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目覚める血

1
「おや、何ですか?」
「何ですかって、お前……」
「何てことを……」
平然としている大臣とは違い、火焔達の表情は青ざめている。
その三人の視線の先には、血を流し、倒れている王の姿。
「……殺したのか?何故、そんなことを……。俺達の目的は……」
「宝珠を手に入れること。ですが、私の目的はそれだけじゃない。王家の血を絶やし、私が新たな王になる。その為には、王や二人の皇子、姫は邪魔者なのです」
「だからと言って……!」
「言葉を慎みなさい。新たな王になる私と皇子、皇女のあなた達ではどちらの地位が上なのか、わかるでしょう?」
「「「っ……」」」
火焔達が黙り、大臣は再び花音達の方を見てきた。
「さあ、お待たせしました。……何、心配はいりません。あなた方の兄弟もすぐに……」
「…………か」
「?」
動きを封じられたまま、顔を俯かせていた風夜が何かを呟く。
「ん?何か言いましたか?」
「……それだけか。お前が王になる、そんなことの為だけに……、父上を……!」
「そんなこと?私はずっと王になりたかった。その長年の夢をそんなことだと言うのですか?」
「ああ、言うさ。そんな下らないことの為に、そんな下らないお前の夢の為に、父上が殺されたかと思うと、……腹が煮えくりそうだ!」
そこまで風夜が言った時、彼の雰囲気が変わった。
花音がそう感じたと同時に、魔族達が急に何かを警戒するようにざわつきだした。
「おい!どうした!お前達!」
「ふっ、……くくくっ……」
戸惑ったように声を上げる大臣に、風夜が肩を震わせ笑い始める。
「無駄だ。そいつらと俺とでは、格が違う」
「風……夜?」
言って顔を上げた風夜の両目は紅く染まっている。
目の色だけでなく、雰囲気もいつもと違い、圧力を掛けられているようにも感じる。
それに花音達が戸惑っている間にも、状況は変わっていく。
「……せっかくだ。格の違いを見せてやるよ!」
言葉と同時に、風夜の動きを封じていた魔族達が吹き飛ばされ、彼の魔力が周囲へ広がっていくのがわかった。

「「!?」」
「何だ?この力は……」
光の街では考えられない禍々しい力が広がっていくのを感じ、光輝が呟く。
「空兄様、何か怖いよ」
「……なんて禍々しい力なの」
「この力、窮姫達と同じ……、いや、下手したらそれ以上だ」
「ちょっと!そんなのが神蘭達がいない隙に入ってきたっていうの!」
紫影の言葉に、琴音が声を上げる。
「もう、花音ちゃん達もいない時に、どうするの?」
「どうするもこうするも、行くしかないだろ」
「行ってみないと、何もわからないしな」
「えー!」
凍矢と刹那に言われ、美咲が嫌そうな声を上げる。
「この魔力……、まさか」
「空兄様?」
「……いや、何でもない。きっと俺の気のせいだ」
「?」
力の発生源へ視線を向けて呟いた空夜は、声を掛けてきた風華にそう返し、首を振った。

「おい、見ろ!」
「何だよ、あれ……」
その頃、闇の国の城にいた夜天と雷牙も、光の街での異変には気付いていた。
「何だって、あの街からあんな魔力が……」
「っ……、戻るぞ」
「はっ?戻るって」
「光の街にだ!……何だか、嫌な予感がする」
そう言って、夜天は雷牙より先に踵を返した。

「「「「「!!」」」」」
異変を感じ、神蘭達は動きを止める。
光の街から放出されている力は、彼女達の場所まで届いてきていた。
「何だ?この力は……」
「ふふ」
眉を潜め、呟いた神蘭と向かい合っていた窮姫が急に笑い声を上げる。
「何を笑っている?」
「ふふ、向こうでなかなか面白いことになってるみたいね」
「……」
「此処で私達の相手をしてるより、早く戻った方がいいんじゃないかしら?……彼が全てを壊す前に」
「っ、封魔!」
「今、やってる!」
神蘭に言い返し、封魔が取り出した水晶に向かって声を掛けた。
「おい!そっちで何があった!?誰でもいいから、返事しろ!」
「……が……」
封魔の声に、僅かに返事が返る。
「この声は、花音か」
「落ち着いて、何があったの?」
近付いてきた龍牙が呟き、鈴麗が優しく先を促す。
「風夜が……、風夜が……」
「!?風夜がどうした?何があった!?」
「風夜を……止めて!助けて……」
震えた声で返ってきた言葉に、神蘭達は顔を見合わせ頷きあう。
「……わかった。すぐ戻るから、待ってろ」
最後に封魔がそう言い、水晶をしまうと、彼等はそこから姿を消した。
神蘭達が異変を感じる数十分前。
ドオォンッ
「っ……!」
風夜に吹っ飛ばされた魔族が次々と地へ叩き付けられていく。
「えっ?」
自分の近くに叩き付けられ、動かなくなった魔族をおそるおそる見ようとして、そこに倒れている兵に目を見開く。
(どういうこと?)
叩き付けられたのは魔族の筈なのに、倒れているのは火の国の兵士だという状況に少し混乱した。
「やめろ!風夜!」
その時、火焔が上げた声に風夜が彼を見たのがわかった。
「やめろ?何故?こいつらは、そう言った俺の言葉を無視して、父上を殺したのに?」
「それは……」
「なら、俺もお前らの言うことを聞く義理はないよなぁ」
そう言った風夜が浮かべた笑みは、酷く冷たい。
襲いかかる魔族が次々と地に伏しては、その姿を兵士達に変えていくのを見て、花音は火焔達に向けて声を上げた。
「ねぇ、どういうことなの?この魔族達は、まさか・・・」
「……そうだよ。全員、俺達の国の兵士達だ」
「!」
答えた大樹に、慌てて風夜に視線を向ける。
(止めないと!)
その間にも次々と倒れていく魔族達を見て、花音は走り出す。
そして、大臣を囲っている魔族達とそこへ近付いていく風夜の間に割って入った。
「もうやめて!」
「……花音、何故お前が止めるんだ?」
「何故って、今ここにいるのは皆、魔族じゃない。何処かの国の兵士なんだよ!だから」
「それがどうした?」
「えっ?」
冷たい声に、言葉を止める。
「そいつらが誰だろうが、関係ない。そこをどけ!」
「風夜!」
「いくらお前でも、俺の邪魔をするのは許さない!」
「!!……きゃああぁ!」
まずいと思った時には、花音の身体は強い力で吹っ飛ばされる。
「姉上!」
地に叩き付けられる寸前、光輝の声がして、身体を抱え込まれた気がした。
「っ….、姉上!大丈夫か?」
地面に叩き付けられる痛みの代わりに、誰かが息を詰めるような音と光輝の声がする。
見ると、光輝にしっかりと抱き止められていて、彼のお陰で叩き付けられずにすんだようだった。
「一体、何が起きて……。あいつ、どうしたんだ?」
倒れている兵士に、状況がわからず辺りを見回していた凍矢が風夜を見て呟く。
「わかんない。急に様子が」
「お父様!!」
「父上!」
説明しようとした花音の言葉を遮るように、風華と空夜の声がして、二人が倒れている王へ駆け寄っていく。
「お父様!お父様……、ねぇ、起きてよ……」
呼び掛けに反応しない王に、風華の声が段々涙声になっていく。
もう手遅れだとわかったらしい空夜は、ただ辛そうに目を逸らせていた。
その時、大臣達がいる方で大きな爆発音のような音がする。
花音達がそちらを見ると、大臣の周りにいた魔族達は兵に戻って倒れ、怯えている大臣に風夜が近付いていた。
「ひっ……、く、来るな!化け物……!」
それまでの強気な態度はなくなり、大臣は風夜から距離をとろうとする。
「お、お前達も何をしている?は、早くこの化け物を、止めないか!」
そう声を上げた大臣に、風夜が花音達へ紅い目を向けてくる。
「俺を止める?笑わせるな。お前らには無理だ」
そこまで言って、スッと目を細める。
「……だが、そうだな。ちまちまと相手をするのも面倒だ。一度に片付けるか」
呟いた風夜からは強い殺気を感じる。
「この街の空気も俺にとっては不快だ。いっそのこと、全て纏めて消し飛べ」
「!?皆、逃げて!」
膨れ上がった殺気と膨大な力を感じ、無駄とわかりつつ、花音は叫んだ。
衝撃を受ける直前、近くにいた光輝に再び抱き込まれたような気がした。

「うぅっ……」
衝撃を受けた後、途切れそうな意識を何とか繋ぎ止め、身を起こす。
すると、自分の上に覆い被さっていた誰かの身体が横へとずり落ちそうになる。
「光輝……!?」
それが自身の弟だと気付いて、慌てて抱き抱える。
彼は意識がなく、ただぐったりとしていた。
辺りを見回すと、花音以外は全員倒れていて、それを無表情で風夜が見下ろしている。
「うぅっ……」
「ぐぅっ…|」
「っ」
僅かに聞こえた声に、倒れているものの生きていることはわかり安心したが、そこに風夜の冷たい声が聞こえてくる。
「ちっ……、いいところで邪魔をしやがって。お陰で全員息があるじゃないか」
彼の言う邪魔が何かはわからなかったが、再び彼の魔力が高まるのを感じ、花音は目を見開。次当たったら、皆、やられちゃう。
そう思っても、どうすることも出来ない。
その時、神蘭に渡されていた水晶から声が聞こえてきた。
「おい!そっちで何があった!?誰でもいいから、返事しろ!」
封魔の声に、今のこの状況をどう伝えていいのかわからず、言葉に詰まっていると、鈴麗の優しい声が聞こえてきた。
「落ち着いて、何があったの?」
「風夜が……、風夜が……」
「!?風夜がどうしたんだ!?何があった!?」
「風夜を止めて!……助けて!」
何とかそう伝えると、水晶の向こう側が一瞬静まりかえる。
「……わかった。今、戻る。待ってろ!」
そして、その封魔の声を最後に何も聞こえなくなった。
何も聞こえなくなった水晶をしまい、花音が風夜を見ると、既に膨大な力が集まっているのがわかった。
「これで、終わり……、くそ、またか……」
集まった力を花音達へ放とうとした瞬間、急に呟いたかと思うと、誰もいない、何もない空へ向かって力が放たれる。
「邪魔、するな!てめぇは引っ込んでろ!」
それに苛ついたように誰かに叫ぶように言い、再び力を溜め始める。
だが、今度は力を放つ前に、突然フラリと風夜の身体が崩れ落ちる。
「ぎりぎり、間に合ったみたいだな」
「本当にぎりぎり、セーフだけどな」
その言葉と共に、風夜の後ろに神蘭と封魔が現れ、倒れこむ風夜の身体を封魔が抱える。
何をしたかまではわからなかったが、風夜の意識を奪ったのは二人のようだった。

「はい。もう大丈夫だよ」
星華がそう言ったと同時に、倒れていた光輝達を包んでいた光が消える。
「心配しなくても、すぐ目を覚ますよ」
「星華の治癒能力は凄いからな」
「うん……」
元気のない花音を励ますように千歳と昴が言う。
その時、翼を羽ばたく音がして、二頭の飛竜が下りてきた。
「花音、無事か?」
「一体、何があったんだ?」
飛竜から飛び降りた夜天と雷牙が聞いてくる。
二人だけでなく言葉にはしていなかったが、神蘭達もこの状況のことは知りたいようだった。
「えっと……、私から話していいのかわからないけど、今あったことを話す前に聞いてほしいことがあるんだ。風夜の様子がおかしかったことにも関係あると思うし」
数分後、光輝達の意識が戻ったのを確認して、花音は口を開いた。
王から聞いた風夜の中に眠る魔族の血のこと。
そして、今、全員がここに来るまでにあったこと。
それを話すと、難しい顔をしている神蘭達の姿が目に入った。
「つまり、今回は初めて、その血が目覚めて暴走したというところか」
白鬼がそう呟く。
その時、一人だけまだ意識が戻っていなかった風夜が、ゆっくりと身体を起こしているのに気が付いた。
騒ぎが収まってから戻ってきた夜天、雷牙を除く全員に緊張がはしったように感じた。
「俺は……」
呟いて辺りを見回す風夜からは、先程まであった強い殺気や、禍々しいものは感じない。
周りの状態や花音達に気付いて、向けられた目はいつもの色を取り戻していた。
「これは、一体……?」
「……覚えてないのか?」
「えっ?」
「……いや、覚えてなくてよかったのかもな」
風夜に普段と変わらない態度で話し掛けた夜天がそう言った時、大臣の笑い声が聞こえてきた。
「あーはっはっ」
「!!」
「何も覚えていない?これだけの被害を出しておいて、何も覚えていないと?……なら、教えてさしあげましょう」
言って、大臣は倒れている兵士達を指す。
「そこにいる兵士達、彼等の命を奪ったのは貴方ですよ、風夜様」
「!!」
「それだけじゃない。今、ここにいる者も、別行動をとっていた者達以外は、貴方に殺されかけたのです」
「……!!」
それを信じられないというように、風夜が周りの者を見回すが、同じように状況をよく掴めていないらしい夜天と雷牙以外はほとんどの者が目を逸らせた。
「ははは、まさか王族に魔族の血が混じっていたとは。だが、それが明らかになった以上、もう貴方は王族ではない。ただの虐殺……」
そこまで言って、大臣が言葉を止める。その頬を何かが掠り、一本の傷が出来た。
「……やめておけ。あまり刺激すると、先程と同じようなことになるぞ」
「そうよ。……死にたくなかったら、黙ってなさいな」
何かを投げたような様子の神蘭に続くように窮姫の声が聞こえてくる。
いつの間にかに現れていた彼女は、神蘭が投げたのであろうナイフを手で弄んでいた。
「ふふ、それにしてもなかなか面白いことになってるじゃない?……なるほど、貴方の中にも魔族の血が混じっていたから、前に術をかけた時、あそこまで抵抗できたというわけね」
面白そうに笑みを浮かべた窮姫が風夜を見る。
「ねぇ、今からでも遅くはないわ。此方に来ない?まだ完全ではないようだけど、完全に力が目覚めれば、私達と同等。悪いようにはしないわ」
「俺は……」
「よく考えた方がいいわよ。宝珠の力は貴方を傷付け、神族達は貴方を消そうとする。そちらにいたら、貴方の身の保障はないわ」
その言葉に花音は神蘭達の方を見る。だが、神蘭達は誰もが難しい表情をしていて、その言葉を否定することはなかった。
「ふふ、いい返事を待ってるわ」
そう言い、窮姫は大臣や火焔達を連れて、姿を消した。
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