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風の国



「あれ?」
両親と別れてから一週間が経ち、いつものように朝食の時間に食堂へ顔を出した花音は、風華と水蓮の姿しかないことに首を傾げた。
「他の皆は?」
「風夜達なら、男手が必要だって皆駆り出されてるわよ」
「何かあるの?」
紅茶を啜りながら答えた水蓮に花音が聞くと、今度は風華が答えてくれた。
「明日、御祭りがあるの。兄様達はその準備だよ」
「御祭り?」
「正確には風の国と火の国が同盟を結んだ日で、その記念式典を兼ねたものよ。だから今は国境も緩くなってて、人の出入りも多くなっているの」
「そうなんだ」
(御祭りか。折角だし、行ってみたいな)
花音は、そんなことを思いながら朝食に手をつけた。


「失礼します」
「どうぞ」
朝食後、部屋へ戻ってきた花音のところへ聖が来る。
部屋の掃除をしながら、聖は話し掛けてきた。
「花音様は、明日の御祭りに行かれるのですか?」
「うーん。行ってみたいなとは思うけど、一人で行ってもね」
「毎年、風華様と水蓮様は一緒に行ってますし、言えば喜んでいれてくれると思いますよ」
「そうかな」
「はい」
「じゃあ、誘ってみようかな?」
花音はそう言い、二人のところへ行こうと部屋を出る。
後で聖が怪しげな笑みを浮かべていたことには気付かなかった。
2
祭り当日。
花音は、風華、水蓮と共に城下町に来ていた。
火の国からも人が大勢来ているらしく、いつもより賑やかになっている道を歩いていると、前から雷牙が走ってくるのが見えた。
「花音!水蓮!風華!」
花音達に気付いて近付いてくる。
「何してんのよ?」
「夜天、見なかったか?」
息を整えながら聞いてくる雷牙に首を振る。
「見てないよ。夜天くんがどうかしたの?」
「どうせ、何処かでさぼってるんでしょ?駄目じゃない。保護者が目を離したら」
「俺はあいつの保護者じゃない!とにかく、探して連れていかないと大樹が恐いんだよ。見付けたら、戻ってくるよう伝えてくれないか?」
「いいよ」
「サンキュ。じゃあな」
再び走り出した雷牙に水蓮が溜め息をついた。
「懲りないわね。夜天も」
「えっ!?夜天くん、毎年いなくなるの?」
「そう。毎年、何処かに隠れて雷牙が探しにいくのよ」
呆れたように言う水蓮に花音は苦笑した。
その時、ふと視界に黒いものが見える。
「!!」
「花音ちゃん?どうしたの?」
一ヶ所を見つめ動きを止めていた花音は、風華の声に我に返った。
(気のせい、だよね?)
そう思い、水蓮と風華の後を歩き出す。
折角の祭りなのだから、楽しもうと思った。
だが、同時に嫌な予感もしていた。
何か視線のようなものを感じて落ち着かない。
たまに視界に入る黒い陰に胸騒ぎがする。
「花音、さっきからどうかしたの?なんか変よ」
水蓮が心配して聞いてくる。
それに花音は先程からする胸騒ぎを水蓮に話し、風夜達と合流した方がいいんじゃないかと思い、口を開いた。
「きゃあああ!」
だが、それより先に女性の悲鳴が聞こえてきた。
その方向へ視線を移した花音達が見たのは、祭りの為に集まっていた人々に襲い掛かる巨大な陰だった。
人々を襲う巨大な陰に周りが騒然となる。
逃げ回る人々の流れに逆らって陰に向かって走り出した水蓮が立ち尽くしていた花音と風華に叫ぶ。
「風華、風夜達を呼んできて!花音、貴女は安全なところまで逃げなさい!」
「でも!」
「風華、花音を連れていって!」
「わかった!花音ちゃん、行こう!」
風華が花音の手を引っ張る。
だが、花音は動かなかった。
いや、動けなかった。
陰が花音に向かってくる。
その途中にいた幼い少女が恐怖でか動けなくなり、陰が少女に伸びる。
彼女を助けようと間に割って入った水蓮が吹っ飛ばされたのが、スローモーションで見えた。
吹っ飛ばされた水蓮に目をくれず、陰が花音に迫ってくる。
「花音ちゃん、早く!」
動こうとしない花音を風華が必死に引っ張ってきた。
近付いてきた陰が花音に伸びる。
その時、人々を掻き分けて風夜達が走ってくるのが見えた。
「何で街中にこいつがいるんだよ!?」
「知るか!とにかく、話は後だ。今はこいつをどうにかするのが先だろ!」
顔をしかめた火焔にそう返しながら、風夜が花音に迫ってきていた陰を剣で斬り落とした。
「水蓮は?」
「ここよ」
一緒にいたはずの水蓮がいないのに気付いた雷牙が聞いてきた時、背後から水蓮の声がする。
振り返った花音は吹っ飛ばされたはずの水蓮がいたのに驚いたが、無事な姿を見て安堵した。
襲いかかってくる陰に体力があるのか、花音にはわからない。
だが、風夜達には限界がある。
今でこそ避けたり、切り落としたりしているが、長引けばこちらが不利だ。
目の前の攻防を見ていた風華が不安そうに見上げてくる。
段々と限界が来たのか、風夜達の動きが鈍くなる。
それに気付いたらしい人々が騒がしくなったと同時に、風夜達がとうとう膝をつくのが見え、彼等に陰が襲いかかる。
「花音ちゃん!」
それを見て、花音は風華が止めたのも構わず、風夜達の前に飛び出していた。
「何やってんだ!?下がってろ!」
「嫌!」
後に下げようとしてきた風夜の手を払い、花音は陰を見据える。
恐くない訳ではない。
気を抜けば、身体が震えそうになる。
だが、これ以上何もしないで見ていることなんて出来なかった。
誰かが傷付くのは見たくない。
陰が花音を捕らえようとした時、身体の中で何かが弾けたように感じた。
身体の中で何かが弾ける。
それと同時に力が溢れてくる。
抑えきれない程の力に気を失いそうだったが、懸命に耐える。
まだ気を失ってはいけない。
この力が今まで目覚めることのなかった自分の力なのだろう。
だが、どうすればこの力を制御して使えるのかわからない。
その時ペンダントが光りだし、聞いたことがあるような、覚えているよりも低くなった少年の声が頭の中で聞こえた。
『落ち着いて、姉上』
(この声!?)
『俺が此処から姉上の力の制御に力を貸すから、落ち着いて俺の声に耳を傾けて』
(うん)
色々聞きたいこと、話したいことはある。
でも、今はそんなことをしている状況ではなかった。
気持ちを落ち着かせ、集中する。
先程よりは幾らか身体が楽になった気がした。
『まずは、手に力を集めるんだ。掌に力を集めるようイメージして』
(……わかった)
言われたとおり、花音がイメージすると、そこに力が集まっているのか掌が暖かくなった。
『出来たら、今度はそいつに向けて力を具現化する。そして、どう動かしたいか念じるんだ。具現化はさっきより集中すれば出来る』
(やってみるよ)
掌に集まっていた力が光球になる。
更に集中すると、小さかったそれが大きくなった。
『いいよ。光球が掌から離れるようイメージして、そいつに向けて放つんだ』
その言葉を聞いて、花音は陰に向かって光球を放つ。
光球は陰に向かって飛んでいき、陰に触れたと同時に陰を消し飛ばした。
「やっ……た……!」
陰が消えたと同時に、物凄い疲労感に襲われる。
『どう?光の一族の力は浄化の力。他の一族より少ない力でも、威力の大きい攻撃が出来る。でも、姉上は今回が初めてだったから、負担が掛かったかもな。ゆっくり休みなよ』
その声を最後に声が聞こえなくなる。
それと同時に身体から力が抜けるのを感じる。
地面に倒れこむ寸前で誰かに受け止められた気がしたが、それが誰か確認する前に花音は意識をなくした。


「……ん?」
花音が気がつくと、そこは城の中にある自室だった。
外は暗くなっていて、部屋の中も薄暗い。
電気を付けようと身を起こして、花音は動きを止めた。
自分が今まで眠っていたベッドに頭を乗せて、身動きしない風夜の姿がある。
肩が規則的に上下に動いているのからして眠っているのだろうか。
起こすのは戸惑われたが、このままでは風邪をひいてしまうと手を伸ばしかけた時、部屋の電気が付いて風華の声が聞こえてきた。
「あっ!花音ちゃん、気がついたんだね!よかった」
嬉しそうに駆け寄ってきた風華に花音は笑みを浮かべた。
近くまで来た風華が眠っている風夜に気付いて、呆れたような表情になる。
「もう、部屋にいないと思ったら、風兄様此処で寝てたんだ。……花音ちゃんを運んで、力尽きたのかな?」
その言葉に花音はハッとする。
能力を使った後、気を失った為にあれからどうなったのかわからなかった。
「風華ちゃん、あれからどうなったの?皆は?」
「花音ちゃんが倒れたあとね、風兄様が花音ちゃんを此処に運んで、火焔様達は部屋に戻って休んでるよ。御祭りは中止になって、他にも陰がいないか空兄様が兵士達に調べさせてる」
花音はそれを聞いて、窓から外を見下ろす。
城の入り口を兵士達が慌ただしく行き交うのが見えた。
「なんか、大変なことになっちゃったね」
「うん。今まで街の中に現れるなんてことなかったから、皆混乱してるみたい。お父様の所に街の人々が押し掛けてきてるしね」
風華はそう呟くように言った。
暗い表情だったが、花音と目が合って風華が無理矢理笑みを浮かべたように見えた。
「お父様一人だと大変だと思うから、私も手伝ってくるね」
風華がそう言って、部屋を出ていく。
それを見て、花音は眠っている風夜にタオルケットを掛けると、彼を起こさないように部屋を出た。
廊下に出ると、兵士達は街の方へ出ているのかいつもより人気がなかった。
そのままテラスの方へ行き、外の空気を吸い込む。
昼間の出来事が嘘のように静かで、考えごとをするには最適だった。
自分の掌を見ながら、数時間前のことを思い出す。
襲ってきた陰を一瞬で消し飛ばした後、聞こえてきた光輝の声は光の一族の力は浄化の力だと言った。
それなら、自分の力は目覚めたことになる。
力が目覚めたということは、もう後戻りは出来ない。
もう両親のいる元の世界には簡単には戻れない。いや、二度と戻れないのかもしれない。
そう思うと、涙が零れた。
元の世界に残してきた人々を想って泣くのは最後にしようと決めた。
星と月が夜空を照らす中で、花音は元の世界と決別した。
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