第三章


そういえば、雲流丸のことばかりで幽霊が視えるきっかけは何なのか考えていなかった。
「…理由とかあるんですか?」
「ええ、もう知っているかと思ったんだけどね。」
使用人さんが淹れてくれたお茶を一口飲んで、茜さんはまた口を開いた。
「霊が視える人には確認されている中で、二つのパターンがあるの。」
「…そうなんですか。」
「まずひとつは私たちみたいに先天的に…もともと視える人と三絵ちゃんみたいに後天的に視えるようになる人。」
「えっと、それで霊が視えるきっかけというのは…?」
「人によって様々だけど、もともとの原因みたいなのは一緒ね。」
あたしは今までの記憶を辿ってみたけど、それらしきものは思い当たらなかった。

「死の淵に触れること…かしら。」

そういわれて、はっとなった。
もしかして、交通事故が原因?

「もちろん、全員が視えるようになるわけじゃないけど。」
誤解がないようにと茜さんは付け足した。
「でも、霊が視えて話せるくらいまでだとひょっとして…。」
うーんと茜さんは頭を捻って、数秒経つと思いついたようにあたしに聞いてきた。
「三絵ちゃん、病院で起きる前に憶えていることある?」
「え…!?」
あたしとしては、正直事故があったことすら憶えていない。
けれど必死に思い出そうとして、記憶のかけらを探し出した。
けれど、無いものは無かった。
「…すみません。」
「まあ、そうよね。」
分かってはいたことではあるが、少し困った顔で茜さんはこちらを見ていた。
「ただ、感覚としては浮いてたような感じがしたんですけど。」
特に役には立たないであろうと思った言葉に茜さんは目を見開いた。
「…なるほど。」
「えっと…?」
「遠野物語って知ってる?」
唐突に話しを切り出されてあたしは何のことだか分からなかった。
「昔、岩手県の地方で語られていた民話を集めたものなんだけど…。」
その中の一つにね、と茜さんは内容を語り始める。

「病気に罹って、死を迎えようとしていた主人公が幽体離脱…つまり魂になって体を抜け出し、あの世に行こうとした時にすでに死んでいた自分の父親と息子にこっちにくるなと言われて戻ったという話があるの。」

「…でも、それってお話の中のことじゃ」
「この話は、作者自身が実際に遠野の地に行って聞いたことをまとめたものなの、民話は一見現実にはないことのように語られるけど、案外馬鹿にならないから。」
芽衣の言葉を聞いて、あたしは言葉を呑み込んだ。
「…まあ、浮遊感を感じただけであって、亡くなった人と話をしたかどうかまでは分からないけど。」
「そうですか…。」
「でも、視れるようになっても話を聞くことができたりするのは、死者と会話したことがある人が確率では多いわ。」
全然記憶にないけれど、あたしがもしかしたら死んでいたかもしれないと思うと、肝が冷える感覚を覚えた。
『三絵殿…。』
雲流丸が心配そうにこちらに声をかけてきた。
「大丈夫、ありがとう。」
もう見飽きたくらいの八の字にした眉毛を見てあたしは思わず笑った。
「奥様。」
障子をあけて、使用人の人が茜さんを呼んだ。
「何かしら?」
「はい、聡士(さとし)お坊ちゃんがお帰りになりました。」
さとし・・・?
芽衣のお父さんなら主人とかそんな感じで呼ぶよなと思い、あたしは別の可能性を考えてはっとなった。
「あら、今日は早いのね。」
「それで、芽衣お嬢様のご友人のことをお伝えしたところ自分も挨拶をしたいと…。」
「ハァ!?」
使用人さんの言葉に芽衣は過剰なリアクションをした。
「こら、そんな汚い言葉を使わない。」
「だって…!」
「えっと…口をはさむようで悪いんですけど、聡士さんって?」
少しずつ一人の足音が聞こえてきた中で、あたしは使用人さんに質問をした。

「風羽 聡士様…芽衣お嬢様のお兄様です。」
8/12ページ
スキ