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広がる戦火

1
風夜と別れ、封魔も部屋を出ていった後、花音は少し身体を動かしたくて、部屋を出た。
そのまま特に目的もなく歩いていると、窓から外を眺めている聖羅がいた。
近付いていくと、気配に気付いたらしい彼女が振り返った。
「花音!?もう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
「……そう、よかった。……私のせいでごめんなさい」
「いいよ。それより、聞きたいことがあるの」
謝罪してきた聖羅に、首を横に振って答える。
それよりも、花音には気になっていることがあった。
「何かしら?」
「私が気を失った後、どうなったの?あの二人の男の子は?」
そう聞くと、聖羅は表情を消した。
「……あの子達は、二人共……死んだわ」
「えっ?」
聞き返すと、彼女は悲痛な面持ちになる。
「神族の子は、刺された傷が原因でね。まだ幼く力も弱かったから、毒に耐えきれなかったのね。悪いことをしたわ」
「魔族の子は?」
その言葉に、聖羅は悲痛な表情を一転させた。
「……そいつなら、封魔が取り押さえた後、そのまま軍に連れていかれたわ。そこで取り調べの後、処刑された」
「!!……そんな……、あんな小さい子を……」
「……彼は無断で神界に浸入した。それだけでも許されないのに、私の命を狙い、罪のない子の命を奪った。貴女だって、毒を受けたせいで苦しんだでしょ?」
「でも……」
「敵に情けは無用よ。敵である魔族がどうなろうと、心を痛めることはないわ」
「…………」
その言葉に花音は黙りこむ。
それを見て、聖羅は更に続けた。
「貴女の仲間にも魔族が数人いるみたいだけど、あまり気を許しすぎない方がいいわ。彼等に情を移しすぎると、失った時に辛い思いをするのは貴女よ」
「……風夜達は、悪い人じゃないよ」
「どうだか。あの子みたいにいつ豹変するかわからないじゃない。花音、私は貴女のことを思って、忠告してるの」
「…………」
「彼等を信じきっては駄目。魔族は、隙につけこんでくるのも上手だから、とにかく信じたら……」
「っ……」
それ以上は聞いていたくなくて、花音は聖羅に背を向ける。
「花音!」
そのまま、そこから立ち去る為、走り出した。

「…………」
聖羅から距離をおくため走り去った花音は、気がつくと街中に出ていた。
一人で何も言わずに出てきてしまったが、今は戻る気にはなれなくて、何処にいくわけでもなく歩き出す。
すると、反対側から女性が歩いてくるのが見えた。
女性は服も髪も真っ黒で、何処か神界には似合わない雰囲気をもっている。
「……あら?」
「っ!」
その女性と擦れ違った時、聞こえてきた声に足を止める。
(この声……!)
女性の声が神界に来る前、人形から聞こえてきた声と重なる。
花音が振り返ると、同じように振り返った女性の切れ長の目が妖しく光った。

「姉上ー!」
「おい、いたか?」
「いや、こっちにはいない」
その頃、中央塔の中では光輝、夜天、雷牙が花音を探していた。
「くそっ、一体何処に行ったんだ?」
そう光輝が言った時、幾つもの足音が聞こえてくる。
「花音がいないって、どういうことだ!?」
三人の所へ来るなり、神蘭が言う。
「どうもこうも、もう大丈夫だっていうから、会いに行ったらいないんだよ」
「風夜が帰ったのが16:45頃、その後、何処かへ行ったとしたら、そう遠くではないはずだ」
17時を少し過ぎている時刻を見て、封魔が言う。
そんな彼等の会話を聞いていた聖羅が、そっとその場を離れたことには誰も気付かなかった。
2
「……ん?」
中央塔で光輝達が花音を探している頃、花音は狭い牢の中で気が付いた。
(ここ、何処……?)
中央塔を出てから一人の女性と擦れ違った所までしか記憶がない。
「フフ、お目覚めかしら?」
聞こえてきた声に花音は牢の外を見る。
そこには気を失う前に擦れ違った女性がいた。
「貴女は?」
「私?私は黒姫」
「!!」

ー『窮姫達の後ろにいる黒幕、それは闇巫女黒姫って女だ』ー

名乗った女に、思い出したのは神界に来たばかりの頃の龍牙の言葉だった。
(黒姫って、黒幕だって言ってた人だよね?それじゃ、此処って……)
魔界に連れて来られてしまったのかと、花音は青ざめる。
そんな花音に気付いたのか、黒姫は笑った。
「此処は神界よ。とは言っても、此処は魔族達の里だけどね」
「魔族の里……」
「そう、私達が神界を攻める為に少しずつ準備をしていた結果、出来た里よ」
そう言って、黒姫は再び笑う。
だが、そんな彼女の背後にいる魔族達は戸惑っているようにも見えた。
3
黒姫に魔族の里へ連れて来られて数日。
花音は相変わらず牢の中に入れられたままだったが、牢の見張りになった二人と仲良くなりつつあった。
「はい、食事だよ」
「ありがとう」
牢の外から入れられた食事を受け取り、花音は辺りを見回す。
いつもは二人で来ていたのに、今日は一人しかいない。
それに里の中が何処か慌ただしいような気もした。
「何かあったの?」
聞いている間にも、花音がいる牢の前を装置のようなものを運ぶ数人が通り過ぎていく。
「……ええ、神界軍がこっちに向かってきているって」
「!!」
それを聞いて、花音は少し考え込む。
(私が此処にいるって、気付いてもらえたのかな?でも……)
「確かこの里って、神界軍と不戦協定を結んでいるって言ってたよね?」
「……ええ、少なくても私達はそう聞いていたんだけど」
少女はそう言ったが、里の様子はまるで神界軍を迎えうとうとしているようだった。
「梨亜!」
その時、声がして少年が走ってくる。
「夜月!これは一体……!?」
「里の会議で大半の里の人達が魔族側についた!これから、此処は戦場になる」
「そんな、どうして!?今まで私達は、此処で上手くやっていたのに……」
「そう思っていたのは、俺達若い連中だけらしい。この里は元々、神界との戦いの為の里だったんだ!」
夜月がそう言った時、里の周囲を何かが覆った気がした。
(っ……)
そうかと思うと、少し圧力のようなものを感じた。
「フフ、来たみたいね」
それに胸を押さえていると、黒姫の声がする。
いつの間にか、黒姫と窮姫、闘牙、黒蘭、闇王、牙王の姿があった。
現れた黒姫達は、愉しげに笑っている。
それを不思議に思っていると、少し離れた場所から何度か爆発音が聞こえ、段々近付いてくる。
それがやんだかと思うと、聖羅、神蘭、封魔、鈴麗、龍牙、白夜が現れたが、いつもと様子が違って見えた。
よく見れば、彼等は激しく肩を上下させていて、力をかなり消耗しているようだ。
それに比べて、黒姫達は全員涼しい表情をしている。
このまま、戦闘になればどちらが不利なのかは考えずともわかった。
どうするべきかと考えていると、牢の鍵を開ける音がする。
そこから梨亜と夜月が入ってきたかと思うと、花音は首に短剣を突き付けられた。
「どうして……」
「いいから。今は私達についてきて」
梨亜に小声で言われ、花音は大人しくする。
「お前はこっちだ!」
言って、引っ張る夜月に抵抗することなくついていく。
「花音!!」
それを追ってこようとした神蘭達が足止めされるのを見ながら、花音は二人に連れられ、そこを離れた。

「……ここまで来れば、いいだろう」
誰もいない場所まで来て、花音を掴まえていた夜月が手を離す。
「いいか。よく聞け」
「う、うん」
「この里の中央にある装置、それを壊すぞ」
「えっ?」
「里の人が言ってたんだ。魔族達が魔界からある装置を持ってきたって。その装置は神族の力を奪い、魔族の力を強めることが出来ると」
「!!……そっか。それで」
夜月の言葉に、花音は納得する。
彼のいうとおり、力が奪われているなら、神蘭達が消耗しているのも頷ける気がした。
「よし、じゃあ行きましょう。私と夜月も協力するから」
梨亜がそう言ったのに、花音は首を横に振る。
「ううん。二人はここまででいいよ。それより、早く逃げて」
「な、何言って……」
「私ならその装置さえ壊せれば大丈夫。でも、二人は……」
力が戻った神蘭達に合流すれば、花音の身の安全は保証されるだろう。
だが、梨亜と夜月はそうはいかない。
魔族についた者達からすれば裏切り者、それは窮姫達にとっても同様。
かと言って、幼い少年魔族すら受け入れなかった神族が二人を受け入れるとは思えなかった。
「ね、早く逃げて」
繰り返して言う花音に、二人は困ったように視線を交わす。
「逃げろって言われても」
「この里から魔界に行くには、里長の家へ行かなければならないんだ。そこからしか、行けないんだよ」
「それに、その装置の回りだってきっと魔族達がいる。一人でどうにか出来るとは思えないよ」
梨亜がそう言った時、僅かに何かが羽ばたくような音が聞こえ、花音は辺りを見回す。
「ピイィー!」
「!!」
その瞬間、花音目掛けて小さな竜が突っ込んできて、花音は慌てて抱きとめた。
「白亜!?どうして、ここに?」
「見つけた!」
白亜に話し掛けていると、次に此処にはいない筈の声が聞こえた。
見ると、その先には夜天、刹那、凍矢、紫影の姿がある。
「どうして、四人が?」
「本当は中央で待ってろって言われたんだけどな」
「星夢にこのメンバーで行けって言われたんだよ」
溜め息をつく刹那と凍矢、夜天、紫影を順に見る。
未来を知ることの出来る星夢なら、花音の状況を知ることが出来たのだろう。
能力的に装置の影響を受けにくい夜天と紫影、多数でも動きを封じることの出来る凍矢、空間を操れる刹那は今の状況に適していた。
「ところで花音、その二人は魔族じゃないのか?」
「えっ、あ、うん。でも、二人は助けてくれたんだよ」
「助けてくれたって、神蘭達はどうした?」
「向こうで戦ってる。私は、これから装置を壊しに……」
そこで、一度言葉を止める。
「そうだ!夜天君達が来てくれたから、やっぱり逃げて。刹那くん、魔界に繋げることって出来る?」
前半を梨亜と夜月、後半を刹那に向けて言う。
「あ、ああ。……多分」
「なら、お願い。二人を魔界に連れていって」
戸惑い気味に言った刹那にそう返すと、次に白亜を見た。
「白亜」
「ピッ?」
「風夜の気配を追える?」
「ピイィー!」
『任せろ』というように鳴いた白亜を、刹那に渡す。
「風夜って?」
彼の事を知らない梨亜が聞いてくる。
「私達の仲間だよ。……大丈夫。きっと悪いようにはしないから」
「って話を進めてるけど、あいつら魔界にいるのか?」
「うん。この間、風夜に会った時聞いたから」
「……わかった。ただ、時間が掛かるぞ」
「お願い」
そう返すと、刹那は溜め息をついて、集中し始める。
それを確認した後、花音は夜天と凍矢、紫影を見た。

「あった!あれだよ!」
簡単に事情説明をしてから、花音は夜天、凍矢、紫影と共に里の中心に来ていた。
そこには何人もの魔族がいて、装置を守っている。
「……間違いなさそうだな」
呟きながら、凍矢と夜天、紫影が宝珠を取り出し、花音も弓に雷の珠をはめ込み準備する。
「……行こう」
そう声を掛けると、三人は頷いた。
「……!!お前らっ……」
一足先に飛び出した夜天と紫影に、魔族達が気付く。
だが、その時には二人は能力を発動させていて、魔族達の動きを封じていた。
「花音!」
「うん!」
夜天と紫影が動きを封じている魔族の間を、凍矢とすり抜けていく。
「くそっ!」
「この先には行かせん!」
中には二人の能力から逃れた魔族が立ち塞がったが、花音より先にいく凍矢によって、ある者は斬られ、ある者は氷付けにされていく。
凍矢が対応しきれない魔族達は、花音が放った雷の矢で動けなくなり、二人は装置へとたどり着いた。
「これを壊せばいいんだろ?」
「うん」
凍矢が言って、装置へと手を向ける。
その直後、装置は瞬く間に氷に包まれていく。
そして凍矢が手を握るような仕草をしたかと思うと、装置は粉々に砕け散った。
それを確認し、花音はほっと息をつく。
これでもう神蘭達の調子も元に戻った筈だった。
装置を壊したことを確認した夜天と紫影が能力を止める。
それによって自由を取り戻した里の魔族達が我先にと逃げていくのを見送っていると、その流れに逆らうように刹那が来た。
「終わったのか?」
「うん。今さっきね。あの二人は?」
「……最後まで渋っていたけど、説得して無事連れていったよ。あいつらとも接触して、これを預かってきた」
そう言い、刹那が封筒を取り出す。
「手紙?」
「ああ。神麗に渡してほしいそうだ」
「そう」
呟いて、刹那から封筒を受け取る。
その時、窮姫達も引き上げたのか、神蘭達が現れた。
彼女達は先程まで装置のせいで調子を狂わされていたからか、怪我を負っていた。
「……あの二人は、何処へ行った?」
花音を連れていった筈の梨亜と夜月がいないことに気付いたらしい神蘭が聞いてくる。
「それにお前達、中央で待ってろって言ったはずだぞ」
此処にはいない筈の夜天達を見て言った封魔から、彼等はわざとらしく視線を逸らせる。
「お前ら、まさか……」
「あの二人をわざと逃がしたんじゃないだろうな」
「さぁ……。ただ俺達は、刹那の力で此処に来て……」
「其処にあった妙な装置を壊しただけだ」
疑いの目を向ける龍牙と白夜に、紫影と凍矢がそう返す。
そこで溜め息をついたのは、神蘭だった。
「……まあ、いい。とにかく、この件は中央に戻ってからにしよう」
「そうね。色々と話も長くなりそうだし、その装置も気になるわ」
神蘭と鈴麗が話している横にいる聖羅が、視線を向けてくる。
そんな彼女に気付かれないように花音は、刹那が預かってきた手紙を隠す。
何となくだが、今はまだこの手紙のことは秘密にして、神麗にだけ渡した方がいいと思った。
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