第2章
1
封魔の部屋を訪れてから数週間。
最初はどうなるかと思っていた軍での生活にも、だいぶ慣れてきた神蘭は、一日の訓練を終えて食堂へと来ていた。
「あ、神蘭!こっち、こっち!」
食事を受け取り、空いている席を探していると声が聞こえて鈴麗が手を振っているのが見えた。
彼女の方へ行くと、そこには龍牙、白夜、白鬼の姿もあった。
「久しぶり!どう?神蘭のいる隊は?」
軍に入ってから、なかなか時間が合わなかったからか、会うことのなかった鈴麗に聞かれる。
「うん。怜羅さんも良い人だし、皆、よくしてくれるよ。皆のところは?」
「ああ。良い隊だと思う」
「俺達みたいな半人前にも、色々気を配ってくれるしな」
「正直、もっと堅苦しくて厳しいと思ってたけどな」
「ふふ、私のところも月葉さんは優しいし、皆が仲の良い隊だよ」
神蘭が聞き返すと、龍牙、白夜、白鬼、鈴麗とそう答える。
四人とも神蘭とは違う隊だったが、其々の上司にあたる闘神達を慕い始めているようだった。
そんなことを話した次の日、神蘭が自分の隊に顔を出すと、いつもより人数が少ない気がした。
「あの、何かあったんですか?」
雰囲気もいつもと違う気がして、近くにいた先輩にあたる兵に聞く。
「いや、何悪いことじゃないさ。ただ、最近各地を襲撃している奴等の本拠地がわかったらしくてな。闘神達と其々の隊から何十人かが行くことになったらしい」
「闘神七名を含む七隊が同時に動くなんて、軍の上層部は奴等を完全に潰すつもりらしいな」
「はははっ、敵とはいえ、奴等も気の毒になぁ」
一人がそう言ったのを切っ掛けに次々と笑いが起きる。
(事実上の総攻撃か。闘神が全員動いたなら、月夜ももう……)
封魔一人でも圧倒されていたかつての兄のような存在を思い出し、内心で呟く。
父の仇がとれないのは残念だったが、何処かで自分の手にかけずにすんでホッとする気持ちもあった。
2
ドンドンッ
「……何?」
眠っていた神蘭は与えられていた部屋の扉が激しく叩かれる音で目を覚ました。
時計を見ると、いつも起きる時間よりもかなり早い。
だが、扉を叩く人物の慌てている様子に扉を開ける。
そこには青褪めた顔をした龍牙がいて、何かが起きたということだけがわかった。
「龍牙?どうしたの?」
「いいから早く来い。本部前の大広場だ」
それだけ言って、彼は早足で歩き出す。
「?」
訳もよくわからないまま、神蘭が彼の言った通りに大広場まで行くと、朝早いにも拘らず、多くの兵達の姿があった。
「これは、一体何があったの?」
大勢が集まっている筈なのに、その場は異様に静まり返っている。
だがよく周りを見れば、泣き腫らした目をした者や、啜り泣きをしている者もいた。
「龍牙、一体何があったの?何なの、これ」
「俺だって、わからないんだよ。ただ、……今回の作戦は失敗だって」
「えっ?」
「……向かった軍はほぼ全滅だって。闘神だって、一人しか帰ってきてないらしい」
その言葉に頭が真っ白になった。
「一人?闘神が一人だけ?全員で行ったのに、どうして?」
「俺だって、……皆だって信じられないさ。でも、帰ってきたのは一人で、その一人だって治療班へ運ばれていったきりだ。それが誰なのかもわからない」
その言葉に神蘭は何日か前に、鈴麗達と話した時のことを思い出す。
(皆、きっと戻ってきたのが自分の隊の上司であってほしいはず。私だって……)
神蘭がそんな事を思っていた時、軍本部の扉が開いて、総長が出てきた。
「総長!!」
それに気付いた兵士達から声が上がる。
「総長!一体、何があったんですか!?」
「どうして、こんなことに!?」
「落ち着け!狼狽えるな!」
その声にその場が再び静まり返る。
「……今回のことは、帰還した封魔から詳細を聞く。今回の被害は知っての通り、かなり大きい。封魔が復帰するまで、闘神もいない今、奴等にとってはまたとない好機。いつまでもこんな所にいないで、次の襲撃に備えておけ!」
そう言って、総長はすぐに中に戻って行ってしまった。
3
「……」
総長に言われ、軍の待機場所まで来たものの、空気は重い。
「……なぁ、俺達どうなるんだよ?闘神だってやられたっていうのに、今攻めて来られたら俺達だけでどうしろっていうんだよ!」
「どうしろって総長のあの言葉、もし奴等が来たら戦って死ねってことだろ」
「……俺は嫌だ!まだ死にたくない!」
「俺だって!」
「くそっ、こんな勝ち目のない戦い、誰だって嫌に決まってる!」
一人が言い出したことから、次々と声が上がる。
その一方で闘神達を本当に慕っていたのだろう者達はいまだに失意の底にいるようだった。
「それなら、さっさと軍を去れ。これからの戦闘に、お前達のような腑抜けは必要ない」
その時そんな声が聞こえてきて、神蘭達が視線を向けると、そこには感情を押し殺したような目をした封魔が立っていた。
「……これはこれは封魔様。今何と言ったか、もう一度言ってもらってもよろしいですかね?」
そう言って、一人の兵士が座っていた場所から立ち上がる。
「あいつ、俺と同じ隊の」
「ってことは、聖斗様の?」
立った兵士を見て呟いた白夜に、鈴麗が視線を向ける。
「ああ。聖斗様のことは慕っていたけど、普段は割と気が荒くてな」
そんな事を言っている間にも、封魔に近付いた兵士が掴みかかる。
「さぁ、もう一度言ってくださいませんか?」
「何だ?聞こえなかったのか?今のお前達のような腑抜けは必要ないと言ったんだ。さっさと地元へ帰るか、魔神族にでも寝返ってろ。……臆病者共」
「貴様っ」
カッとなったらしい兵士が、封魔を乱暴に突き飛ばす。
封魔の言葉にカッとなったのは、その兵士だけではなかったようで、数人が彼に詰め寄ろうとしているのが見えた。
「おいおい、まずくないか」
「でも、あの人の言葉も悪いよ」
「「封魔様!」」
白鬼と鈴麗が呟いた時、少年と少女が駆け込んできた。
「星夜と楓か……」
「何やってるんですか!?まだ治療中でしょう?」
「安静にしていろと言われたばかりじゃないですか?」
封魔の部下だろう二人がそう言って、彼の左右を固める。
「ほら、戻りますよ!」
「今度は途中で抜け出さないでくださいね!」
「わかってるって。おい、明日からは全員、俺の指揮下に入ることになる。辞めたい奴は受理するから、書類を用意しておけ。そうじゃない者は、第ニ訓練場で待ってる」
そう言って、封魔は去っていく。
彼が去った後、声を上げたのは先程封魔に突っかかっていた男だった。
「くそ、総長と副総長の息子だからって。なぁ、いっその事、全員ですっぽかしてやらないか」
その言葉に、反対する者はいなかった。
封魔の部屋を訪れてから数週間。
最初はどうなるかと思っていた軍での生活にも、だいぶ慣れてきた神蘭は、一日の訓練を終えて食堂へと来ていた。
「あ、神蘭!こっち、こっち!」
食事を受け取り、空いている席を探していると声が聞こえて鈴麗が手を振っているのが見えた。
彼女の方へ行くと、そこには龍牙、白夜、白鬼の姿もあった。
「久しぶり!どう?神蘭のいる隊は?」
軍に入ってから、なかなか時間が合わなかったからか、会うことのなかった鈴麗に聞かれる。
「うん。怜羅さんも良い人だし、皆、よくしてくれるよ。皆のところは?」
「ああ。良い隊だと思う」
「俺達みたいな半人前にも、色々気を配ってくれるしな」
「正直、もっと堅苦しくて厳しいと思ってたけどな」
「ふふ、私のところも月葉さんは優しいし、皆が仲の良い隊だよ」
神蘭が聞き返すと、龍牙、白夜、白鬼、鈴麗とそう答える。
四人とも神蘭とは違う隊だったが、其々の上司にあたる闘神達を慕い始めているようだった。
そんなことを話した次の日、神蘭が自分の隊に顔を出すと、いつもより人数が少ない気がした。
「あの、何かあったんですか?」
雰囲気もいつもと違う気がして、近くにいた先輩にあたる兵に聞く。
「いや、何悪いことじゃないさ。ただ、最近各地を襲撃している奴等の本拠地がわかったらしくてな。闘神達と其々の隊から何十人かが行くことになったらしい」
「闘神七名を含む七隊が同時に動くなんて、軍の上層部は奴等を完全に潰すつもりらしいな」
「はははっ、敵とはいえ、奴等も気の毒になぁ」
一人がそう言ったのを切っ掛けに次々と笑いが起きる。
(事実上の総攻撃か。闘神が全員動いたなら、月夜ももう……)
封魔一人でも圧倒されていたかつての兄のような存在を思い出し、内心で呟く。
父の仇がとれないのは残念だったが、何処かで自分の手にかけずにすんでホッとする気持ちもあった。
2
ドンドンッ
「……何?」
眠っていた神蘭は与えられていた部屋の扉が激しく叩かれる音で目を覚ました。
時計を見ると、いつも起きる時間よりもかなり早い。
だが、扉を叩く人物の慌てている様子に扉を開ける。
そこには青褪めた顔をした龍牙がいて、何かが起きたということだけがわかった。
「龍牙?どうしたの?」
「いいから早く来い。本部前の大広場だ」
それだけ言って、彼は早足で歩き出す。
「?」
訳もよくわからないまま、神蘭が彼の言った通りに大広場まで行くと、朝早いにも拘らず、多くの兵達の姿があった。
「これは、一体何があったの?」
大勢が集まっている筈なのに、その場は異様に静まり返っている。
だがよく周りを見れば、泣き腫らした目をした者や、啜り泣きをしている者もいた。
「龍牙、一体何があったの?何なの、これ」
「俺だって、わからないんだよ。ただ、……今回の作戦は失敗だって」
「えっ?」
「……向かった軍はほぼ全滅だって。闘神だって、一人しか帰ってきてないらしい」
その言葉に頭が真っ白になった。
「一人?闘神が一人だけ?全員で行ったのに、どうして?」
「俺だって、……皆だって信じられないさ。でも、帰ってきたのは一人で、その一人だって治療班へ運ばれていったきりだ。それが誰なのかもわからない」
その言葉に神蘭は何日か前に、鈴麗達と話した時のことを思い出す。
(皆、きっと戻ってきたのが自分の隊の上司であってほしいはず。私だって……)
神蘭がそんな事を思っていた時、軍本部の扉が開いて、総長が出てきた。
「総長!!」
それに気付いた兵士達から声が上がる。
「総長!一体、何があったんですか!?」
「どうして、こんなことに!?」
「落ち着け!狼狽えるな!」
その声にその場が再び静まり返る。
「……今回のことは、帰還した封魔から詳細を聞く。今回の被害は知っての通り、かなり大きい。封魔が復帰するまで、闘神もいない今、奴等にとってはまたとない好機。いつまでもこんな所にいないで、次の襲撃に備えておけ!」
そう言って、総長はすぐに中に戻って行ってしまった。
3
「……」
総長に言われ、軍の待機場所まで来たものの、空気は重い。
「……なぁ、俺達どうなるんだよ?闘神だってやられたっていうのに、今攻めて来られたら俺達だけでどうしろっていうんだよ!」
「どうしろって総長のあの言葉、もし奴等が来たら戦って死ねってことだろ」
「……俺は嫌だ!まだ死にたくない!」
「俺だって!」
「くそっ、こんな勝ち目のない戦い、誰だって嫌に決まってる!」
一人が言い出したことから、次々と声が上がる。
その一方で闘神達を本当に慕っていたのだろう者達はいまだに失意の底にいるようだった。
「それなら、さっさと軍を去れ。これからの戦闘に、お前達のような腑抜けは必要ない」
その時そんな声が聞こえてきて、神蘭達が視線を向けると、そこには感情を押し殺したような目をした封魔が立っていた。
「……これはこれは封魔様。今何と言ったか、もう一度言ってもらってもよろしいですかね?」
そう言って、一人の兵士が座っていた場所から立ち上がる。
「あいつ、俺と同じ隊の」
「ってことは、聖斗様の?」
立った兵士を見て呟いた白夜に、鈴麗が視線を向ける。
「ああ。聖斗様のことは慕っていたけど、普段は割と気が荒くてな」
そんな事を言っている間にも、封魔に近付いた兵士が掴みかかる。
「さぁ、もう一度言ってくださいませんか?」
「何だ?聞こえなかったのか?今のお前達のような腑抜けは必要ないと言ったんだ。さっさと地元へ帰るか、魔神族にでも寝返ってろ。……臆病者共」
「貴様っ」
カッとなったらしい兵士が、封魔を乱暴に突き飛ばす。
封魔の言葉にカッとなったのは、その兵士だけではなかったようで、数人が彼に詰め寄ろうとしているのが見えた。
「おいおい、まずくないか」
「でも、あの人の言葉も悪いよ」
「「封魔様!」」
白鬼と鈴麗が呟いた時、少年と少女が駆け込んできた。
「星夜と楓か……」
「何やってるんですか!?まだ治療中でしょう?」
「安静にしていろと言われたばかりじゃないですか?」
封魔の部下だろう二人がそう言って、彼の左右を固める。
「ほら、戻りますよ!」
「今度は途中で抜け出さないでくださいね!」
「わかってるって。おい、明日からは全員、俺の指揮下に入ることになる。辞めたい奴は受理するから、書類を用意しておけ。そうじゃない者は、第ニ訓練場で待ってる」
そう言って、封魔は去っていく。
彼が去った後、声を上げたのは先程封魔に突っかかっていた男だった。
「くそ、総長と副総長の息子だからって。なぁ、いっその事、全員ですっぽかしてやらないか」
その言葉に、反対する者はいなかった。