第二章


目が覚めた時、最初に見えたものは勢いよく飛んでくる拳だった。回避する隙もなく、見事にあたしの顔に命中する。

「まったく、ふざけないでよ・・・!」

なんだか既視感のある流れだなと思い、起き上がって見ると、心配そうにあたしを見る雲流丸とダイスケらしき幽霊がいた。
・・・まあ、やっぱり目覚めの拳をくれたのは、言わずもがな。
「・・・痛い。」
「今回ばかりはこうでもしないと腹が収まらないから。」
(いや、入院の時もやられたんだけど・・・。)
と反論しようと芽衣の顔を見ると、なんだか目が潤んでいるように見えて、驚いて意見が引っ込んだ。
「ちょ、どうしたのそんな目して・・・。」
「どうもこうもないわ!!」
と一喝された後。
バシィィ!
左手に持っていた何かを顔にめり込むほどに押し付けられた。
「・・・何ですか、これ?」
素直に質問を投げると、まだ怒りが収まらない様子で、投げやりに言われた。
「お札!!」
「・・・えっと?」
「ふ だ!!」
「・・・・・・ワンモア。」
ふざけたらまた顔面パンチくらった。
「あの、さすがに三回目は痛い。」
「真面目に聞け!!」
歯をむき出しにしてあたしを叱る芽衣にダイスケはどーどーと落ち着くようにあたし達の周りを浮遊していた。
「うっとうしい!」
ダイスケが投げ飛ばされた。
雲流丸はどうすればいいか分からず、ただおろおろしていた。
「・・・芽衣姐さん、この札って何ですか?」
話を本題に戻して聞いてみた。
「・・・・・・。」
芽衣は目を合わせようとせず、無言でいたけどダイスケに肘をつつかれて、溜息をついてから話してくれた。
「体の生気を補うものよ。」
「せいき?」
「・・・詳しいことは省く、とにかくそこの幽霊といるせいで出来たものよ。」
「えっ!?」
びっくりして雲流丸を見ると、心当たりがないようで首を横にぶんぶんと振っていた。
「・・・こう言っているんだけど。」
『そりゃあ、無自覚だろうなぁ。』
とダイスケが話に割り込んできた。
『嬢ちゃん、俺たちみたいな存在がなぜ生きている奴らと同じ世界にいれるか、分かるか?』
「・・・分からない。」
『だろうな、未練があってここにしがみつくやつも多くいるが、これが無いと魂ごと消滅しちまう。』
ダイスケはある部屋に指をさした。
それは仏間だった。
『供物、だよ。』
「・・・お供え物?」
この答えを聞いてダイスケは満足そうにうなずくが、余計なことまで話し過ぎたのか芽衣にほっぺたを引っ張られた。
「・・・で、そのお供え物をあげないと何で消えることに?」
「現世に留まるためには、幽霊にはエネルギーがいることなの。」
「そのエネルギーを作るのが、お供え物ってこと?」
「そう。」
「でも、それと今回のこととどう関係してるの?」
芽衣は顔をむっすりとさせると雲流丸の前に来てその体を見ていた。
『??』
「さっき言ったエネルギーは別の方法でも取ることができるの。」
「それって・・・?」

「生きている人間から生気を吸い取ること。」

「『!?』」
「三絵、最近なんだか体がだるいとか無かった?」
「そ、そういえば体が重いって思ってた・・・。」
『なんと!?』
「さっき倒れたのもそれが原因だから、とっとと距離を取ってくれれば・・・。」
と芽衣はぶつくさ文句を言い始めた。
でも、こっちだって言い分はある。
「じゃあ、何で幽霊が視えるって分かった時にそれを言ってくれなかったのさ・・・。」
「そ、それは・・・。」
そうあたしに反論されて、芽衣は無言になってしまった。
「・・・ねぇ、本当に芽衣って何者―――」
『はい、ストップ。』
肝心な部分を聞こうとしたが、遮られた。
『そろそろ良い子は帰る時間だし、嬢ちゃんの親御さんとかも帰ってくる時間だろう?』
「あ・・・。」
そう言われて時計を見ると、そろそろ十七時になるところだった。
『こんな話を聞かれるのも良くないし、この話は良かったらだけど明日にしない?』
「・・・・・・。」
『・・・うむ。』
「確かにそうしてくれた方がありがたいけど・・・。」
あたしは芽衣の渋い表情の横顔を見て、これ以上は話してくれないのではと思った。
(なんか、隠したいことが多くありそうだし・・・。)
とこの期に及んでだけど、遠慮が出てきた。
『うーん、そうだな・・・。』
それはダイスケも感じたみたいで、数秒考えると何かを思い出したように指をパチンと鳴らして提案してきた。
『じゃあ、嬢ちゃんの家で今日はやったから、次は芽衣の家でやるか。』
「はぁ!?」
『はい、これで決定な。』
「ちょっと!!」
『じゃあ俺は先に帰るぜ。』
「待ちなさい、馬鹿――」
するりと芽衣をかわして、あたしの目の前にダイスケは来た。
『どうかこれからもコイツをよろしくな、俺は竹田 大助(たけだ だいすけ)って名前で、アイツのいとこだ。』
「い、いとこ!?」
『ああ、またな嬢ちゃん。』
それだけ言うと、大助・・・さんは今度は壁をすり抜けて去って行った。
「・・・追わないの?」
「追う!!」
どたどたと玄関まで走って芽衣はドアノブを引っ張るところで、動きを止めた。
「そこの幽霊。」
『そ、それがしのことで?』
「三絵に変なことしたら承知しないから。」
『・・・承知した。』
「あと、三絵。」
「うん?」
「その札、できるだけ貼っておくかそばにおくこと、あと風呂とか入る時ははがしても問題ないから。」
「りょーかい。」
「あと・・・両面テープで貼ってあるから、ソレ。」
「はー・・・い?」
それだけ言って芽衣は家を出ていった。
こっちは、しばらく前髪に貼られた札を取るために四苦八苦した。
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