第2章
1
数時間後、神蘭達は星夜と楓に引き連れられ、襲撃があるといわれていた村へと来ていた。
「随分、静かね」
村には住んでいる人々がいるはずなのだが、人の気配を感じない。
「襲撃されるって知って、何処かに隠れてるのかな?」
一緒に村を調べていた鈴麗がそう呟く。
「……!!」
その時、僅かな物音が聞こえた気がして、神蘭は足を止めた。
「神蘭、どうしたの?」
「今、何か物音が……」
そう答えながら、神蘭は悪いと思いつつ、近くの民家に入る。
そこには、酷く怯えた表情をしているまだ幼い少女がいた。
「どうしたの?お父さんとお母さんは?」
近付いて目線を合わせ、優しく声を掛ける。
すると、少女は怯えた表情のまま首を横に振った。
「お父さんもお母さんも、皆、いなくなっちゃった。……皆、消えちゃった」
「消えた?」
少女の言葉に、神蘭は鈴麗と顔を見合わせた。
「その時のこと、もう少し詳しく話せる?」
鈴麗がそう問い掛けた時、ふと外が騒がしくなる。
「何があったの!?」
そう言った神蘭が民家を飛び出すと、村の中心部から村を覆うように蔓が伸びているのが見えた。
「何、あれ?あんなの、さっきまではなかったのに」
同じように外に出てきた鈴麗が呟く。
「あ……、嫌ぁ」
そんな時、先程見つけた少女の声がして視線を向けると、彼女はその蔓を見て、酷く震えていた。
「あ、あれだ。……あれが、お父さんとお母さんを、皆を捕まえて……」
「神蘭!鈴麗!」
そう声がして、龍牙、白夜、白鬼が走ってくる。
「何やってるんだ!?こんな所にいつまでも突っ立っていたら、捕まるぞ!」
「捕まるって……、えっ」
白夜の言葉と同時に、彼等が来た方からも蔓が伸びてくるのが見えた。
「あれに捕まったらまずい。力を吸い取られて、下手したら消滅する。実際、もう何人かやられてるんだ」
「でも……、この先に行ったら、村の中心に行っちゃうんじゃ……」
「ああ、だけど……」
「この先に行くしかない!この蔓の中心も村の中央だから、そこに行けば、如何にか出来るかもしれないしな」
龍牙が言った時、蔓がすぐ近くに迫ってきているのに気付いて、神蘭は声を上げた。
「と、とにかく、行こう!他の人達も向かってるかもしれない。ほら、あなたも」
言って、怯えている少女に手を差し出す。
その手を少女がおずおずと掴んだのを確認して、神蘭は走り出した。
2
神蘭達が村の中央に着いた時、其処には兵士達が集まってきていたが、彼等は揃ってあるものを呆然と見ていた。
「な、何?」
同じ方向を見て、神蘭も目を見開く。
其処は、巨大な水晶のようなものがあり、それを守るかのように蔓が張り巡らされていた。
「水晶!?てっきり蔓が襲ってきたから、植物的なものだと思ってたが」
「……ねぇ、やっぱり変じゃない?この子の話を信じるなら、この村の人達は蔓に捕まって消滅したんでしょう?なら、そんな村をもう一度襲ってもしかたないんじゃない?」
違和感を感じていたのか、鈴麗が言う。
「確かに、少し妙だな」
彼女の声が聞こえたのか、近くにいた星夜が何か考え込むようにした。
「なぁ、本当に魔神族は此処を襲撃すると言っていたのか?」
その問いに神蘭達を含めた兵士達が襲撃の情報を持ってきた兵士を見た。
全員に視線を向けられている兵士は、俯いていてどんな表情をしているのかわからない。
だが、その肩は笑いを堪えているかのように震えていた。
「くく、ははははは!」
それでも段々堪えきれなくなったのか、声を出して笑い出す。
「ははは、馬鹿な奴等だな!」
「何!?」
「お前達は、嵌められて此処におびき出されたんだよ。誰か一人でも《封魔様》に確認をとっていれば、そんな情報はないとわかったはずなのに、それをしなかった為にな」
そう言って、兵士はニヤリと笑う。
「そして、そのせいでお前達は此処で力を奪われ、村の奴等と同じように消滅。奪った力は俺達、魔神族が有効活用するという訳だ」
そこまで言って、元兵士で魔神族のスパイだったのだろう男はサッと手をあげる。
すると、それが合図だったのか、巨大水晶の周りにあった蔓が一斉に動き出した。
「散りなさい!態勢を立て直すのよ!」
「固まるな!なるべく分散して、狙いをつけにくくしろ!」
それを見て、楓と星夜が叫び、呆然としていた兵士達も動き出す。
だが、その時には既に何人かの兵士は捕まっていた。
「「「ぎゃあああ!」」」
捕まってしまった兵士達は悲鳴を上げ、その姿が消滅する。
それと同時に、巨大水晶の中に力が吸い込まれたかのように、水晶が怪しく光った。
「ほらほら、上手く避けないと、お前達もああなるぞ!」
「っ、お前、魔神族のスパイだったのか!?」
「ああ。闘神達を失った軍に入りこむのは容易かったぞ。まぁ、魔神族といっても、俺達はその中の一派だがな」
「つまり、魔神族といっても、一枚岩ではないっていうこと?」
「そう。俺達は、わりと小さい一派でな。だが、この水晶の力を使えば、魔神族の中の力関係もひっくり返せる。俺達の一派が全ての世界を支配することだって、夢じゃない。……だから、お前達はその為の力になれ」
その言葉と同時に、四方八方から蔓が神蘭達を捕らえようとしてくる。
(駄目!躱しきれない!)
神蘭はそう思って、すっかり怯えきってしまっている少女を庇うように抱き締める。
伸びてきた蔓があと少しで神蘭達を捕らえようとした時、上空から幾つもの真空刃のようなものが降り注ぐ。
それが伸びてきていた蔓を切り落としたかと思うと、神蘭達の前に一人の人物が着地した。
3
「「封魔様……!!」」
自分達の前に現れた人物に、星夜と楓が声をあげる。
名を呼ばれた彼はちらりと振り返ったが、すぐに視線を戻し、声を張り上げた。
「退路は確保してある!此処は一旦退け!」
「退けって、……冗談じゃない!あんなものをそのままにしておけっていうのか!」
「大体、何であんたが来るんだ!あんた自身の仲間は見捨てたくせに!」
「そうだ、そうだ!実の兄である蒼魔様すら、見殺しにしたくせに!」
「……っ!星夜!楓!」
数名の兵士が反発したことに、封魔は自分の部下の名前を呼ぶ。
「……悪いですが、俺達も退くつもりはありません」
「何っ?」
答えた星夜を封魔が睨む。
だが、彼はそれを無視して、神蘭達に声を掛けた。
「行くぞ!あの水晶を破壊する!」
「「はい!」」
星夜の声に兵士達は動き出す。
「待て!お前達!」
それに封魔が制止の声を上げたが、聞く者はいない。
そのことで彼が舌打ちしたのがわかった。
封魔の制止を聞かず、何とか蔓を躱しながら、水晶へ近づいていく。
神蘭達があと少しで水晶に辿りつきそうになったその時、急に圧し潰すような圧迫感を感じた。
それに耐えられず、兵士達が膝をついていく中で、好機とばかりに伸びてきた蔓も神蘭達の背後から飛んできたエネルギーに消しとばされる。
(何?一体、何が……?)
何が起きたのかわからずにいると封魔の声が聞こえてきた。
「……本来なら俺の仕事はお前達を連れ戻すことで、後は研究員達に任せることになっていたんだが、こうなったら仕方ないな」
気付くと、背後にいた筈の封魔の姿はいつの間にか、巨大水晶の前にある。
彼は自分の力を解放している状態のようで、高まっている力がその身体を包んでいた。
「これを壊さない限り、退くつもりがないというなら、壊すまでのことだ」
そう言った封魔が巨大水晶に手を向ける。
「なっ?!やめろ!」
封魔の言葉に魔神族のスパイだった男が声を上げたが、その間にも封魔の力は高まっていく。
「くそっ、こうなったら!」
(あれは……)
その時、男が懐から何かを取り出す。
それは小さな水晶のようで、男はそのまま掲げる。
「せっかく奪った力をすぐに使ってしまうのはもったいないが、これからの我等の目的の為ならば仕方ない。……消し飛べ!」
その言葉と同時に手にしている水晶が光り、連動するように光った巨大水晶から、膨大なエネルギーが放たれるのがわかった。
その瞬間、避けようとしたのだろう封魔が足に力を入れたのがわかったが、一度振り返った彼は避けるのをやめたらしく、溜めていた力を迫ってくるエネルギーに向けて放った。
「はあああっ!!」
封魔と水晶からのエネルギーがぶつかり合い、その余波で暴風が吹き荒れる。
「っ……!!」
巨大水晶から放たれるエネルギーの勢いに押されたのか、封魔の身体が数メートル後退した所で踏み止まる。
莫大なエネルギーに耐えるように肩幅以上に開かれた足は地を強く踏みしめていて、エネルギーを放っている右手には左手を添えているのがわかった。
「はは、闘神といえども、病み上がりのうえ、一人だけ。何十人もの神族達の力を溜め込んだ水晶の力にいつまで耐えられるかな?……はははははは!」
そう笑うスパイの男に、余裕がないのか封魔が言い返すことはない。
神蘭のいる位置からは彼の表情は見えないが、それでも時折苦しげな声は聞こえてきた。
『父さんの上司はな、部下思いのとても優しい人だよ』
『そいつはな、仲間を見捨てて、一人逃げ出したのさ』
『過程はどうであれ、結果的には仲間を見捨ててきたことに変わりはない』
かつての父と魔神族の男が言った言葉、話を聞きに言った時の封魔の言葉を再び思い出す。
(一体、何が本当のことなの?私は、誰の言葉を信じればいいの?)
今の封魔を見ていれば、彼が何の理由もなく、見捨てていくようには思えない。
だが、それなら何故何も話そうとしないのか、皆の誤解を解こうとしないのか、わからないことだらけだった。
4
「……うぅっ、ぐぅっ……!」
やや押され気味な封魔の様子を見て、神蘭は今の状況を変える何かがないかと辺りを見回す。
そして目に入ったのは、スパイとして軍に入っていた男の持つ小さな水晶だった。
(あれを奪えば、もしかしたら)
そう思って、男の様子を窺う。
男は封魔の様子を愉しげに見ていて、神蘭達のことなど気にも止めていないようだった。
(よし!一か八かだけどやるしかない!)
そう思って気付かれないように動き出す。
その間にも男は封魔に攻撃を加え続けていて、神蘭は自分のことに男が気付いていないことを確認すると、残りの距離を一気に詰めた。
「!!……何をする?離せ!!」
「っ……!」
振り払おうとしてくる男に、神蘭も負けじと水晶を奪おうと手を伸ばす。
「このっ……、離せ!邪魔するな!」
「うっ!」
腹に蹴りを入れられ、崩れ落ちそうになるのを何とか堪える。
そのまま揉み合いになったが、なかなか奪うことが出来ない。
チラリと封魔の方に視線を動かせば、彼は膝をついていて限界が近いのだと感じ、焦りが出てくる。
「そのまま抑えていろ!」
何とか男の腕を捕らえた時、星夜の声がした。
「ぐっ!」
次いで飛んできた短剣が男の手から水晶を弾き飛ばす。
「しまっ……」
それに声を上げた男が神蘭を乱暴に振り払ったが、男が回収するより先に楓が水晶を剣で貫き、粉々に砕け散った。
(よし!これで……)
男が持っていた水晶が割れたのを確認し、エネルギーを放っていた巨大水晶を見ると、先程に比べてもエネルギー量は格段に減っていた。
「うおおおお!」
その時、力を振り絞るように封魔が吼え、水晶からのエネルギーを一気に押し返すと、巨大水晶を周りの蔓ごと消し飛ばした。
「あ、ああ……」
それを見て、スパイだった男が絶望的な声を上げ、その場にがくりと膝をつく。
そんな男を拘束しようと近付く兵達を見ていると、鈴麗達が駆け寄ってきた。
「神蘭、大丈夫?」
「いきなり一人で動き出すから驚いたぞ」
「あはは……、ごめんね」
鈴麗と白夜に苦笑しながらそう返す。
その時、膝をついたまま息を整えていた封魔がふらりと立ち上がるのが見えた。
それに気付いた兵士達の間にも緊張がはしるのがわかる。
「封魔様、今回のことは……」
「……これで気が済んだだろ?戻るぞ」
封魔が何か言う前に口を開いた星夜だったが、それは遮られる。
踵を返した封魔は、それ以上何も言わなければ弁明を聞く気もないようだった。
特に何も言わない封魔について、本部前まで戻ってくる。
何とか無事に戻ってこれたことに安堵した時、不意に封魔の身体がふらついたのがわかった。
(あっ……)
「おっと……」
そのまま倒れこみそうになったのを現れた男性が受け止める。
その男性は軍服の上から白衣を着ていて、研究員か医者のどちらかのようだった。
「やれやれ……、随分消耗したみたいですねぇ。……ふむ、やはりやるしかないかな。……おい!」
一人言のように呟いた男性が声を上げる。
すると、更に何処からか研究員らしい数人が現れた。
「待て!何処に連れていくつもりだ!?」
研究員達が封魔を連れていこうとするのを見て、星夜が声を上げる。
「何処へって、決まってるじゃないですか?我々の研究室ですよ」
「……研究室?普通は怪我人とか衰弱してる場合、治療班に行くんじゃないのか?」
疑問を感じたらしい龍牙が小声で言うのに、神蘭も内心で頷く。
「……どうして、あなた達研究班が?治療班はどうしたの?」
「どうしてもこうしても、総長の指示ですよ。……それでは我々は忙しいのでこれで」
神蘭達と同じように疑問を感じたらしい楓にそう返すと、研究員達は封魔をそのまま連れていってしまった。
数時間後、神蘭達は星夜と楓に引き連れられ、襲撃があるといわれていた村へと来ていた。
「随分、静かね」
村には住んでいる人々がいるはずなのだが、人の気配を感じない。
「襲撃されるって知って、何処かに隠れてるのかな?」
一緒に村を調べていた鈴麗がそう呟く。
「……!!」
その時、僅かな物音が聞こえた気がして、神蘭は足を止めた。
「神蘭、どうしたの?」
「今、何か物音が……」
そう答えながら、神蘭は悪いと思いつつ、近くの民家に入る。
そこには、酷く怯えた表情をしているまだ幼い少女がいた。
「どうしたの?お父さんとお母さんは?」
近付いて目線を合わせ、優しく声を掛ける。
すると、少女は怯えた表情のまま首を横に振った。
「お父さんもお母さんも、皆、いなくなっちゃった。……皆、消えちゃった」
「消えた?」
少女の言葉に、神蘭は鈴麗と顔を見合わせた。
「その時のこと、もう少し詳しく話せる?」
鈴麗がそう問い掛けた時、ふと外が騒がしくなる。
「何があったの!?」
そう言った神蘭が民家を飛び出すと、村の中心部から村を覆うように蔓が伸びているのが見えた。
「何、あれ?あんなの、さっきまではなかったのに」
同じように外に出てきた鈴麗が呟く。
「あ……、嫌ぁ」
そんな時、先程見つけた少女の声がして視線を向けると、彼女はその蔓を見て、酷く震えていた。
「あ、あれだ。……あれが、お父さんとお母さんを、皆を捕まえて……」
「神蘭!鈴麗!」
そう声がして、龍牙、白夜、白鬼が走ってくる。
「何やってるんだ!?こんな所にいつまでも突っ立っていたら、捕まるぞ!」
「捕まるって……、えっ」
白夜の言葉と同時に、彼等が来た方からも蔓が伸びてくるのが見えた。
「あれに捕まったらまずい。力を吸い取られて、下手したら消滅する。実際、もう何人かやられてるんだ」
「でも……、この先に行ったら、村の中心に行っちゃうんじゃ……」
「ああ、だけど……」
「この先に行くしかない!この蔓の中心も村の中央だから、そこに行けば、如何にか出来るかもしれないしな」
龍牙が言った時、蔓がすぐ近くに迫ってきているのに気付いて、神蘭は声を上げた。
「と、とにかく、行こう!他の人達も向かってるかもしれない。ほら、あなたも」
言って、怯えている少女に手を差し出す。
その手を少女がおずおずと掴んだのを確認して、神蘭は走り出した。
2
神蘭達が村の中央に着いた時、其処には兵士達が集まってきていたが、彼等は揃ってあるものを呆然と見ていた。
「な、何?」
同じ方向を見て、神蘭も目を見開く。
其処は、巨大な水晶のようなものがあり、それを守るかのように蔓が張り巡らされていた。
「水晶!?てっきり蔓が襲ってきたから、植物的なものだと思ってたが」
「……ねぇ、やっぱり変じゃない?この子の話を信じるなら、この村の人達は蔓に捕まって消滅したんでしょう?なら、そんな村をもう一度襲ってもしかたないんじゃない?」
違和感を感じていたのか、鈴麗が言う。
「確かに、少し妙だな」
彼女の声が聞こえたのか、近くにいた星夜が何か考え込むようにした。
「なぁ、本当に魔神族は此処を襲撃すると言っていたのか?」
その問いに神蘭達を含めた兵士達が襲撃の情報を持ってきた兵士を見た。
全員に視線を向けられている兵士は、俯いていてどんな表情をしているのかわからない。
だが、その肩は笑いを堪えているかのように震えていた。
「くく、ははははは!」
それでも段々堪えきれなくなったのか、声を出して笑い出す。
「ははは、馬鹿な奴等だな!」
「何!?」
「お前達は、嵌められて此処におびき出されたんだよ。誰か一人でも《封魔様》に確認をとっていれば、そんな情報はないとわかったはずなのに、それをしなかった為にな」
そう言って、兵士はニヤリと笑う。
「そして、そのせいでお前達は此処で力を奪われ、村の奴等と同じように消滅。奪った力は俺達、魔神族が有効活用するという訳だ」
そこまで言って、元兵士で魔神族のスパイだったのだろう男はサッと手をあげる。
すると、それが合図だったのか、巨大水晶の周りにあった蔓が一斉に動き出した。
「散りなさい!態勢を立て直すのよ!」
「固まるな!なるべく分散して、狙いをつけにくくしろ!」
それを見て、楓と星夜が叫び、呆然としていた兵士達も動き出す。
だが、その時には既に何人かの兵士は捕まっていた。
「「「ぎゃあああ!」」」
捕まってしまった兵士達は悲鳴を上げ、その姿が消滅する。
それと同時に、巨大水晶の中に力が吸い込まれたかのように、水晶が怪しく光った。
「ほらほら、上手く避けないと、お前達もああなるぞ!」
「っ、お前、魔神族のスパイだったのか!?」
「ああ。闘神達を失った軍に入りこむのは容易かったぞ。まぁ、魔神族といっても、俺達はその中の一派だがな」
「つまり、魔神族といっても、一枚岩ではないっていうこと?」
「そう。俺達は、わりと小さい一派でな。だが、この水晶の力を使えば、魔神族の中の力関係もひっくり返せる。俺達の一派が全ての世界を支配することだって、夢じゃない。……だから、お前達はその為の力になれ」
その言葉と同時に、四方八方から蔓が神蘭達を捕らえようとしてくる。
(駄目!躱しきれない!)
神蘭はそう思って、すっかり怯えきってしまっている少女を庇うように抱き締める。
伸びてきた蔓があと少しで神蘭達を捕らえようとした時、上空から幾つもの真空刃のようなものが降り注ぐ。
それが伸びてきていた蔓を切り落としたかと思うと、神蘭達の前に一人の人物が着地した。
3
「「封魔様……!!」」
自分達の前に現れた人物に、星夜と楓が声をあげる。
名を呼ばれた彼はちらりと振り返ったが、すぐに視線を戻し、声を張り上げた。
「退路は確保してある!此処は一旦退け!」
「退けって、……冗談じゃない!あんなものをそのままにしておけっていうのか!」
「大体、何であんたが来るんだ!あんた自身の仲間は見捨てたくせに!」
「そうだ、そうだ!実の兄である蒼魔様すら、見殺しにしたくせに!」
「……っ!星夜!楓!」
数名の兵士が反発したことに、封魔は自分の部下の名前を呼ぶ。
「……悪いですが、俺達も退くつもりはありません」
「何っ?」
答えた星夜を封魔が睨む。
だが、彼はそれを無視して、神蘭達に声を掛けた。
「行くぞ!あの水晶を破壊する!」
「「はい!」」
星夜の声に兵士達は動き出す。
「待て!お前達!」
それに封魔が制止の声を上げたが、聞く者はいない。
そのことで彼が舌打ちしたのがわかった。
封魔の制止を聞かず、何とか蔓を躱しながら、水晶へ近づいていく。
神蘭達があと少しで水晶に辿りつきそうになったその時、急に圧し潰すような圧迫感を感じた。
それに耐えられず、兵士達が膝をついていく中で、好機とばかりに伸びてきた蔓も神蘭達の背後から飛んできたエネルギーに消しとばされる。
(何?一体、何が……?)
何が起きたのかわからずにいると封魔の声が聞こえてきた。
「……本来なら俺の仕事はお前達を連れ戻すことで、後は研究員達に任せることになっていたんだが、こうなったら仕方ないな」
気付くと、背後にいた筈の封魔の姿はいつの間にか、巨大水晶の前にある。
彼は自分の力を解放している状態のようで、高まっている力がその身体を包んでいた。
「これを壊さない限り、退くつもりがないというなら、壊すまでのことだ」
そう言った封魔が巨大水晶に手を向ける。
「なっ?!やめろ!」
封魔の言葉に魔神族のスパイだった男が声を上げたが、その間にも封魔の力は高まっていく。
「くそっ、こうなったら!」
(あれは……)
その時、男が懐から何かを取り出す。
それは小さな水晶のようで、男はそのまま掲げる。
「せっかく奪った力をすぐに使ってしまうのはもったいないが、これからの我等の目的の為ならば仕方ない。……消し飛べ!」
その言葉と同時に手にしている水晶が光り、連動するように光った巨大水晶から、膨大なエネルギーが放たれるのがわかった。
その瞬間、避けようとしたのだろう封魔が足に力を入れたのがわかったが、一度振り返った彼は避けるのをやめたらしく、溜めていた力を迫ってくるエネルギーに向けて放った。
「はあああっ!!」
封魔と水晶からのエネルギーがぶつかり合い、その余波で暴風が吹き荒れる。
「っ……!!」
巨大水晶から放たれるエネルギーの勢いに押されたのか、封魔の身体が数メートル後退した所で踏み止まる。
莫大なエネルギーに耐えるように肩幅以上に開かれた足は地を強く踏みしめていて、エネルギーを放っている右手には左手を添えているのがわかった。
「はは、闘神といえども、病み上がりのうえ、一人だけ。何十人もの神族達の力を溜め込んだ水晶の力にいつまで耐えられるかな?……はははははは!」
そう笑うスパイの男に、余裕がないのか封魔が言い返すことはない。
神蘭のいる位置からは彼の表情は見えないが、それでも時折苦しげな声は聞こえてきた。
『父さんの上司はな、部下思いのとても優しい人だよ』
『そいつはな、仲間を見捨てて、一人逃げ出したのさ』
『過程はどうであれ、結果的には仲間を見捨ててきたことに変わりはない』
かつての父と魔神族の男が言った言葉、話を聞きに言った時の封魔の言葉を再び思い出す。
(一体、何が本当のことなの?私は、誰の言葉を信じればいいの?)
今の封魔を見ていれば、彼が何の理由もなく、見捨てていくようには思えない。
だが、それなら何故何も話そうとしないのか、皆の誤解を解こうとしないのか、わからないことだらけだった。
4
「……うぅっ、ぐぅっ……!」
やや押され気味な封魔の様子を見て、神蘭は今の状況を変える何かがないかと辺りを見回す。
そして目に入ったのは、スパイとして軍に入っていた男の持つ小さな水晶だった。
(あれを奪えば、もしかしたら)
そう思って、男の様子を窺う。
男は封魔の様子を愉しげに見ていて、神蘭達のことなど気にも止めていないようだった。
(よし!一か八かだけどやるしかない!)
そう思って気付かれないように動き出す。
その間にも男は封魔に攻撃を加え続けていて、神蘭は自分のことに男が気付いていないことを確認すると、残りの距離を一気に詰めた。
「!!……何をする?離せ!!」
「っ……!」
振り払おうとしてくる男に、神蘭も負けじと水晶を奪おうと手を伸ばす。
「このっ……、離せ!邪魔するな!」
「うっ!」
腹に蹴りを入れられ、崩れ落ちそうになるのを何とか堪える。
そのまま揉み合いになったが、なかなか奪うことが出来ない。
チラリと封魔の方に視線を動かせば、彼は膝をついていて限界が近いのだと感じ、焦りが出てくる。
「そのまま抑えていろ!」
何とか男の腕を捕らえた時、星夜の声がした。
「ぐっ!」
次いで飛んできた短剣が男の手から水晶を弾き飛ばす。
「しまっ……」
それに声を上げた男が神蘭を乱暴に振り払ったが、男が回収するより先に楓が水晶を剣で貫き、粉々に砕け散った。
(よし!これで……)
男が持っていた水晶が割れたのを確認し、エネルギーを放っていた巨大水晶を見ると、先程に比べてもエネルギー量は格段に減っていた。
「うおおおお!」
その時、力を振り絞るように封魔が吼え、水晶からのエネルギーを一気に押し返すと、巨大水晶を周りの蔓ごと消し飛ばした。
「あ、ああ……」
それを見て、スパイだった男が絶望的な声を上げ、その場にがくりと膝をつく。
そんな男を拘束しようと近付く兵達を見ていると、鈴麗達が駆け寄ってきた。
「神蘭、大丈夫?」
「いきなり一人で動き出すから驚いたぞ」
「あはは……、ごめんね」
鈴麗と白夜に苦笑しながらそう返す。
その時、膝をついたまま息を整えていた封魔がふらりと立ち上がるのが見えた。
それに気付いた兵士達の間にも緊張がはしるのがわかる。
「封魔様、今回のことは……」
「……これで気が済んだだろ?戻るぞ」
封魔が何か言う前に口を開いた星夜だったが、それは遮られる。
踵を返した封魔は、それ以上何も言わなければ弁明を聞く気もないようだった。
特に何も言わない封魔について、本部前まで戻ってくる。
何とか無事に戻ってこれたことに安堵した時、不意に封魔の身体がふらついたのがわかった。
(あっ……)
「おっと……」
そのまま倒れこみそうになったのを現れた男性が受け止める。
その男性は軍服の上から白衣を着ていて、研究員か医者のどちらかのようだった。
「やれやれ……、随分消耗したみたいですねぇ。……ふむ、やはりやるしかないかな。……おい!」
一人言のように呟いた男性が声を上げる。
すると、更に何処からか研究員らしい数人が現れた。
「待て!何処に連れていくつもりだ!?」
研究員達が封魔を連れていこうとするのを見て、星夜が声を上げる。
「何処へって、決まってるじゃないですか?我々の研究室ですよ」
「……研究室?普通は怪我人とか衰弱してる場合、治療班に行くんじゃないのか?」
疑問を感じたらしい龍牙が小声で言うのに、神蘭も内心で頷く。
「……どうして、あなた達研究班が?治療班はどうしたの?」
「どうしてもこうしても、総長の指示ですよ。……それでは我々は忙しいのでこれで」
神蘭達と同じように疑問を感じたらしい楓にそう返すと、研究員達は封魔をそのまま連れていってしまった。