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繋がる絆

1
「火焔くん!」
「……待て」
いきなりのことに反応が遅れたものの、助けるために動こうとした花音の前に風夜が手を出す。
「どうして?助けないと」
「……少し様子を見るんだ」
「様子を見るって…….」
「…………」
戸惑う花音から視線を逸らし、風夜は火焔達の方を見る。
腕組をして、ただ視線を向けただけの風夜は、本当に動くつもりはないようだった。
「…………」
本当に助けなくてもよいのかと、迷っていると、男に抑え込まれている火焔が僅かに足を動かすのがわかった。
そのまま、蹴り上げる足を男が飛んで避わす。
その隙に、火焔が資料の方へ手を伸ばしたが、その前に再び接近した男が火焔の襟元を掴み、締め上げた。
「ぐっ……、お前は?」
「実験体068……命を受け、お前を始末しにきた」
苦痛に表情を歪めながら、問い掛ける火焔に答える声が聞こえてくる。
花音は再び風夜を見たが、それでも彼は動かなかった。
「ねぇ、いいの?あのお兄ちゃん、助けなくて」
「そうだよ!親友なんじゃ、ないのかよ!」
見ていられなくなったのか、蒼牙と紅牙が声を上げる。
風夜は漸く腕組を解くと、火焔に向かって声を掛けた。
「……で、お前はどうしてほしい?」
「っ……、どうするもっ、こうするも……」
締め上げている068の腕を、火焔が掴む。
「これは、俺のけじめなんだ。……手は、出すな!」
「ぐううっ!」
言葉と共に、068の腕を炎が包む。
油断していたのか、それをまともに受けた068は、火焔を離し、炎に焼かれた腕をおさえて退いた。
「おのれっ……」
腕を押さえた068が低い声で呟く。
「この私を、なめるな!」
吼えた068の雰囲気が変わったかと思うと、火傷を負ったはずの腕が元に戻る。
「なっ!?」
「さて、次はこっちの番だ」
そう言った068の姿が消え、その直後、火焔の身体が宙に舞う。
「うっ……がっ……」
そのまま、見えない何かにうちすえられ、最後に更に大きく打ち上げられてから、地へと落ちた。
「ぐぅっ……」
あまりの衝撃に動けないらしい火焔に、068が近付いていくのを見て、朔耶と黄牙が声を上げる。
「おい!本当にいいのかよ!」
「あいつ、殺されるぞ!」
「いいわけ、ないよ!」
花音はそう叫んで、弓を構えた。
「火焔くんから、離れて!」
光の矢を068に向かって放つ。それは、彼の背中へと突き刺さり、068の意識が火焔から外れる。
その間に、倒れている火焔の身体に鎖のようなものが巻き付く。
そして、それに引っ張られるように火焔の身体が浮き、風夜の前で落ちたのがわかった。
火焔の身体に巻き付いていた鎖が消えると、風夜は068の前に進み出る。
「風夜?」
「……ぐ……、お前何を……」
「……怪我人は黙ってろ。ここからは、俺がやる!」
そう言い、風夜は一度目を閉じる。次に開けた時には、左目が紅くなっていた。
「ふん。選手交代という訳か。私の役目は、そいつの始末と資料の奪還。邪魔さえしなければ、今回は見逃してやるが」
「今回だけ見逃されても、嬉しくないな。それに、折角資料を持ち出してきたんだ。このまま、また持ち帰らせるわけにはいかないな」
言ったかと思うと、風夜の姿がその場から消える。
その直後、068の身体に鎖が巻き付いた。
「ぬうぅっ」
「つっ……!」
抵抗する068と背後にいる風夜の間で力が拮抗する。
それでも、次第に068の身体が引っ張られ、花音達から離れていった。

「大丈夫?火焔くん」
風夜の狙いがダメージを受け、動けない火焔から離すことだというのは想像がついて、花音は座っている火焔に声を掛けた。
「……ああ。大した怪我はない」
その言葉に、彼の身体へ視線をさっと走らせる。
確かに大きな怪我や深いものはなさそうで、動けないのは地面に叩き付けられた時の痛みのせいのようだった。
「……それより、あいつの方こそ、大丈夫なのか?」
「えっ?」
「光の街の時みたいなことになったら……」
その言葉で、火焔が何を心配しているのかわかった。
「……大丈夫。風夜は、もう前みたいなことにはならないよ」
「あんたが何の心配をしているのかわからないけど、あいつのあの姿は、俺達も見たことがある」
「そうそう、それで協力して、俺達のことを実験に使っていた奴を倒したんだからな」
花音が言ってもまだ半信半疑のような表情をしていた火焔に、朔耶と紅牙が言う。
「……なら、いいけどな」
二人の言葉にそう呟いた火焔に、花音はほっと息をつく。
「さてと、じゃあ、私、風夜を手伝ってくるね」
「えっ?じゃあ、僕も」
「ううん、蒼牙くん達は火焔くんをお願い」
「いや、俺ももう大丈……」
言って立ち上がろうとした火焔に、花音は弓を突き付けると、にこりと笑った。
「へっ?」
「駄目だよ。まだ辛いんでしょ?……どうしてもというなら、力だけ借りていくよ」
目を見開いている火焔に、花音は弓に付いている珠の部分を指した。
「ここに火焔くんの力を入れてくれれば、私にも火の矢が使えるの」
花音が言うと、火焔は一つ息を吐いて、そこに手を翳す。
数秒後、火焔が手を退かすと、珠は炎のように紅くなっていた。
「……これでいいのか?」
「うん、ありがとう。それじゃ、行ってくるね」
花音はそう言い、駆け出した。

火焔のことを蒼牙達に任せた花音が、風夜と068の所へ来ると、ちょうど切り結んでいた二人がお互いに弾きあって、距離をとったところだった。
「風夜!」
「花音!?蒼牙達は?」
「まだ火焔くんが動くのは辛そうだから、ついてもらってる」
答えながら、風夜の身体を確認すると、所々に小さな傷はあったが、大きな傷はなく安堵する。
その時、風夜に肩を掴まれ、思いきり後ろに引かれ、ほぼ同時に彼の持つ剣に、068の鋭く尖らせた爪がぶつかった。
それを見て、花音は迷いなく弓を引く。
火焔から借りた力で作った火の矢は、068の左肩に突き刺さり、肩を焼いた。
「ぐっ!」
それに怯んだ隙に、風夜が蹴りを叩き込み、068の身体は後ろへ吹っ飛んだ。
(よし!)
それを見て、追撃しようと弓を構え直した花音の前で、068の身体が光りだす。
その光が消えた時、平然と体勢を立て直した068の姿を見て、花音は目を見開く。
先程与えたばかりの筈の肩の傷は、綺麗に消えていた。
「え?どうして?」
「くっ!またか!」
「ふふ、どうだ?度重なる実験の結果、私はこのような再生力を手に入れた。多少の傷を治すことなど、造作もない。そして、この力を使えば使うほど、私の身体は頑丈になっていくのだ」
(なら、今のうちに神蘭さん達に戻ってきてもらったほうがいいかも)
そう思い、神蘭から借りている水晶を出そうとする。
しかし、それに気付いた068の攻撃で落としてしまい、運が悪いことに068の方へ転がっていってしまった。
「!!」
「ふん、何をしようとしたのかはわからんが、変な真似はするなよ」
言って、転がっていった水晶に068が足を振り下ろす。
「あっ!」
踏みつけられ砕けてしまった水晶に、思わず声を上げる。
「さあ、続きをしようか」
粉々になった水晶から興味をなくしたように足を退け、068が笑う。
そんな彼をどうすれば倒せるかわからなかった。
「……はあ、はあ……」
「……っ、大丈夫?」
「ああ、花音の方こそ……」
どの位時間が経ったのか。
傷を負わせても、すぐに治してしまう068に、花音と風夜は苦戦していた。
(このまま長引けば、こっちが不利。でも、一体どうすれば……?)
何度も能力を使って、二人共消耗しているし、火焔から借りた力も少なくなったのか、珠の光が弱くなっている。
水晶を壊され、神蘭達に助けを求めることも出来ない。
どうすればいいか考えていると、風夜の声が聞こえた。
「花音!」
「!!」
その声に我に返ると、068が此方へ向かってきていた。
慌てて、火の矢を放つも、狙いは大きく外れてしまう。
「ちっ!はぁっ!」
風夜の放った風が、矢を軌道修正して、068に命中する。
(えっ?)
その瞬間、風に乗せられた火の矢が、激しく燃え上がった気がした。
「っ!今のは、効いたぞ」
治癒しきれなかったらしい肩を見て、068が言う。
(今の、見間違いじゃなければ、もしかしたら……)
この状況を変えられるかもしれないと、花音は表情を明るくする。
だが、弓にはめられている珠を見ると、今ので最後だったのか、光が失われていた。
「そんな……」
やっと見付けた希望を失った気がして、弓を落として座り込む。
「!!どうした?花音」
それに気付いた風夜が声を掛けてきたが、頭の中は真っ白で、何も返せなかった。
(折角、見付けたのに……。この状況を変えられるって、思ったのに……)
少しの怪我では、直ぐに治されてしまう為、その治癒力を上回るダメージを与えられなければ、恐らく勝機はない。
それなのに、やっと見付けた方法が使えないのなら、もう打つ手がなかった。
「はあ、はあっ……、くっ……!」
「どうした?先程から、私にこれといった傷も負わせていないぞ」
座り込んでいる花音の前では、風夜と068の攻防が続いている。
だが、残り少ない力を温存しておきたいのか、風夜は受け身にまわってしまっていた。
体力的にもきつくなってきたのか、段々動きも鈍くなってきている。
「がはっ!」
「……風夜!!」
「勝負ありだな」
近くに吹っ飛ばされてきた風夜が身を起こす前に、068が言いながら近付いてくる。
その声を絶望的なら気持ちで聞き、068が振り上げた腕を見ていた時、飛んできた火球が命中した。
「……悪いな。漸く動けるようになった。あとは俺がやる」
「ははは、また交代か?」
言いながら、現れた火焔に068が笑う。
「そうだ。お前は、俺が……」
「待って!」
花音達の前に立ち、身構える火焔に、花音はそう叫ぶ。
「火焔くん、風夜も聞いて。私に考えがあるの」
「考え?」
「うん。このまま、バラバラで相手をしていても、倒すのは難しいと思う。でも、二人が協力すれば……」
「協力って、俺と風夜でか?」
言いながら、火焔と風夜が御互いに顔を見合わせる。
それに花音は、大きく頷いた。
「うん。さっき私が矢を外して、風夜が風で軌道修正してくれた時に気付いたの。あの時、風を受けて、火の矢の威力が上がっていたのが見間違いじゃなければ……」
「俺と火焔が直接協力しあえば、あいつの治癒力を上回るダメージを与えられる。そうだな?」
風夜に言われ、花音はもう一度頷く。
「確かに。このままでは、此方が不利だ。試してみる価値はありそうだな」
呟いて、風夜が火焔を見る。
「……そうだな。やってみるか」
「なら、その間、俺達が彼奴の気をひいておこう」
火焔を追い掛けてきて、話を聞いていたのか、朔耶の声が聞こえてくる。
彼の後には、紅牙、蒼牙、黄牙の姿もあり、彼等も頷いていた。
「大丈夫。攻撃しなくても時間は稼げるから、危険なことはしないよ」
「そうそう。見たところスピードだけなら、僕達に分がありそうだから」
心配そうな顔をしていたのか、黄牙と蒼牙がそう返してくる。
「……いいのか?任せて」
「ああ!任せろって!」
風夜の言葉にも、紅牙が自信ありげに答える。
それを聞いて、風夜は火焔を見た。
「……正直、俺には余り力が残ってない。あまり長期戦には、持ち込めない。あと、数発で決める」
「……ああ」
風夜の言葉に火焔が頷いて、二人は力を使う為に、集中し始める。
それを見て、朔耶達は068の意識を二人から逸らすように分散した。

「ふん。今度は何を始めるのかと思えば……」
068を撹乱するように動く朔耶達を、068は冷たい目で見る。
「ちょこまか、ちょこまかと、目障りだ!」
叫んで、068は朔耶達に向かって、攻撃し始める。
それでも、蒼牙が言っていたように、スピードでは彼等の方が上らしく、068の攻撃は彼等をかすることもなかった。
「このっ……」
幾ら撃っても当たらないことに苛つき、躍起になっているのか、風夜達を気にする様子はない。
「……行くぞ」
「ああ」
その時、準備が出来たのか、風夜と火焔の声がする。
先に動いたのは、火焔だった。
「はああっ!」
飛び上がり。068に向かって、火球を放つ。
それに気付いた朔耶達はその場から退いたが、気付くのが遅れた068には命中する。
「だから、無駄だと……!」
負った火傷を治そうとした068に、火焔は追撃をかける。
「治療する隙をつくらないつもりか?だが」
068はそう言うと、紙一重で避わした火焔の腕を掴み、彼を投げ飛ばすと、その間に傷を治してしまった。
「いい加減諦めたら、どうだ?何度やっても結果は……」
「いや、まだわからないぞ」
「何?」
「今の火焔とのやり取りの間に、お前は俺の術中に入った。……本当に結果が変わらないか、どうか、これを受けてから判断するんだな!」
「ふん、いいだろう。何をするつもりかは知らんが、結果が変わることはない」
言葉と共に、068の身体を薄い膜のようなものが包む。
それと同時に、068の周囲で風が渦を巻き、068を閉じ込めた。
その中で風の刃が068の身体を傷付けるが、それも直ぐに治されていく。
「火焔!」
「ああ!」
風夜がそれとは別の風の渦を叩きつけ、渦に向けて火焔も火の渦を放つ。
二つの渦は合わさりあって、巨大な渦になり、068の身体をのみ込んだ。
「やった!」
「ったく、やっとかよ!」
紅牙と蒼牙が声を上げたが、風夜と火焔はまだ力を放出したまま、先を見ている。
「いや、まだだ」
風夜がそう返してきた時、二人の力とは別の力が膨れあがるのを感じた。
「私が優れているのが、再生能力だけだと思うなよ!」
言葉と共に、068から膨大なエネルギーが放たれ、火と風の渦を押し戻してくる。
「「はあああっ!!」
「うおおおおっ!」
二つの力が激しくせめぎあう。
その時、火焔のポケットが光を放った。

「!!」
それが気になったのか、火焔が一度力を使うのを止める。
「っ!おいっ!」
「ちょっと待ってくれ」
急に抜けられた風夜がそれを咎めるような声を上げたが、火焔はそう返して、光が出ているポケットに手を入れる。
でてきたのは、紅い光をはなっている宝珠だった。
「これは……。……そうか。こういうことだったのか」
「火焔くん?どうしたの?」
宝珠を手に何かを呟いていた火焔を不思議に思って、火焔は声を掛けた。
「ああ。それは……」
「くっ……!火焔!」
答えようとした火焔を遮るように、風夜の切羽詰まった声がする。
「……悪い。花音、話は後でいいな」
「うん」
再び能力を使い始めた火焔に合わせるように、宝珠の光が強まる。
「何っ!?ぐあああっ!!」
宝珠の力を受けて強まった火焔の炎は、風夜の風を受けて、更に威力を増す。
威力を増した炎は、068の力を一気に押し返し、068を包んでいた風の渦とも同化して、燃え上がった。
「……やっと終わったか」
威力を増した炎に焼きつくされたのか、068の姿がなくなっているのを見て、風夜が息をつく。
「……そうだな」
それに火焔はそう返したが、視線は手に持っている宝珠へ向けられていた。
「?……さっきも気にしていたけど、宝珠がどうかしたの?」
「ああ。……此処に来る前まで光が失われてくすんだ色をしていたのに、今は元に戻ってるから、ちょっと気になってな」
「なあ、いつまでこんなところにいるんだよ?早く帰ろうぜ」
「もう、僕、お腹ペコペコだよ」
火焔と話していると、紅牙と蒼牙の痺れを切らせたような声が聞こえてくる。
「ったく、お前等は……」
「まあ、結構時間が掛かったからな」
それに黄牙が呆れたように言い、朔耶が苦笑し、花音もまた笑った。
「ふふ、そうだね。そろそろ帰らないと、皆心配してるかも。…….あっ、でもその前に、火焔くんが持ってきてくれた資料を探さないと」
068の相手をしている時は、忘れてしまっていたが、思い出して呟く。
「あ、それなら、僕達が回収してきたよ」
「あいつに飛ばされて、バラバラになってたから、全部あるかはわからないが、見付けた分は此処にある」
「ありがとう」
黄牙から渡され、受けとる。
「それで、火焔くんはこれからどうするの?」
「…………」
花音がそう聞くと、火焔は俯いた。
「俺は……」
「……あのさ、向こうにはもう戻れないでしょ?なら、こっちに戻ってこない?」
「!!」
花音が言うと、火焔はハッと顔を上げた。
「戻ってこない?って、お前……、俺は……」
「そうだな。お前は、確かに裏切った。それは事実だし、俺や夜天、雷牙の信頼を裏切ったのも事実だ。だが、お前には色々聞きたいことがある。……他の奴等がお前を受け入れるか、お前がどうするかは別にして、今はついてきてもらうぞ」
「……拒否は?」
「出来ると思うか?……嫌というなら、実力行使してでも連れていく」
そう返した風夜に、火焔は諦めたように息をはいた。
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