第四章
風羽家での一件から数日。
特に何もなく日々は過ぎていった。
初夏を感じる季節になり、そろそろ薄着の服を出さなきゃとかゴールデンウイークでたるんだ頭をどうにかしなきゃとか、あの一件が嘘のようにひどく日常的な事ばかり考えていたのだけど。
「えーと、今日の日にちは…。」
授業中、先生が今日の日付の確認をする。
その行為は、言わずもがな質問に答える生徒の出席番号と日付を照らし合わせて当てるものだった。
だけど。
「夕日さん…は、今日もお休みだから…。」
夕日とは林檎の名字だ。
そして、同じ名字はこのクラスにはいない。
あたしはそっと林檎の席を見る。
その席の引き出しには、休んだ三日分の宿題や授業の解説プリントが溜まっていた。
(今日は芽衣も部活休みだし、お見舞い誘ってみるか。)
「…別に、特に問題ないけど。」
下校時間となり、お見舞いのことを言うと不愛想な返事が返ってきた。
「出ました、ツンデレ特有の『別に。』のセリフ!」
「その口どうして欲しい?」
ふざけたらやっぱり怒られたけれど、何となくいつもと違う気がした。
あの一件から芽衣は何となくあたしに距離を置いている気がする。
(…自意識過剰かな?)
一抹の不安を抱いたけど、すぐに切り替えて話題を戻す。
「じゃあ、あたし母さんにこの事言ってないから、一度家に戻って自転車で行くよ。」
「わざわざ言わなくても、林檎の見舞いはもう何度も行っているでしょ。」
ですよねーと相槌を打って、少しの静寂に包まれる。
いつもなら特に気にしないのに、それが心をざわつかせる。
(探り合いみたいでやだな…。)
向こうも同じ事を思っていたのか、別の話題を切り出してきた。
「…あの馬鹿兄貴の事だけどさ。」
正直、あたし自身いつ切り出そうか迷っていた話題を振られて驚いた。
「気にしなくていいから。」
「え、でも…。」
「でもじゃない、このお節介。」
口を尖らせてこちらを見る顔から怒りと…少しの不安が読み取れた気がした。
「心配してくれるんだ。」
「あ、当たり前でしょ…。」
恥ずかしくなったのか芽衣は顔を赤らめて下を向いた。
それが一気にあたしの悪戯心をくすぐる。
「まーでもそうだね、小学生って分かっていながらあんなこと言う人だし、ひょっとしなくても聡士さんってロリコン?」
「はっ!?」
「さすが芽衣のお兄さんだよね~。」
「ちょっと、あんなのと一緒にしないで!!」
「でも、ルックスは結構良かったよね、加えてお金持ちだし…もしかしなくても玉の輿??」
「ねぇ、あんたあたしの話聞いてた!?」
「もし結婚したら芽衣の義兄弟になるのかぁ…あ、三絵おねぇさんでよろしく。」
「~~~~~っ!!」
ふざけ始めたあたしに芽衣の鉄拳が腹にきた。
「~~~っ、ちょ、もう少し手加減…。」
「いい加減にしろ、ほら着いた!!」
いつの間にか分かれ道に来ていた。
「じゃあ、約束通りに来なさいよ!!」
これ以上はまた茶化されると思ったのか、足早に芽衣は去っていった。
「…そっちもね~。」
まだ痛むお腹を擦りながら、芽衣の後ろ姿を見送った。