第三章


(なんだろう、この圧倒的な安心感は…。)
昨日は敵と呼べるような感じだったのに、地獄の無言空間を経たあたしにとって大助さんが救いの存在に見えた。
『…おいおい、どうした葬式に行くような雰囲気だな。』
あたしたちをまとっている空気に気づいたのか早速言葉をかけてくれた。
「あんたが明るいのよ、うるさい。」
『ひでぇ。』
あたし以外に直にきついことを言える相手が芽衣には少ないと思っていたので、なんだか二人のやり取りが新鮮に見えた。
あと芽衣の雰囲気が少しだけやわらかくなった気がする。
(これが血の繋がった人同士の会話なのか…。)
兄弟がいないあたしにとっては、うらやましく見えた。

玄関に入り、早速使用人らしき人が立っていてお辞儀をしてきた。
「こ、こんにちは…。」
あたしはぎこちない挨拶をして、靴を脱いだ。
「お部屋をご案内いたします、どうぞ。」
そういえば、前もこんな感じだったなとあたしは思い出した。
「はい…。」
「じゃあ、あたしは後で行くから。」
「…うん。」
『また後でね~。』
されるがまま芽衣と大助さんと別れたあたしたちは、使用人さんに応接間らしい部屋へと案内された。
立派な木目の入った何年物だか分からない机の前に肌触りが良さそうな座布団が敷いてあった。
(…ここに座ってくれってことだよね?)
おずおずとゆっくりそこに座って誰かが来るのを雲流丸と待った。

しばらくして、芽衣と大助さんが部屋に入ってきた。
「あれ、着物?」
「………。」
さっきまで芽衣は洋服を着ていたのに、髪型はそのままで、服は深緑の帯に黄色の背景に桃色の桜の花びらが散っている柄の着物を着用していた。
だけど、さっきよりも不機嫌な表情をしていていろいろ台無しだった。
「すごく綺麗、良く似合ってる。」
「…嬉しくない。」
いつものように茶化して言った訳ではなく、本当に綺麗だと思ったのだけど、芽衣はそっぽを向いた。

「芽衣、せっかく褒めてくれたのだから、ありがとうの一つくらい言いなさい。」

穏やかで、どこか艶っぽい声が芽衣の後ろから聞こえてきた。
「ごめんなさいね、いつもこんな感じに困らせているのでしょう?」
「い、いえ…。」
後ろに人がいることに気づかなかったあたしは、声を余所行きのものに変化させて答えた。
人物の姿を見た時に思わず目を見張る。
美しく伸ばした黒髪に、整った顔、薄い唇には細く紅が引いてあり、漆黒の帯に綺麗な朱色を背景に淡い黄色の菊の花が描かれた着物を着ていて、和服美人という言葉がピッタリな女性だった。
(すごく綺麗…美術品みたいな人だな。)
ふと我に返って雲流丸を見てみると、あたしと似たように女性を一点に見つめていたので、密かにつついた。
「初めまして。」
「はっ初めまして、石野原三絵と言います!」
一気に緊張して、お辞儀のスピードが速くなった。
「あらあら、そんなに緊張しなくても…。」
「………。」
微笑む女性と微妙な表情をする芽衣に、あたしは次にどうしたら分からなくなって、とりあえず母さんから渡された菓子をその場で渡そうと思った。
「これ、つまらないものですが…!」
「まあ、ありがとう。」
上品な動作で受け取る女性を見て、やっと緊張が収まったところであたしは話しかけてみた。
「本当は親御さんに渡すように言われたのですけど…。」
すみませんと言葉を繋ごうとした時に、女性と芽衣の目が少し開かれた。
「…三絵。」
「うん?」
「お母さん、なんだけど。」
「…え。」
「この人、あたしのお母さんなんだけど。」
そう言われて自分の表情は見ることができなかったけど、きっとあたしは豆鉄砲をくらった鳩みたいな表情をしていたに違いなかった。

「ごめんなさいね、自己紹介がまだで…芽衣の母親の風羽 茜(ふうば あかね)です。」

今後もよろしくねと、到底母とは思えない若々しい姿をしたその人ははにかんだ。
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