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動き出すもの

1
カツンッ、カツンッ
足音を響かせ、聖が暗い通路を歩いていく。
足を止めたのは、一つの牢の前で、笑みを浮かべて中を覗きこむ。
「ふふ、気分はいかがですか?」
「……最悪だな」
その声に答えた光輝が、彼女を睨み付ける。
「ふふ、いいんですか?そんな態度とって。あまり気に触るような態度をとると、風夜様との約束破っちゃいますよ」
「……風夜は、どうした?」
雷牙の問いに聖は笑みを引っ込め、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「役にたたないわ。折角の窮姫様の術も抵抗してくれちゃって。……でも、まぁ、彼に襲われた時の花音様の表情は、見せてあげたかったわ」
言って、聖はその時のことを思い出し、クスリと笑った。
「風夜に花音を襲わせたって……」
「でも、失敗。途中まではよかったのに邪魔は入るし、あの子に術は破られたしね」
「じゃあ、二人は無事なんだな」
「残念ながらね。でも」
ほっと息をついた三人に、聖はそう言い、笑みを浮かべる。
「あの子、この世界に戻ってくるみたいよ。いや、もう戻ってきてるかもしれないわね」
「「「!!」」」
聖の言葉に、夜天達は目を見開いた。

2

「見えた!あそこだ!」
風夜が言って、飛竜が降下していく。
「此処が、飛竜の里……」
飛竜から下りて、花音は辺りを見回す。
そこには、様々な色をした飛竜達がのんびりと暮らしていた。
「さてと、じゃあ、私達は自分達の飛竜を探してくるから」
「適当に時間を潰しててね」
琴音と美咲がそう言って、凍矢、刹那、星夢と行ってしまうと、その場には花音、風夜、紫影だけが残された。
「時間潰しててって言われても……」
呟いて辺りを見回すが、飛竜達が思い思いに過ごしているだけで、何もない。
「ピィ、ピィー」
「ん?何?」
その時、声が聞こえて、何かがぶつかってきた。
「ピー、ピィー!」
「わぁ!可愛い!」
見ると、翼を入れても三十cm位しかない竜が一生懸命羽ばたいていた。
「触らない方がいいぞ」
「えっ?」
「飛竜は生まれた頃は、臆病でな。自分の身を守ろうとして、此方が触れようとしてきただけでも、噛み付いてきたりする。それに人が迂闊に触ると、親が育てなくなってしまうこともあるんだ」
風夜のその言葉に、慌てて手を引っ込める。
「ピー!」
そんなことには構わず、飛竜の子は親なのだろう一匹の後を追っていってしまった。
「皆、遅いね。見つからないのかな?」
飛竜の親子を見送ってから、数十分。まだ誰も戻ってこないのに花音は呟く。
その時、それまでのんびりと過ごしていた飛竜達がある方向、先程親子の竜が飛んでいった方を見た。
かと思うと、何かから逃げるように上空へと上がっていく。
「何?急にどうしたの?」
花音が呟いた時、先程の竜の親が飛んでくるのが見えた。
「ああ!?」
辛うじて飛んでいたのが、地へ完全に墜ちたのを見て、花音は駆け寄る。
「ピィ、ピィー」
近づくと、子竜が悲しげな声で鳴いて、親にすりよっていたが、親は身動きしない。
(火傷!?)
地に倒れている親の身体は、激しく焼けただれていた。
「一体、どうして」
「花音!」
その時、風夜の鋭い声と共に、花音の周囲を風の結界が包み、そこへ高温の炎が激しくぶつかった。
「な、何、あれ?」
花音の前に立って、結界を維持している風夜の向こうに紅い巨大な竜が見える。
結界にぶつかる炎は、その竜の口から吐き出されているようだった。
「あれは火竜だな」
「火竜?」
紫影の声に彼を見る。
「文字通りというか見た目通り、火を吐く竜だ。見た目とは違い、普段は大人しくて、住みかである火山から出ることはないはずだ」
「大人しいなら、どうして……」
「そこまでは。ただそれはあくまでも怒らせなければの話だ。一度怒らせれば、口から吐き出す数千度の炎で、全てを焼き尽くすともいわれてる。間違っても、真っ向勝負する相手ではないな」
「数千度……」
思わず、その言葉に息をのむ。
だが、数千度というわりには結界の中は、そんなに暑くは感じなくて、風夜を見た。
「……う……ぐっ……」
「どうやら、あいつが熱も此方に伝わらないようにしてるみたいだな」
「そんな……、無理してるなら、止めないと!」
「止めたら、間違いなく蒸されて、熱気にやられると思うけどな」
「それでも、こんな状態じゃ、もたないよ!風夜!」
「……大丈夫だ。このくらい、何とも……」
花音が言おうとしていたことがわかったのか、無理矢理笑みを浮かべたが、次の瞬間勢いを増した炎に表情を歪める。
「ぐうぅっ!」
「風夜……」
余裕がなくなってきたのか、少しだが結界の中の温度が上昇する。
それでも、それは本当に僅かなもので、風夜にかなりの負担が掛かっているのは間違いなかった。
(このままじゃ……)
そう思った時、急に火竜が別の方向へ炎を放ち、飛んできた氷柱とぶつかり、辺りに水蒸気が立ち込める。
「おい!大丈夫か!?」
その時、聞こえてきた凍矢の声に、今攻撃を放ったのは彼だとわかった。
「何で此処に火竜がいるんだ!?あいつのすみかは、もっと南にある火山のはずだろ?」
「そのはずなんだけどな」
凍矢と紫影の会話を聞きながら、花音は地に膝をついて息を整えている風夜に近付く。
「大丈夫?」
「っ……!ああ……」
短く風夜が返してきた時、ピィピィと声がして、花音は服を引っ張られる。
見ると、先程まで親に寄り添っていた飛竜の子だった。
「何?どうしたの?」
「ピィ、ピィー!」
まるで此処から逃げろというように引っ張り続ける飛竜の子に、火竜の方を見る。
水蒸気が収まり、視界がよくなったせいか、火竜も花音達を見付けたらしく、再び火を吐き出そうとしていた。
だが、花音にはそれよりも気になることがあった。

(あの目……、風夜が操られてた時と同じ…….。ってことは、もしかしてこの火竜も……)
先程は、突然攻撃されたこともあり気付かなかったが、火竜の目は虚ろだった。
「花音、どうした?」
風夜の声に我に返り、三人を見る。
「あのね、あの火竜ももしかしたら操られてるんじゃないかなって」
「どうして、そう思うんだ?」
「だって、あの目……」
「目?」
花音の言葉に、風夜達が火竜へ視線を移す。
「確かに、あれは正気の目ではないな。お前が操られていた時みたいだ」
凍矢が言いながら、風夜を見る。
「仮に操られているとして、どうするんだ?」
「本当なら、あの火竜も大人しいんでしょ?なら、風夜の時みたいに元の状態に戻せば、大人しく帰ってくれるかも」
そこまで言って、花音は風夜へ視線を移した。
「風夜、疲れてるところ悪いんだけど……」
「わかってる。お前らの準備が出来るまで、時間を稼げばいいんだろ」
そう言って、再び火竜が放ってきた炎を防ぐ。
「……ごめんね」
風夜の背に向けて呟くと、凍矢と紫影を見る。
「二人は火竜の動きを止めてほしいの」
「止めるって、そう長くは止めていられないぞ。いいのか?」
「少しでいいの。私が力を使って、火竜を元に戻す、その間だけで」
紫影にそう答えると、凍矢が溜め息混じりに口を開いた。
「こういう状況で動きを止めるなら、一番刹那が向いてるんだけどな。……今いない奴のことを言っても、仕方ないか」
そう言って、凍矢が能力を使うため、精神を集中させる。
それに続くように、花音も目を閉じて、集中し始めた。
(あと少し……!)
炎を防いでいる風夜が苦しそうに肩で息をするのを見て、焦りそうになる気持ちを落ち着かせる。
「凍矢くん!紫影くん!おねがい!」
声をあげると、視界の端で二人が頷き、火竜の足元から影が伸び、凍り付き始めて、拘束していく。
(今だ!)
集中して溜めた力を花音は放つ。それは火竜へ命中し、光が火竜の身体を包んでいった。
「やった……!うまくいったよ、風夜!」
「お、おい!」
正気に戻って去っていく火竜を見送り、息を整えていた風夜に思わず抱き着く。それに風夜は少し慌てていたが、花音はそのまま続けた。
「お疲れ様。……二人もありがとう」
「うわっ!?何これ?」
凍矢と紫影にそう言った時、驚いたような美咲の声がした。
「此処だけ、何だかあちこち焼けてないか?」
「飛竜達も落ち着きなかったし、何かあったの?」
「それに、花音は何くっついてるわけ?」
「えっ!?わわっ、ごめん!」
星夢に言われて、まだ風夜にくっついたままだったことに気付いて、慌てて離れる。
「……怪しいなぁ。本当に何もなかったの?」
「あははっ、本当に何もなかったよ」
「ピィ、ピィー……」
じとっとした目で見てきた美咲に返した時、飛竜の子の悲しげな声が聞こえてくる。
動かなくなった母親と寂しそうに見ている子の竜を放っておくことは出来なかった。
地面に掘られた穴に親が埋められるのを、じっと見ている子竜に花音は近付く。
「ねぇ、あなたも一緒に来る?」
「ピィ?」
子竜が花音を見上げる。
「皆もいいよね?」
「うん。私はいいよ。可愛いと思うし」
琴音が言い、他の者達も頷く。
「ね?行こう」
にっこりと笑った花音に、少し考えるような素振りを見せた後、子竜はすりよってきた。
「ピィー、ピィー!」
「あはは、くすぐったいよ!」
「ピィ、ピィ!」
「そうだ、名前付けないと!」
「ピィ?」
「そうだね……、白亜……、白亜にしよう。ね、今日からあなたは白亜って呼ぶね」
「ピィ!ピィーー!」
花音の言葉を理解しているのか、どこか嬉しそうに名を付けられた子竜が飛び回る。
「おい、花音。そろそろ行くぞ」
「あ、うん。白亜、おいで!」
風夜の声に、花音は白亜を呼ぶと、彼の所へ行く。
「しっかり掴まっててね」
「ピッ!」
花音の肩に掴まった白亜に声を掛け、自身も風夜の腰に手を回す。
目指すのは、夜天達が捕まっている水の国だった。
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