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第2章

1
「……」
「神蘭……」
次の日、訓練することもなく、呆然としていた神蘭は、鈴麗の声で我に返った。
「大丈夫?何か考えこんでたみたいだったけど?」
「えっ?……うん、ちょっとね」
そう答えながら、昨夜のことを思い出そうとする。
それでも男がいつ、どのような状況で引き上げていったのか、その時のことを全く覚えていなかった。
「それにしても、酷い話だよね。自分の仲間を見捨ててくるなんて皆も言ってたけど、そんな人が唯一の上司で大丈夫かな?」
(……そういえば、誰が広めたかはわからないけど、今朝にはもう話が広まってたんだっけ)
鈴麗の言葉にそんなことを思う一方、神蘭は生前の父が言っていた言葉を思い出していた。
『父さんの上司はな、神蘭とそんなに年の変わらない人なんだが、仲間想いの良い人でな、私より下の立場の者にもよく目を配って気に掛けてくれる優しい方だよ』
軍に入ることは反対していたが、上司のことを聞いた時には自慢気に話していた父を思い出し、神蘭は座っていた場所から立ち上がった。
「ちょっと、神蘭?」
「ごめん、ちょっと本部行ってくる」
鈴麗にそう返して、走り出す。
その時の父の言葉が嘘とは思えなかったし、その父が亡くなった時も間に合いはしなかったが、封魔は助けに来た。
それも怜羅に聞いた通りなら、自分の休暇を返上して、ただ一人の部下を助けに来たのだ。
(だったら、やっぱり本人の口から本当のことを聞き出さないと)
そう思いながら、走るスピードを上げる。
封魔が男の言葉を、今流れている噂を否定するなら、神蘭は彼のことを信じてもいいと思っていた。
2
本部の中の封魔の執務室に着き、神蘭は扉を叩こうとした。
その時、急に扉が開いて、中から誰かが飛び出してくる。
「っと……」
ぶつかりそうになったのを何とか避け、振り返ると一人の少女が走り去っていくのが見えた。
(あれって確か、楓って言ってた子……)
直接話したことは一度しかないが間違いはないだろう。
そんな事を思っていると、今度は部屋の中から少年の苛立ったような声が聞こえてきた。
「どうして!?そんな事をしたんですか?楓は……、楓にとって、蒼魔様がどんな存在かわからないあなたではないでしょう!?……それなのに、どうして何も話してくれないんだ!あなたが噂を否定するなら、俺と楓はあなたを信じる。それなのに、否定はしない、本当のことも話してくれないんじゃ、どうしたらいいんだよ!?」
「……」
そんな声が聞こえてきたが、それに答える声はない。
「……楓を探してきます」
何も言わない封魔に諦めたのか、そう声がして再び扉が開く。
「……封魔様、一つ忠告しておきます。このままだと、あんたについてくる部下は誰もいなくなりますよ」
敬語もなくそう言った星夜はやや乱暴に扉を閉めた後、神蘭がいるのに気付いたのか、軽く会釈してから楓が去った方へ走っていく。
彼が行ってしまってから、神蘭が戸惑いがちに扉を開くと、中では封魔が何事もなかったかのように書類を見ていた。
「……何だ?今度はお前か?」
「……今出ていった二人って、あなたの部下でしょ?何を言ったの?」
聞くと、封魔は溜め息をついて、見ていた書類を置いた。
「別にお前には関係ないことだ。……それで何の用だ?」
「聞かなくてもわかってるんでしょ?あの男が言ってたこと、本当なの?」
「……」
「私の父はあなたのこと、仲間想いの良い人だって言ってた。部下である自分達を大切にしてくれるって。それなのにどうして、他の人達を見捨てたの?……ねぇ、何とか言ったら?」
「……否定はしない。過程はどうであれ、結果的には仲間を捨ててきたことに変わりはない。だが、いつまでも悲しみにくれてる時間はない。早く体勢を立て直さなければ、次の襲撃で一気に崩されるぞ」
「っ……、わかった。あなたには失望した」
あくまでも詳細を話す気はないらしい封魔にそう言い、神蘭は部屋を出た。
「あ、神蘭、おかえり」
本部を出て訓練場に戻ってくると丁度休憩中だったらしい鈴麗が声を掛けてきた。
「それで、話は聞けたのか?」
一緒に休憩していたらしい龍牙の問いに、神蘭は首を横に振る。
「ううん、何も……」
「黙秘って訳か。上層部の誰も何も言わないし、俺達に知られたらまずいことでもあるのか?」
「どうだろうな。で、噂になってる件については?」
「……否定しなかった」
「「「「……」」」」
そう答えた神蘭に、鈴麗達は何も返してこなかった。
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