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目覚める血

1
少女の家を出た後、花音達は風夜の案内で地下水路の入口へ来ていた。
「此処から、城の中へ行けるはずだ」
「此処からって、本当にこんなところから行けるの?」
「ああ。この水路の途中に、城の地下牢と繋がっている場所があるんだ。そこから入る」
「って言っても、すぐに見付かるんじゃないか?」
「何も今すぐってわけじゃないさ。此処を通って、城の中へ行くのは、夜になってからだ」
「まぁ、確かに夜中となれば、地下牢へ来る人はいないでしょうけど」
そう呟いて、星夢は少し嫌そうな顔をした。
「その牢へ行くための方法が地下水路っていうのがね」
「まぁ、あまり通りたくはないよね」
「そうは言っても、正面から行くわけにはいかないだろ」
正面から行く以外にはこの方法しかないというように言われてしまえば、気が進まなくても行くしかなかった。
夜になり、花音達は再び地下水路を訪れ、中を進んでいた。
「……っとここだ。この梯子を上れば、地下牢に出られる」
花音が掌に宿している光球の光を頼りに移動していると、風夜がそう言って立ち止まる。
彼の言うとおり、そこには上に続く梯子があった。
「ちょっと待って」
梯子を上る前に、星夢が何かを探るように目を閉じる。
「……大丈夫。上に気配は感じないわ」
「よし、行くぞ」
星夢の言葉に、風夜が片手を梯子にかけた。
梯子を上ると、其処は風夜が言ったように地下牢へ繋がっていた。
暗い地下牢を出来るだけ気配を消し、慎重に進んでいく。
「ピ?ピィー!」
「!……ちょ、白亜!」
大人しく花音の肩に乗っていた白亜が急に鳴き声を上げ、飛び上がると、少し離れた牢の前に飛んでいってしまう。
「ピィ!ピィ!」
「いきなり、どうしたんだ?」
牢の中に向かって鳴く白亜に、風夜が呟く。
「わからない。……それより、白……」
「わぁ、可愛い!」
「何故、此処に飛竜の子が……」
誰かに気付かれる前に白亜を呼び戻そうとした花音は、中から聞こえてきた声に言葉を止めた。
(この声って!まさか!?)
そう思って、牢の前へ走っていく。
白亜の後ろから牢を覗くと、そこには懐かしい二つの顔があった。

「風華ちゃん?空夜さん?」
「「!!」」
二人の名を呼んだ花音に、牢の中にいた二人が目を見開く。
「花音ちゃん!?風兄様!?」
「お前達、どうして?」
「話は後だ。とにかく、牢を……」
「それなら、任せろ」
刹那が言って、鍵の部分に手を向ける。
その部分が歪んだかと思うと、そこだけが弾けとび、ゆっくりと扉が開いた。
「よし、じゃあ此処から……」
「待ってくれ」
出てきたのが風華と空夜の二人だったことに、風夜が声を上げ空夜を見る。
「父上は何処に?」
「わからない。今日の昼までは、俺達と一緒だったんだが」
「いきなりお父様だけ、何処かに連れていかれちゃったの!」
風華が言ったことに、花音達は顔を見合せる。
「……どうやら、まだ帰る訳にはいかないみたいね」
そう呟いて、星夢が溜め息をついた。
「牢の中にはいないみたいだな」
風華達を助け出してから、幾つもの牢を見て見たが、王の姿はない。
「お父様、大丈夫かな?」
「風華ちゃん……」
「今日の昼までは一緒にいたんだよな。そもそも、何故急に別の場所に連れていかれたんだ?」
「さあな。だが」
「ああ。父上を置いていくわけにはいかない」
「でも、牢にいないなら、いるのは……」
星夢がそう言って、城の中へと続く扉を見た。
「やけに静かだね」
牢から城の中に移動し、花音は呟く。
牢の中とは違い、もう少し人の気配があってもよかったが、誰の気配もなかった。
「ねぇ、あそこ」
城の中庭が見えるところを通り掛かったところで、何かに気付いたらしい星夢が声を上げた。
「誰かいるみたいよ」
その言葉に中庭を見て、風夜、風華、空夜が目を見開く。
「「父上!」」
「お父様!」
三人にはそれが誰なのかわかったらしく、次々と走り出した。
「ちょ、三人共!」
「ピ?ピィ……」
そのあとを追おうとした花音だったが、急に怯え出した白亜に足を止める。
「白亜?どうし……」
「!?三人共、待って!そっちは!」
「!?来るな!」
震えている白亜に花音が声を掛けた時、星夢と此方に気付いた王の声が重なる。
その直後、王と風夜達の間に窮姫と四人の人物が現れた。

「ふふ、やはり来たみたいね」
「飛んで火に入る夏の虫ってところか」
窮姫の横にいた男がククッと笑う。
「……この状況、あまりよくないわね」
「一度退いた方がよくないか?」
現れた窮姫達から何とも言えないプレッシャーのようなものを感じて、身動きが出来ずにいた花音の耳に、星夢と刹那の声が聞こえてくる。
(確かに、この状況はまずいかも)
「っ……、風夜、ここは退こう」
「花音?だが……」
腕を引いた花音に風夜が振り返る。
まだ王を助け出せていないのが気にかかっているのはわかっていたが、それでもこれ以上は危険だと判断し、彼の腕を引いた。
「風華ちゃんと空夜さんも……!」
「でも、お父様が……」
「……行くぞ、風華」
花音に言い返そうとした風華を遮り、空夜が彼女を抱えて戻ってくる。
「退くぞ、いいな!」
街へ戻る為に力を溜めていた刹那が声を上げる。
その時、花音は莫大な力が膨れ上がるのを感じた。
「逃がすとでも、思ったか」
「ふふ、……さよなら」
窮姫達の手から力が放たれると同時に風夜に手を払われる。
「っ……!ぐぅっ……!」
彼が瞬時に張った結界に、迫ってきていた力が容赦なくぶつかり、激しい衝撃が走ったのがわかった。
「花音!何してるの!?早く!」
「うん。……でも」
星夢の声に、花音は風夜を見る。
「くっ……、ぐうぅっ……!」
窮姫達の力を防いでいる彼に余裕はない。
(今、風夜が結界を解けば、皆、此処でやられる。……ううん、解かなくても今の状況だと)
激しく叩き付けられている力の渦に、結界を破られそうなのを必死に堪えている風夜と、既に光の街へ戻る準備は出来ている刹那を見る。
迷っている暇はなかった。
「行って!刹那君!」
「花音!?」
「いいから、早く!!風華ちゃんと空夜さんを!」
「……わかった。……行くぞ」
「ちょっ、待っ……」
何かを言いかけた星夢を遮るように、刹那が能力を発動する。
刹那達の姿が消え、ほっと息をはいた時、何かが砕ける音がして、激しい衝撃と痛みを感じ、花音は意識を失った。

「……?」
花音が気がついた時、まず見えたのは黒い天井と鉄格子だった。
(ここは、牢屋?)
「ピ?ピイィ……」
花音の意識が戻ったことに気付いた白亜が顔を覗きこんでくる。
「……っ、痛っ」
「ピィ……」
「……大丈夫。このくらい、何でもないよ」
身体を起こしかけ、はしった痛みに顔を歪めると、白亜が心配そうに鳴いた。
それに笑みを見せてから、牢の中を見回し、ぐったりと倒れている風夜を見付けた。
「風夜……!」
身動きしない風夜に、身体の痛みを我慢して駆け寄り、そっと抱き起こす。
「風夜!風夜!しっかりして!」
「……っ、……うっ……花音?」
うっすらと目を開いた風夜に、安堵して頷く。
だが、それを見た彼は急に目を見開いて飛び起きた。
「うっ……!」
「大丈夫?あまり無理しない方がいいよ。私達、あの後、攻撃を受けて気を失ってたみたいだし」
苦笑しながらそう言うと、風夜は花音から視線を外した。
「……して……った」
「えっ?何?」
風夜が呟いた言葉がよく聞こえず、聞き返す。
「どうして此処に残った?あいつらと戻らなかったんだ?」
「どうしてって……」
「ここが今、どんなところかわかって……」
「わかってるよ」
そう返した花音に、風夜は言葉を止める。
「わかってる。……だから、風夜を一人で残していくことも出来なかった。まぁ、私がいたって状況が変わるわけじゃないんだけど」
言って笑った花音に、風夜が諦めたように溜め息をつく。
その時、幾つもの足音が二人のいる牢へ近付いてくるのが聞こえてきた。
少しして、花音達がいる牢の前で足を止めた人物達に風夜が目を細めた。
花音も同じように牢の外を見ると、そこには窮姫と聖、火焔、水蓮、大樹と一人の男が立っていた。
「……別に見世物じゃないんだけどな」
「ふふ、助けに来て、自分達が捕まっていたら、世話ないわね。まぁ、別にあの二人の代わりにあなた達を処刑してもいいのだけど?それに反対する人もいてね。だから、チャンスをあげる」
「チャンス?」
聞き返した花音に、窮姫が笑う。
「そうよ。あなた達二人で、あの風の一族の頑固者達と、光の一族の長を説得しなさい。私達への協力を誓わせることが出来たら」
「ふっ、くく……、はははっ……」
そこまで窮姫が言った時、風夜が急に笑い始めた。
「風夜?」
「……そんなことやるだけ無駄さ」
「無駄って、やってみないとわからないだろ!」
「やらなくたってわかるさ。火焔」
口を挟んできた火焔に、風夜はそう返す。
「俺の父と兄のことだ。お前らより、俺の方がよく知ってる。俺が何を言おうと、従わないものは従わないさ」
「っ……」
「……花音、貴女は?」
「私は……」
水蓮に聞かれ、花音は口を開いた。
「私は、光輝の判断に口出し出来ないよ。今まで光の一族を纏めてきたのは光輝だし、……ううん、そうじゃなくても、やっぱり協力は出来ないよ」
「……だそうですよ」
そう言って、火焔達を聖が見た。
「だから、言ったじゃないですか。聞くだけ無駄だと」
その言葉に火焔達が視線を落とす。
そこでそれまで黙っていた男が口を開いた。
「風夜様、私は貴方方、王族に今まで大臣として仕えてきました。だが、今回の判断を貴方方は間違えた。……貴方方の決断は、国の為にならない」
「だから、裏切ると?」
「ふん。裏切ったのはどちらだか。国民の大半は、私を支持している。真っ先に国を、民を捨てた貴方に、どうこう言われる筋合いはありませんね」
「なっ!?それは……」
「……花音、いい」
あまりの言いぐさに反論しようとして、花音は風夜に止められた。
「とにかく、これからは私が風の国を治めていく。その最初の仕事として、民を危険に晒し、苦しめる王族を処刑するのです。……特に貴方方二人は、王族二人を逃がした罪もある。……処刑まであと二日。もし気が変わったら言ってください。王族には戻れませんが、命だけは助けてあげるかもしれませんよ、ははは」
そう言いながら去っていく男の後を、窮姫と聖も笑いながらついていく。
残ったのは、何か言いたそうにしている火焔達だった。

「それでお前達は何の用だ?」
立ち去ろうとしない火焔達に、風夜が声を掛ける。
「お前らも笑いにきたのか?兄上達を助けるつもりできて、自分が捕まった俺を……」
「違う!俺達は……!」
「……火焔、水蓮、大樹」
何かを言いかけた火焔に、風夜が静かな声で名を呼ぶ。
「お前達は陰の一族へ協力することを決め、俺達はそれを拒んだ。そこで俺達は道を違えたんだ」
「何?いきなり……」
「何が言いたいんだい?」
水蓮と大樹が風夜の言いたいことがわからないというように声を上げた。
「中途半端な立場は止めろって言ってるんだ。国を選ぶなら、俺達のことは切り捨てろ。……もう過去のような関係には戻れない。敵なんだよ、俺達は!……敵に情けはかけるな」
冷たい表情で言った風夜に、三人が息をのむ。
「……もう行け。……覚悟が決まるまで、もう俺達の前に現れるな」
そう言い、話は終わりだというように風夜は火焔達に背を向ける。
その背を火焔達は少しの間、見つめていたが、やがて諦めたように立ち去っていった。
「風夜……」
「……これでいいんだよ」
三人がいなくなり、沈黙に耐えられなくなった花音が話しかけようとした時、そう呟いたのが聞こえてきた。
「えっ?」
「これでよかったんだ。……あの窮姫って奴や、一緒にいた四人、実際に力を受けてみてよくわかった。……あいつらは本当に危険な奴等だ。火焔達もあまり俺達との間で揺らぐようなら、何をされるかわからない。……だから、あれでよかったんだ」
「……やっぱり、優しいね」
「はっ?何だよ、いきなり」
「ううん。……ただ、三人に冷たくしたのは三人のことを心配してだったんだなぁって」
風夜にそう返すと、彼は少し照れくさそうに視線を逸らした。
「そ、そんなことより、このまま捕まっているわけにはいかないだろ?どうにかして脱出しないと」
「そうだね。でも……、大丈夫。無理に逃げ出そうとしなくても、何とかなるよ。今は、私も風夜も身体を休めとこう」
大臣の言葉を信じるなら、処刑は二日後。だが、それでも何故か大丈夫な気がした。
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