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第四章

え、と思い声のする方へ首を向けると、確かに知っている幽霊の姿がある。
「雲流丸、どうして…。」
『俺が連れてきた。』
林檎の部屋に入ってきた雲流丸の隣に居た大助さんが話す。
『置いて行かれたモン同士一緒に行くかって聞いたんだよ。』
ちらりと横目で聡士さんを見ながらこっそりと耳打ちをしてくる。何となくだけど、その視線は厳しい物があり、大助さんも雲流丸と同じ様に聡士さんに対して苦手意識を持っているのだろうかとか思ってしまう。
『ま、俺がいなくてもどうにかなりそうだが…加勢はしてくる。』
とひょいと、大助さんは芽衣のいる場所まで移動していく。
『三絵殿、お怪我などは…。』
「大丈夫。」
元からなよっとした顔なのに、それを更に弱々しくした様な表情を見せられ、あたしは笑う。
「全く…あたしよりも傷負ったみたいな顔にならないでよ。」
しかし、と雲流丸は心配の言葉を掛ける。
『友人の家に行くだけだったと言うのにこの惨状は…』
恐らく何も説明されていないまま、こんな事に巻き込まれているという状況に戸惑いの感情を抱いているのだろう。そこに別の声が上がった。
「三絵ちゃん、これを。」
あたし達と反対の位置にいた聡士さんが、蛇の大群を避けながら抜けてこちらに来て、あたしに何かを手渡す。
「これに札を張れば、良い武器になる。」
え、えっと…唐突過ぎて返答に困っている間に、言った本人は返事も待たずに元の場所へ戻ってしまう。
「アイツ、勝手に…!」
芽衣が明確に感情を見せてしまう所で、その表情が打って変わる。
「…まあまあ、早く終わらせようぜ。」
言葉遣いが男らしいものへと変化し、いつの間にか大助さんが芽衣に憑りついた事が分かる。芽衣の体を借りた大助さんは、あの時見た同じトンカチを取り出し、札をそれに張った。
「…仕留めるぞ。」
声が一段低くなったその時、そのトンカチに何かが纏われた様な名前も分からない力が集まる様な光景が見える。大助さんがトンカチを両手で頭上まで持っていくと、より力が大きくなった。
「一つ。」
勢い良く振り下ろされると、足元にいたかなりの数の蛇達が一斉に消えてゆく。その効果は明らかに先程の札よりも効果が強い様に見える。
「凄い…これなら。」
元から数は負けていても、退治は出来ていたのでこの蛇達をどうにか出来るのではと思うけれど、これまで襲い掛かるだけだった蛇達に変化が起こった。
ぞ、ぞぞっ、ぞぞぞ!
散り散りに攻撃してきた蛇達は、一か所へ固まり、それは一番最初に見た様な大蛇の姿へなる。
『ッ三絵殿!』
こちらに雲流丸の手が伸びたと思えば、またぐるりと視界が回る…この感覚は。
『また、助けられたね。』
「これほどの事、大事ない。」
問題無いとあたしの体を動かしてくれた雲流丸は言うけれど、もしあのままだったら、急に襲ってきた大蛇の尻尾からあたしは攻撃を受ける所だった。あの瞬間、あたしよりも先に危機を察知した雲流丸はすぐにあたしの体に憑りつき、大蛇の攻撃を避けてくれた。
「攻撃の方法を変えたって事は…向こうさんももうギリギリなんだろうよ。」
霊退治に慣れている様な口振りで大助さんはあたし達に声を掛ける。
「お侍さんも来てくれたし…あとは俺らに任せてくれれば―」
「いや。」
そのまま大助さんの言葉が続くかと思っていたあたしは、突然上がったその声に驚く。
 
「それがしも、力添えさせて頂けないだろうか。」
 
腰が低い言葉ではあるけれど、どこか芯がある言葉に、あたしだけじゃなく大助さんも驚いた様に目を大きく開いた。
「―無理しなくても良いんだぞ。」
やんわりと参加しなくても良いと告げるけれど、雲流丸は首を振る。
「あまり腹を探る様な視線を受け続けるのは、こちらとしても避けたい。」
ひょっとしなくても聡士さんの事か…と雲流丸の言葉に複雑な思いで聞いていた。仮にも友達のお兄さんだし、そんなに酷い相手だと思いたくないのだけれど、芽衣自身の対応や幽霊二人にも良い印象を持たれていない事が凄く伝わる。どうしたものかと考えていると、雲流丸の言葉はまだ続いていた。
「それに…三絵殿のご友人が目の前で苦しんでいるのに、放ってみているだけなど、心苦しい。」
…本当に、この幽霊は。何て声を掛けたら良いのか分からないまま、雲流丸は先程聡士さんがアドバイスした通りに残っていた札全てを渡された物に張る。
『これは、木刀?』
確かに雲流丸の姿は侍だけれど、本当に刀を扱っていたかも覚えていない幽霊…本当に使えるのだろうか、というあたしの心配をよそに、静かに両手で持ち構える。
「使えそうか?」
「うむ。」
大助さんの言葉に迷いなく頷く。
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