第1章
1
神帝が治める神界
その世界にある一つの町
「やあああ!」
広場となっている場所で、十五歳前後に見える少女が歳上に見える少年に木刀で斬りかかっていく。
「はっ!」
それに対して、少年も木刀を振り下ろされた木刀を受け止め、振り払う。
「きゃあああ!」
それで少女は吹っ飛ばされ、背から地へ落ちる。
「っ!!」
少女が身を起こした時には、目の前に木刀が突きつけられていた。
「そこまで!神蘭、お前の負けだ」
二人の試合を見ていた男がそこで声を上げる。
それと同時に、神蘭と呼ばれた少女に少年が手を差し出した。
「大丈夫か?神蘭」
「……」
その手をとらず、自力で立ち上がった神蘭に、少年は苦笑する。
「ははは、まだまだ月夜には敵わないな」
そんな二人の様子を見ていた男にも言われ、神蘭は面白くなさそうな表情で立ち去った。
「はぁ……」
「どうしたの?神蘭、溜め息なんかついて……」
重々しい溜め息をついた神蘭に茶を置き、女性が話し掛ける。
「今日も、月夜に負けたの」
「月夜くんに?」
「……うん」
頷いた神蘭に、女性はクスクスと笑う。
「母様?」
「ふふ、ごめんなさいね。でも、仕方ないわ。月夜くんは軍の中でも実力者。まだまだ成長途中で、将来は闘神になれるかもしれないと皆が言ってるそうだから」
「それでも一太刀も入れられないなんて、私も軍の養成所に入ろうかな」
そう呟いた神蘭に、母は少し困った表情をしていた。
「……駄目だ」
「どうして!?」
軍の養成所に入りたいと言った神蘭に、父が反対の声を上げる。
「どうして駄目なの!?理由は?」
「……神蘭、軍という場所はそんな甘い場所ではない。有事にはそれこそ命のやり取りになる。……女が進んでなるようなものではない」
「でも!全く女の人がいないわけじゃない。それに、今の闘神にも、女の人が三人……」
「神蘭!!」
怒鳴るような大声に、神蘭は肩を跳ねさせた。
「……とにかく、駄目なものは駄目だ。この話はもう終わりだ」
そう言うと、父は席を立ってしまった。
2
「……」
父に養成所行きを反対されてから数日、神蘭は夜遅く家を抜け出していた。
(どうして、父様は反対するの?私だって、強くなって父様の役にたちたい)
そう思いながら木刀を素振りしていると、ふと何かが焼けるような焦げ臭い臭いがした。
「この臭いは……」
呟いて辺りを見回し、町の入り口の方が紅く染まっているように見え、神蘭は走り出した。
「!!」
入り口の方へ来て、神蘭は足を止める。
そこには仮面やフードで顔を隠した者が数人いた。
「誰だ!?」
「そっちこそ、何者?」
神蘭に気付いた者達の前に、神蘭は立ち塞がり聞き返す。
その間にも、背に冷たい汗が流れるのがわかった。
得体のしれない者達を前に、身体が上手く動かせない。
それどころか、下手に動けば、自分が殺されるような気がしてならなかった。
「神蘭!!」
その時、聞こえてきた声に神蘭はほっと息をついた。
振り返ると、武器を手に此方へ来る父の姿が見える。
「お前達、何者だ!?此処に何しに来た!?」
神蘭を背に隠した父が問い掛ける。
その時、仮面で顔を隠した者の一人がくくっと笑った。
そして、他の者達を下げるような仕草をして一歩前に出る。
「……これはこれは、部隊長。こんばんは」
「!!」
「その声っ!!」
聞こえてきた声は、神蘭も知っているものだった。
「お前、月夜か!?」
「……正解」
信じられないと目を見開いた神蘭と父の前で、仮面が外される。
仮面を外した月夜は冷たい瞳をしていて、そのままニヤリと笑うと剣を引き抜いた。
「さぁ、一戦お相手願えますか、部隊長。最初で最後の殺しあいを始めましょう」
「私に勝てると?」
「勝てるから言ってるんです。俺の本当の実力、見せてあげますよ」
「面白い。なら、私はこんなことをした部下の再教育をしてやろう」
言ったかと思うと二人の姿は消え、中間辺りで二本の剣が激しく切り結んだ。
3
(そんな、そんな……)
どのくらい時間が経ったのか、神蘭は信じられない思いで目の前の状況を見ていた。
目の前では傷だらけの父が倒れ、それを無傷の月夜が見下ろしている。
(嘘だ、こんなの……)
「さぁ、とどめだ!」
「!!やめて!」
呆然としていたものの聞こえてきた声に駆け出し、割って入る。
「もうやめて!これ以上……」
「……神蘭、駄目だ……逃げろ……」
後ろから父の声がしたが、構わず月夜を睨んだ。
「どうして、こんなことを……」
「そうだな。最後に教えてやるよ。俺はスパイだったんだ。あの方の為のな」
「あの方?」
「……そこまで教える必要はないな。お前達は親子揃って、此処で死ぬんだからな」
言って月夜が剣を振り上げる。
「……スパイか。なら、手加減する必要はないな」
「何っ?!」
その時、聞き慣れない声がして、金属音と共に月夜の姿が消える。
「大丈夫?」
「えっ?」
かと思うと、神蘭は一人の女性に顔を覗きこまれていた。
「怪我はない?」
「は、はい。それより、何が?月夜は?」
「あそこよ」
言って、女性が少し離れた場所を指す。
その先を見ると、先程まで余裕そうな表情を浮かべていた月夜が今は必死の形相で、神蘭と同じ年くらいに見える少年とつばぜり合いをしていた。
その少年の表情は見えないが、それでも二人の力の差はわかる。
(あの人、強い。それもかなりの実力者)
険しい表情で剣を両手で握り、全力で押し返そうとしている月夜に対し、少年は片手でそれに対抗している。
「ぐぅっ、このっ!」
「はああっ」
呻いた月夜が更に体重を掛けて押し返そうとした時、少年の鋭い声と共に無防備になっていた月夜の腹へと、少年のもう片方の手が叩き込まれ、月夜は大きく吹き飛んだ。
「がはっ!」
「月夜様!」
地へと身体を叩き付けた月夜に、仮面とフードの者達が駆け寄っていく。
「くそ、ここは撤退だ!」
そう言った一人が地面に丸い球を叩き付け、そこから煙が吹き出し、少年が顔を庇う。
少しして煙がおさまった時には、月夜達の姿はなかった。
4
「ちっ、逃がしたか」
剣を納めた少年が神蘭達の方へ近付いてくる。
それを神蘭は茫然と見ていたが、聞こえてきた呻き声に我に返った。
「しっかりしなさい!」
「父様!」
声を掛けている女性の隣から呼び掛けると、父はうっすらと目を開く。
「神……蘭、よかった……、無事だったか……」
「父様……」
そして安心したように笑うと、父は少年と女性を見た。
「怜羅様、封魔様も、来てくださり、ありがとうございました」
「……いや、俺達は間に合わなかった。あいつらも逃がしてしまったし、すまなかったな」
「いえ、お二人が来なかったら、神蘭も無事ではすまなかったでしょう。……神蘭」
呼ばれて、父の顔を覗きこむ。
「母さんを頼むぞ。……封魔様、もし一部下の願いを聞いていただけるなら、お願いがございます」
「……何だ?」
「どうか、神蘭を守って下さい。月夜から、その後ろにいる者達からも」
「……わかった」
「封魔!勝手に……」
「長い間、半分近くも年下の俺によく仕えてくれた部下への礼と、命を救えなかったことへの償いだ。……文句は言わせない!」
言い切った封魔に、怜羅は溜め息をついた。
「ありがとうございます。……これで、もうお前は大丈夫だな……、神蘭」
「父様!」
「お前は、軍に入ることはない。……ただ、母さんを支えて、幸せに暮らしてほしい。それが……私の、最後の願いだ……」
そこまで言った父から力が抜けていくのがわかり、ゆっくりと目が閉じていく。
「父様?……父様!!」
解離の始まるその身体を慌てて抱き締める。
最後に見た表情は満足そうな安心したような笑みを浮かべていて、神蘭の腕の中で消えていく。
「いやあああ!!」
腕の中で父が消え、神蘭はただ声を上げて泣いた。
5
数ヶ月後、神蘭は荷物を片手に母と話していた。
「本当に行くの?」
「……うん」
「お父さんは、最後まで望んでいなかった。寧ろ、軍に入らないことを願っていたのよ」
その言葉に神蘭は僅かに目を伏せる。
「それでも、やっぱり許せないの。月夜のこと」
今でも父を失った夜のことは思い出せる。
今は月夜に対しては憎しみしかない。
「それに」
そして次に、父が封魔に自分のことを頼んでいたことを思い出した。
「父様は私のことを上司の闘神に頼んでいたけど、私は私のことを任せるつもりはないわ」
「神蘭……」
「だって、あの人達がもっと早く来ていたら、きっと父様も助かってた。どうして遅かったのか理由はわからないけど、父様を助けられなかった人を信用出来ない」
母が悲しげな表情をする。それでも止められなかった。
「私は、必ず強くなる。今よりもっと、もっと。……そして、いつか必ず……この手で月夜を討つ。私自身の身だって、守り抜いてみせる!」
(だから見ていて、父様!)
そう言い切ると、神蘭は母に背を向け、振り向くことなく歩き始めた。
神帝が治める神界
その世界にある一つの町
「やあああ!」
広場となっている場所で、十五歳前後に見える少女が歳上に見える少年に木刀で斬りかかっていく。
「はっ!」
それに対して、少年も木刀を振り下ろされた木刀を受け止め、振り払う。
「きゃあああ!」
それで少女は吹っ飛ばされ、背から地へ落ちる。
「っ!!」
少女が身を起こした時には、目の前に木刀が突きつけられていた。
「そこまで!神蘭、お前の負けだ」
二人の試合を見ていた男がそこで声を上げる。
それと同時に、神蘭と呼ばれた少女に少年が手を差し出した。
「大丈夫か?神蘭」
「……」
その手をとらず、自力で立ち上がった神蘭に、少年は苦笑する。
「ははは、まだまだ月夜には敵わないな」
そんな二人の様子を見ていた男にも言われ、神蘭は面白くなさそうな表情で立ち去った。
「はぁ……」
「どうしたの?神蘭、溜め息なんかついて……」
重々しい溜め息をついた神蘭に茶を置き、女性が話し掛ける。
「今日も、月夜に負けたの」
「月夜くんに?」
「……うん」
頷いた神蘭に、女性はクスクスと笑う。
「母様?」
「ふふ、ごめんなさいね。でも、仕方ないわ。月夜くんは軍の中でも実力者。まだまだ成長途中で、将来は闘神になれるかもしれないと皆が言ってるそうだから」
「それでも一太刀も入れられないなんて、私も軍の養成所に入ろうかな」
そう呟いた神蘭に、母は少し困った表情をしていた。
「……駄目だ」
「どうして!?」
軍の養成所に入りたいと言った神蘭に、父が反対の声を上げる。
「どうして駄目なの!?理由は?」
「……神蘭、軍という場所はそんな甘い場所ではない。有事にはそれこそ命のやり取りになる。……女が進んでなるようなものではない」
「でも!全く女の人がいないわけじゃない。それに、今の闘神にも、女の人が三人……」
「神蘭!!」
怒鳴るような大声に、神蘭は肩を跳ねさせた。
「……とにかく、駄目なものは駄目だ。この話はもう終わりだ」
そう言うと、父は席を立ってしまった。
2
「……」
父に養成所行きを反対されてから数日、神蘭は夜遅く家を抜け出していた。
(どうして、父様は反対するの?私だって、強くなって父様の役にたちたい)
そう思いながら木刀を素振りしていると、ふと何かが焼けるような焦げ臭い臭いがした。
「この臭いは……」
呟いて辺りを見回し、町の入り口の方が紅く染まっているように見え、神蘭は走り出した。
「!!」
入り口の方へ来て、神蘭は足を止める。
そこには仮面やフードで顔を隠した者が数人いた。
「誰だ!?」
「そっちこそ、何者?」
神蘭に気付いた者達の前に、神蘭は立ち塞がり聞き返す。
その間にも、背に冷たい汗が流れるのがわかった。
得体のしれない者達を前に、身体が上手く動かせない。
それどころか、下手に動けば、自分が殺されるような気がしてならなかった。
「神蘭!!」
その時、聞こえてきた声に神蘭はほっと息をついた。
振り返ると、武器を手に此方へ来る父の姿が見える。
「お前達、何者だ!?此処に何しに来た!?」
神蘭を背に隠した父が問い掛ける。
その時、仮面で顔を隠した者の一人がくくっと笑った。
そして、他の者達を下げるような仕草をして一歩前に出る。
「……これはこれは、部隊長。こんばんは」
「!!」
「その声っ!!」
聞こえてきた声は、神蘭も知っているものだった。
「お前、月夜か!?」
「……正解」
信じられないと目を見開いた神蘭と父の前で、仮面が外される。
仮面を外した月夜は冷たい瞳をしていて、そのままニヤリと笑うと剣を引き抜いた。
「さぁ、一戦お相手願えますか、部隊長。最初で最後の殺しあいを始めましょう」
「私に勝てると?」
「勝てるから言ってるんです。俺の本当の実力、見せてあげますよ」
「面白い。なら、私はこんなことをした部下の再教育をしてやろう」
言ったかと思うと二人の姿は消え、中間辺りで二本の剣が激しく切り結んだ。
3
(そんな、そんな……)
どのくらい時間が経ったのか、神蘭は信じられない思いで目の前の状況を見ていた。
目の前では傷だらけの父が倒れ、それを無傷の月夜が見下ろしている。
(嘘だ、こんなの……)
「さぁ、とどめだ!」
「!!やめて!」
呆然としていたものの聞こえてきた声に駆け出し、割って入る。
「もうやめて!これ以上……」
「……神蘭、駄目だ……逃げろ……」
後ろから父の声がしたが、構わず月夜を睨んだ。
「どうして、こんなことを……」
「そうだな。最後に教えてやるよ。俺はスパイだったんだ。あの方の為のな」
「あの方?」
「……そこまで教える必要はないな。お前達は親子揃って、此処で死ぬんだからな」
言って月夜が剣を振り上げる。
「……スパイか。なら、手加減する必要はないな」
「何っ?!」
その時、聞き慣れない声がして、金属音と共に月夜の姿が消える。
「大丈夫?」
「えっ?」
かと思うと、神蘭は一人の女性に顔を覗きこまれていた。
「怪我はない?」
「は、はい。それより、何が?月夜は?」
「あそこよ」
言って、女性が少し離れた場所を指す。
その先を見ると、先程まで余裕そうな表情を浮かべていた月夜が今は必死の形相で、神蘭と同じ年くらいに見える少年とつばぜり合いをしていた。
その少年の表情は見えないが、それでも二人の力の差はわかる。
(あの人、強い。それもかなりの実力者)
険しい表情で剣を両手で握り、全力で押し返そうとしている月夜に対し、少年は片手でそれに対抗している。
「ぐぅっ、このっ!」
「はああっ」
呻いた月夜が更に体重を掛けて押し返そうとした時、少年の鋭い声と共に無防備になっていた月夜の腹へと、少年のもう片方の手が叩き込まれ、月夜は大きく吹き飛んだ。
「がはっ!」
「月夜様!」
地へと身体を叩き付けた月夜に、仮面とフードの者達が駆け寄っていく。
「くそ、ここは撤退だ!」
そう言った一人が地面に丸い球を叩き付け、そこから煙が吹き出し、少年が顔を庇う。
少しして煙がおさまった時には、月夜達の姿はなかった。
4
「ちっ、逃がしたか」
剣を納めた少年が神蘭達の方へ近付いてくる。
それを神蘭は茫然と見ていたが、聞こえてきた呻き声に我に返った。
「しっかりしなさい!」
「父様!」
声を掛けている女性の隣から呼び掛けると、父はうっすらと目を開く。
「神……蘭、よかった……、無事だったか……」
「父様……」
そして安心したように笑うと、父は少年と女性を見た。
「怜羅様、封魔様も、来てくださり、ありがとうございました」
「……いや、俺達は間に合わなかった。あいつらも逃がしてしまったし、すまなかったな」
「いえ、お二人が来なかったら、神蘭も無事ではすまなかったでしょう。……神蘭」
呼ばれて、父の顔を覗きこむ。
「母さんを頼むぞ。……封魔様、もし一部下の願いを聞いていただけるなら、お願いがございます」
「……何だ?」
「どうか、神蘭を守って下さい。月夜から、その後ろにいる者達からも」
「……わかった」
「封魔!勝手に……」
「長い間、半分近くも年下の俺によく仕えてくれた部下への礼と、命を救えなかったことへの償いだ。……文句は言わせない!」
言い切った封魔に、怜羅は溜め息をついた。
「ありがとうございます。……これで、もうお前は大丈夫だな……、神蘭」
「父様!」
「お前は、軍に入ることはない。……ただ、母さんを支えて、幸せに暮らしてほしい。それが……私の、最後の願いだ……」
そこまで言った父から力が抜けていくのがわかり、ゆっくりと目が閉じていく。
「父様?……父様!!」
解離の始まるその身体を慌てて抱き締める。
最後に見た表情は満足そうな安心したような笑みを浮かべていて、神蘭の腕の中で消えていく。
「いやあああ!!」
腕の中で父が消え、神蘭はただ声を上げて泣いた。
5
数ヶ月後、神蘭は荷物を片手に母と話していた。
「本当に行くの?」
「……うん」
「お父さんは、最後まで望んでいなかった。寧ろ、軍に入らないことを願っていたのよ」
その言葉に神蘭は僅かに目を伏せる。
「それでも、やっぱり許せないの。月夜のこと」
今でも父を失った夜のことは思い出せる。
今は月夜に対しては憎しみしかない。
「それに」
そして次に、父が封魔に自分のことを頼んでいたことを思い出した。
「父様は私のことを上司の闘神に頼んでいたけど、私は私のことを任せるつもりはないわ」
「神蘭……」
「だって、あの人達がもっと早く来ていたら、きっと父様も助かってた。どうして遅かったのか理由はわからないけど、父様を助けられなかった人を信用出来ない」
母が悲しげな表情をする。それでも止められなかった。
「私は、必ず強くなる。今よりもっと、もっと。……そして、いつか必ず……この手で月夜を討つ。私自身の身だって、守り抜いてみせる!」
(だから見ていて、父様!)
そう言い切ると、神蘭は母に背を向け、振り向くことなく歩き始めた。
1/6ページ