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魔界のレジスタンス

1
魔界へと来た次の日。
朝少し早く目が覚めた花音は、与えられた部屋を出て、屋敷の中を歩いていた。
「何だ?もう起きたのか?」
聞こえてきた声に足を止め、視線を向ける。そこには〈風夜〉の姿があった。
「〈風夜〉の方こそ……」
「……違う」
「えっ?」
言葉を遮ったうえに否定もされて、目を丸くする。
「違うって……」
「俺の名前がだ。あいつと別人になったからって、名前が変わったんだよ。一文字違いだけどな」
何でもないような顔をしながらも、どこか嬉しそうにしていることに思わず、クスリと笑う。
「な、何だよ?」
「何でもないよ。それより、聞いてもいい?」
「ああ、風牙だ」
「そっか。良かったね」
花音が言うと、彼は今度こそ嬉しそうに笑った。
だが、すぐにその表情を険しいものへと変化させる。
「どうしたの?」
「……思ったより、随分早いな」
「えっ?」
言葉の意味がわからず、首を傾げた時、「ドオォンッ」という音が響き、その震動でか辺りが激しく揺れた。
「っ、今の……」
急いで近くにあった窓から外を見る。
街の入口の方では煙が上がっていて、街の中は慌ただしくなっていた。
「……奴等が動いたんだろ。あの五人の内の誰かもいるかもしれないな」
風牙が言い、花音は窮姫達が来ているかもしれないと背を震わせる。
その時、瑠璃が飛んでくるのが見えた。
「あ、いたいた!」
「瑠璃」
「何だ、チビ」
「チビじゃない!っていうか、風牙は何してるの?沙羅達は行っちゃったよ」
「えっ?行っちゃったって」
風牙に言い返した後、続いた言葉に、花音は目を丸くする。
「知ってるでしょ?今、攻撃を受けてるのは。ほら、風牙はさっさと行く!」
「わかってるよ、チビ」
言って、風牙は姿を消す。
「だから、チビじゃないってば!風夜はちゃんと名前を呼んでくれるのに……」
「まぁ、似てても別人だからね」
「……まあ、いいや。とにかく、花音はこっちだよ」
そう言うと、瑠璃は花音の服を引っ張った。
2
瑠璃に引っ張られてきた花音が部屋に入ると、光輝と神蘭達がいた。
だが、他の者達の姿はない。
「なんで私達だけ?」
「まだ本調子じゃないでしょ?今、襲ってきてるのは、中級クラスまでらしいから」
「……そうはいっても、何だか変な感じがするな」
「神蘭達にとっては、確かに変な感じはするかもね」
「……俺達にとったら、前線に行くのが普通だからな」
神蘭、聖羅、封魔の声を聞きながら、花音は窓から外を見る。
戦闘になっているのか、あちこちから音が聞こえてきたが、何処も此方に近付いてくるような気配はなかった。
「瑠璃」
「何ー?」
外の様子を見ながら、声を掛けた花音に瑠璃が近付いてくる。
「ちょっと皆の様子を見てきてもらってもいい?」
「いいけど、そんなに心配しなくてもいいと思うよ。まあ、ここにいても暇だし、行ってくるよ」
言って、瑠璃が開けた窓から出ていく。
「…………」
「姉上?何か気になるのか?」
背後に来た光輝が聞いてくる。
「うん。……ちょっとね」
そう答えながらも、外から視線を外した。
「ただいまー、様子見てきたよ」
数十分後、そう言いながら瑠璃が戻ってくる。
「……どうだった?」
「うん。問題なさそうだったよ」
「…………」
瑠璃が言ったことに、花音は考え込む。
「……花音、どうしたの?」
「ちょっと気になって……、これで本当に、襲撃は終わりなのかなって」
「……確かに、少し呆気ない気もするわね」
聖羅がそう言った時、花音達に向けるかのように強大な魔力と殺気を感じた。
『『『『『!?』』』』』
それを感じ取ったのか、神蘭達がそれぞれ座っていた場所から立ち上がったり、背凭れにしていた壁から離れた。
「この気配は……!」
「どうやら、花音の予感は当たったみたいね」
神麗が厳しい表情をして言う。それと同時に、花音達のいる紫狼の屋敷が攻撃を受けたのか、大きく揺れた。
「……出ましょう!ここにいたら、一方的に攻撃されるだけよ」
聖羅が言って、ドアを開ける。
花音達が外を出たと同時に、花音達目掛けて幾つもの魔力が飛んできた。
「!!聖羅様!」
それに反応した神蘭が聖羅を抱えるようにして、横に跳ぶ。
ほぼ同時に花音は封魔に抱えられ、光輝も白夜に抱えられたのが見えた。
そこから連続で襲い掛かってくる魔弾を避けるのに、抱えられた状態だった花音は目まぐるしい視界に目を閉じる。
そのうちに攻撃がやんだのか、花音は降ろされた。
「……大丈夫か?」
「……はい。ありがとう」
封魔に聞かれてそう返した時、再び強い殺気を感じ、上空を見上げる。
そこには宙に浮き、此方を見下ろしている牙王の姿があった。
3
「くくっ」
少しの間、花音達を見下ろしていた牙王が急に笑い出す。
「……何がおかしい?」
「まさかこうもうまく分かれてくれるとはな」
そう言って、牙王は花音達を順に見る。
「今ここにいる奴等は、全員魔界の空気に慣れるまで本来の力は出せない奴ばかり。逆に俺はこの魔界では今まで以上の力を出せる。その俺からしたら、今のお前達を捩じ伏せることなど簡単なこと。だが、念には念をいれておくか」
そこまで言って、牙王は花音、光輝へ手を向ける。
その瞬間、二人の身体に魔力の鎖が巻き付き、手すら動かせなくなる。
かと思うと、また別の鎖が花音からは弓を、光輝からは宝珠を奪っていった。
「あっ!?」
「ちっ!」
声を上げた花音と舌打ちした光輝に、牙王はニヤリと笑う。
「……さてと、これで準備は出来た。後は……」
牙王が花音達の方へ手を向け、そこに魔力が集まっていく。
「おっと避わしていいのか?」
避けようとした神蘭達に牙王が言い、鎖で身動き出来ない花音と光輝を指す。
「お前達が避ければ、その二人に間違いなく当たるぞ。それでもいいのか?」
楽しげに言う牙王の魔力はその間にも高まっていく。
そして、その力は花音達の方へ真っ直ぐに放たれた。
「っ……」
それを見て、聖羅が前に飛び出す。
そして迫ってくるエネルギーに手を向けようとしたところで、彼女の前に何層かの膜のようなものが張られ、エネルギーはそこにぶつかる。
いつのまにか聖羅の前には神蘭達の姿があり、牙王の攻撃を防いだのが彼女達だとわかった。
「「くうっ……」」
「「「ぐっ!」」」
だが本調子ではないためか、それとも牙王の魔力がそれだけ強いのか、押されているのはすぐにわかった。
「俺達も……」
「待って、あなた達は先に二人を……」
神蘭達を手伝おうとした千歳達に、神麗が花音と光輝を指す。
「……そうか。二人が動けるようになれば……」
「防ぐ必要はない。そうですよね?」
「ええ」
そう言って、神麗と星華が花音、千歳と昴が光輝に近付き、二人の動きを封じている鎖に手を翳す。
そして彼等の力を感じたが、やはり上手くいかないのか鎖が弱まることはなかった。
「ははは、どうした?あまりに手応えが無さすぎるぞ!」
防ぐことに精一杯の神蘭、封魔、龍牙、鈴麗、白夜。
動けない花音と光輝。
二人を助けようとしても上手くいかない神麗、千歳、昴、星華。
何も出来ずに俯く聖羅。
それを楽しげに見ている牙王の力が更に高まっていく。
だが、それと同じように別の力が高まるのも感じた。
(この力は!?)
「ふはは、このまま……ぐああっ!?」
余裕な笑みを浮かべていた牙王が横からの攻撃に吹っ飛び、冷たい声がする。
「……随分楽しそうだな。そんなにハンデのある相手をいたぶるのが楽しいか?」
牙王を攻撃したのは風夜だったらしく、彼は今まで見たことのない冷たい表情をしていた。
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