第一章
『……。』
話しかけた、けど。
『………。』
返事が、ない。
『…………。』
目線は合う、けれど。
『……………。』
やっぱり幻とかなのかな、と声をかけてしまったことに黒歴史がまた増えたのかと思い始めた時。
『…あの。』
……やっと返事をした。
『そなたは…それがしが視えるのでござろうか?』
おお…まさに昔の人っぽい話し方だな、と感じたあたしは今度はこっちが返事をするのが遅くなった。
『あ、あの…。』
「あ、ごめん。」
そう応えると侍らしいそいつは目を見開いた。
「何かよくあたしの部屋にいるから気になって。」
『以前から視えていたのでござるか?』
「まあ…。」
『そうだったのでござるか…。』
そう言うとそいつはくるりと向きを変えてこの部屋を出ていこうとした。
「え、何で出ていくの?」
問うと侍はキョトンとした顔で
『いや、視えるのならばそれがしは鬱陶しい存在であろう。だから、出ていこうと…』
「何でそうなるのよ。」
『ぬ?』
解せない顔であたしを見る侍に言葉を投げた。
「看護師さんに怪しまれない程度に話をしようよ、暇なんだ。」
『な、何故…?』
「だから、暇だから。」
というのは建前であるけど、あたしは幻だとしてもこの侍に興味を持った。他のやつはあたしや視えていない人にも自己のアピールをするかのように足にしがみつこうとしたり、視線を合わせようと目前まで迫ったりするけれど、こいつはそんなことはせずにただ、立っているだけで自分の存在を出すわけではなく、しかもあたしが視えると分かると病室から出ていこうとする良心があるから。
『酔狂な娘だな…。』
「え、幻に言われたくない。」
『幻?』
「うん。」
『それがしが?』
「うん。」
『…。』
しばらく黙っていたけれど、侍はくすりとほほ笑んだ。
『幻…か。』
「何、おかしい?」
『いや、そう思ってくれた方がそれがしとしても気が楽だ。』
「そう。」
『…そなたは、まことに変わった子でござるな。』
「よく言われる。」
そういえばと思い、前から思っていた疑問を口にした。
「あんたは何でこの病院にいるの、ここって元戦場だった場所とか?」
侍はその質問を聞くと眉間にしわを寄せ両腕を組んで考え始めた。そこにあたしは違和感を持った。
(あれ、自分のことなのに何でこんなに考えているんだろう。)
相手が子どもだから言い方を考えているのだろうかと思ったけれど、それにしてはなんだか必死に見えた。
「…悪いこと聞いちゃった?」
さすがに聞いてはいけないことだったのかと察して質問を取りやめにしようと思ったけれど、侍はいや、と言ってこんなことを言った。
『…いや、それがしは―憶えていないのでござるよ。』
「え…?」
『だから――――生前の記憶を持ち合わせていないのでござる。』
