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立ち塞がる壁

1
迎えに来た刹那に連れられ、異空間から脱出した後、花音達は森の中で休息をとっていた。
別行動になっていた間、残されていた仲間達の方には合成獣が現れて戦闘になり、誰もが疲れていたらしく、心身共に消耗していた封魔と同じ様に眠っていた。
そこまで疲れていた訳ではなかった花音は、一人何処かに行こうとしている神蘭に気付き、後をつける。
どんどん森の中へと進んでいった彼女が立ち止まったのは、森の中にあった湖だった。
「わあっ!」
そこの光景はもうかなり前のことにはなるが、風の国にいた時、風夜や風華に連れて行ってもらった湖と同じくらい綺麗で、思わず声をあげる。
ずっと考えこんでいたのか、神蘭はそこで花音に付けられていたことに気付いたようだった。
「花音!?」
「綺麗ですね。魔界でも、こんな場所があったんだ」
「……ああ、そうだな」
呟いて、神蘭は息をはく。
花音はそんな彼女の顔をそっと見る。
今の神蘭の表情には、異空間の時に見たような焦りや、悲痛なものは浮かんでいなかった。
「!どうした?」
視線に気付いた神蘭が聞いてくる。
「あ、うん。今は大丈夫そうだなって……。あの世界にいた時、少し取り乱していたみたいだから」
「……驚いたか?」
「うん。あんな神蘭さん、見たことなかったし。口調も変わってたしね」
花音がそう返すと、神蘭は「ふふ」と笑った。
「私だって、最初からこんな口調だったわけじゃないさ。……こう話し始めたのは、闘神になってからだ」
「そうなんだ」
「それと、取り乱したのは……、どうも私の中で封魔は少し特別らしくてな。偶に、どうしても感情的になってしまう。……昔の名残りかもしれないがな」
「?」
神蘭のその言葉に花音が首を傾げると、神蘭は昔を思い出すような表情で話し始めた。
2
「私が闘神になるより前に、神界ではある事件が起きていたんだ」
「事件?」
「ああ、詳しくはまたいつか時間がある時に話す。……とにかく、その時に私は父を失い、私自身も危機に陥った。その時に私を助けたのが封魔だ。……そして、封魔は私の父の上司でもあった」
「神蘭さんのお父さんの上司!?えっと、それじゃあ、封魔さんって一体……」
神蘭達、神族が見た目通りの年齢ではないことは知っている。
だが、封魔と神蘭達に年齢差がそんなにあるとは思えなくって、花音は少し混乱する。
それがわかったのだろう、神蘭がクスリと笑った。
「ふふ、封魔は年齢的には私達と変わらないよ。ただ、彼の場合、幼い頃から闘神になるべく育てられたから、私達よりは先に闘神になっていた。……そう、その事件の時にも私達の前の闘神達と一緒に動いていた。……そして、その事件の時の闘神達の唯一の生き残り」
「!?待って!じゃあ、他の闘神の人達は?」
「……もういない。……生きているのか、死んでるのかも分からない。封魔もこのことには口を割らなくてな。……ある一定の期間を過ぎたところで、死亡扱いになった」
そう話している神蘭の表情は辛そうなものだった。
「闘神は誰もがなりたいからといってなれるものではない。だから、一時的に闘神が封魔一人になった。その時には、私達も軍には所属していたけど……、正直見ていられるものではなかったよ」
「…………」
「前の闘神達は皆、部下を大切にしていてな。その分、繋がりも強かった。だから、誰もが失くした上司達のことを悲しみ、そして、行き場のない怒りが封魔に向けられた。……恥ずかしいことに私達もな」
「!?」
「私達は全員が悲しみに溺れ過ぎて、ただ一人帰ってきた封魔に自分達の感情をぶつけてしまった。……一番辛かったのは、封魔だったはずなのにな。……闘神は一人になり、部下達は好き勝手に責め、中には言うことを聞かない者もいる始末。あの時、軍はバラバラで、敵の襲撃があれば、簡単に崩されただろうな」
「でも、そうならなかったのって、襲撃はなかったってことですか?」
そう聞いた花音に、神蘭は首を横に振った。
「……いや、違う。封魔が一人で対応していた。まぁ、言うことを聞かない部下を使うより、自分が出た方がいいと思ったんだろう。……それでも、一人では限界がある。ましてや、今まで闘神で分担していた仕事が全て一人に集中したんだ。その後、封魔は倒れ、その次にあった時には……人が変わっていた」
「変わってた?」
それに神蘭は悲しげに頷いた。
「花音も見ただろう?彼奴が腕輪を外した状態を」
「見たけど……」
「どうやってあの状態になったのかまではわからないが、次にあった時からはあの状態、いやあれより酷かった。……戦いを楽しみ、自分が傷付いても自身の身を顧みることもしない。ただ総長と副総長の命のままに動く戦闘人形……。……その状態を見た時、私はショックで仕方なかった。同時に、私達は自分達の過ちに気付いたよ。……私達が封魔を責め続けた結果が、あの姿だと」
「神蘭さん……」
「それから、私達が闘神に上がるまで、封魔はその状態だった。私達が同じ立場に上がり、軍の再編成を終えた所で、神麗があの腕輪をつくってくれたんだ。……でも、やっぱり一度犯してしまった過ちはなかなか取り消せないみたいでな。……私達が同じ立場になっても、危機的状況に陥ったと判断すれば、彼奴は抑えている力を解放する。それがどれだけ自分に負担をかけるかわかっているのにな」
「外さないように言っても、駄目なんですよね?」
「ああ。何度も言ってるし、一度は約束してくれた。それでも……」
「外してしまうんですね?」
「ああ。……やっぱり、外させない為には、私達ももっと強くならないといけないのかも……」
哀しげな表情ながらも、決意を新たにするような言葉に花音も頷く。
神蘭のその言葉は、花音にも言えることだと思った。
「そうだね。これからがきっと厳しい戦いになる。私も頑張らないと」
そう言って花音が気を引き締めると、神蘭は何故か表情を和らげた。
「いや、花音は今のままでいいと思う。いつもどおりでな」
「えっ?」
「お前は確かに強くなった。それは途中から加わった私達にもわかる。だが、お前の強さは私達のものとは違う」
「違うって……」
「お前が強いのは、心だよ」
「心?」
聞き返した花音に、神蘭は頷く。
「そう。花音、お前の強さは力じゃない。心だ。どんなものでも受け入れ、信じ抜く。それが仲間達に与える影響は遥かに大きい。……風夜の一件の時にも、そんなお前がいたから、皆がバラバラになることはなかったんだろうしな」
「神蘭!」
その時、鈴麗の声が聞こえてきて、二人は振り返る。
走ってきた彼女の表情は、何か良いことがあったような明るいものだった。
3
「どうした?鈴麗」
「神蘭、聖羅様が……」
「!!聖羅様が、どうしたんだ!?」
「戻ってきたの!総長と副総長が助けてきたみたいで」
「それで無事なのか?」
「今は意識がないけど、それだけみたい」
「そうか。わかった、今戻る。花音は?」
聖羅が戻ってきたと知り、直接彼女の無事を確認したいのだろう神蘭が花音を見る。
「私はもう少し此処にいるよ。少し考えたいこともあるから」
「わかった。なら、先に戻ってるよ」
「あまり遅くならないようにね」
そう言って、神蘭と鈴麗が去っていき、花音一人になる。
(心……か)
二人の姿が見えなくなった所で、改めて神蘭の言葉を思い返す。
その時、急に周りの空気が冷えたような気がした。
「な、何?」
「ふふっ」
「!!」
振り返り、近くにあった窮姫の姿に思わず後ずさる。
「……やはり、貴女が鍵みたいね。聖羅は取り返されてしまったし、今度は貴女にしようかしら」
「っ……」
その言葉にこのままでは不味いと思って、窮姫から逃げる為に走り出す。
「無駄よ。貴女はここから逃げられない」
走り出した花音の背後から、窮姫の声がしたかと思うと、何故だが同じ森の中の筈なのに雰囲気が変わったような気がした。
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