。
けれど、そこからが本当の地獄の始まりだった。
貴族であった自分は家のルールを破り、犯罪者に捕まった間抜けな者として家族全員から腫物扱いをされた。
それでも、あの頃の生活に比べたらと丸聞こえの陰口にも何も言わずに過ごしていた。
「あれを産んでしまったのは、間違いだったわ。」
母の声だった。
明確に自分と言われた訳では無い。
それでも、聞き耳を立ててしまうとどれもその悪態は自分に通じるものがあった。
どんな悪戯をしたとしても、無償の愛で包み込んでくれる。
そう、思っていた。
そんなものは、無かった。
彼女は最初から自分や家の利益だけを追い求めているに過ぎなくて自分個人なんて見てはいなかったのだ。
例えそれが真実では無いにしても、それを聞ける程サナの精神は強くは無く、寧ろ追い込まれてしまった。
そして。
誘拐された時のように、サナは家を出て行った。
しかし、数年の月日を歪んだ場所で過ごした彼は常識を知らず。
また、貴族の末っ子で既に被害者として有名になった彼を誰も匿うことはしなかった。
実の親兄弟にさえ追っ手を出されないのがその証拠だ。
何度も頼み込んで掴めた仕事先は。
「いらっしゃい、貴方なら経験値豊富だし…何も教えることは無いわね。」
その見た目や経験から娼館しか入る場所が無く結局振り出しに戻ってきた。
それでも。
生き恥を晒しているとしても、自分の居場所を探すことは止めたくなかった。