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広がる戦火

1
「……?」
少し意識が回復してきて、花音はぼんやりと目を開ける。
すると、目に入ったのは天井で、自分がベッドに寝かされているのに気付いた。
「ピ?ピィ、ピイィ!」
枕元にいた白亜が、花音が気が付いたことを教えるように鳴き声を上げる。
するとすぐに扉を開ける音がして、見たことのない男性が入ってきた。
「よかった。気がつきましたか」
「あの、えっと」
「ああ、失礼。私は軍医です。少し診察してもよろしいですか」
その言葉に頷くと、軍医だと名乗った男性は花音の近くに来た。
「まだ熱はありますね。身体の痛みは?」
「……今は、大丈夫です」
「そうですか。痛みに関しては、薬が効いているのかもしれませんね」
カルテのようなものに書き込みながら、軍医の男性が言う。
「あの、私、一体どうなったんですか?痛みはないんですけど、身体が凄く怠くて、息苦しいっていうか……」
「そうですね。それに関しては、皆さんも含めて説明しましょう。少し待っていてくださいね」
そう言って、男性は一度出ていったが、すぐに戻ってくる。
戻ってきた男性は、車椅子を押してきていて、一体何を説明されるのかと不安になった。
軍医の男性に車椅子を押してもらい、花音が神界軍本部に入ると、中にいた全員が一斉に見てくる。

それに思わずたじろぐと、その中から小さな影が三つ飛び出してくる。
「花音ちゃん!」
「花音!」
「花音お姉ちゃん!」
「わわっ!?」
抱き付いてきた風華、紅牙、蒼牙に驚くが、それと同時に三人の目に涙があるのが見え、本当に心配をかけてしまったのだと申し訳なく思った。
「……それで、もう大丈夫なの?」
「そのことで話があるので、集まってもらったんです」
そう言うと、軍医の男性は紙の束を取り出した。
「まずは、短剣についての報告なのですが、魔界にある毒が検出されました」
「毒?」
「はい。その成分を調べたところ、我々神族にとってかなり有効なものであることが判明しました。おそらくこの毒を使って、聖羅様の力を封じようとしたのでしょう。毒を受ければ、その影響で動くこともままならなくなるでしょうから」
言って、軍医の男性は花音を見た。
「どうだい?君は力が使えるかい?」
言われて花音は力を使おうと集中したが、その時身体中に痛みが走って、息を詰めた。
「姉上!?」
「どうやら、神族だけでなく、それに近い力を持つ光の一族にも効果はあるみたいですね」
「ふむ。成る程、それでは聖羅様が斬りつけられていたとしたら、そうなっていたのは聖羅様だったというわけか」
話を聞いていた総長が言う。
「ですが、聖羅様が無事で何よりですよ。聖羅様が勝手に抜け出したことは褒められるものではありませんが、何事もなく……」
「ちょっと、何もなかった訳じゃないでしょ?」
「琴音ちゃん!いいよ……」
副総長の言葉に、琴音が声を上げたのを見て、花音は慌ててそれを止めた。
「でも!」
「私も今の言い方はあんまりだと思う。私が油断していたのが悪いんだし」
聖羅が言い、総長と副総長を少し咎めるように見た後で軍医の方へ視線を移す。
「それでその毒に効く薬とかはないの?」
「そうですね。……ない訳ではありませんが、今の状況では手に入れるのは難しいかと」
「何故、そう思うんだ?」
「毒が魔界のものなら、治療薬も魔界ということですよ」
問い掛けた空夜に軍医はそう答えた。
「魔界、か……」
それまで黙っていた神蘭が呟いて、封魔達を見る。
「確かに、今の状況だと少し難しいかもな」
「そうね。向こうに行けば、此方が手薄になってしまうし」
「まあ、それ以前に……」
言いながら、封魔が総長と副総長の方を見る。
「許可が下りないだろうな」
封魔の後を引き継ぐように龍牙が言う。
「ふん、当たり前だ」
「今はそんなことに構っている状況ではないでしょうからね」
そう言うと、総長と副総長は出ていってしまった。
2
「はぁ……」
総長と副総長が出ていってから、思わず溜め息をつく。
(何だろ?薬がきれてきたのかな?さっきより、身体が……)
痛みが増し、息苦しさの増してきた身体に、車椅子の背もたれに寄り掛かる。
「姉上?」
「気分悪いの?」
「ううん……、大丈夫だよ……」
「って言っても、さっきより具合悪そうだけど?」
美咲に聞かれ答えたものの、紫姫にすぐそう返され、苦笑した。
「本当、大丈夫だよ」
「だから、そう見えないんだって」
花音が繰り返すと、溜め息混じりに琴音が言った。
「とりあえず、また薬を……」
「いや、いい」
「はい?」
軍医の言葉を光輝が遮る。
「どうせ一時的に症状を抑える為だけの薬だろ?それなら、必要ない」
「そうだな。そんなのただの気休めにしかならないんだろ」
「ちょ、二人共!」
光輝と夜天の言葉に、花音は声を上げる。
すると、聖羅がすまなそうな表情をした。
「神蘭、やっぱり魔界に行って……」
「それは駄目だと言われたはずですよ」
「でも……」
「花音、すまないが今はある薬で我慢してもらえないか?少しでも状況がよくなったら、私達が必ず薬を取ってくる。だから」
「今は我慢してろってか?」
神蘭を遮り、空夜が言う。
「……俺達は偉いこと言える立場ではないが、それはあんまりじゃないのか?」
「そもそも、花音がこんな状態になってるのは、そっちの過失だろ?」
「それについては、謝罪する。だが」
「俺達にとっては今は聖羅様のこと、魔界とのことが優先事項だ」
影牙と紫影に、封魔と龍牙がそう返してくる。
その言葉に、光輝達が苛立ったのが表情でわかった。
「はいはい、ストップ!そこまでよ」
悪くなった雰囲気を打ち消すように手を叩きながら、神麗が声を上げる。
「その薬の件、全く当てがないわけじゃないわよ」
「えっ?」
「本当か!?」
「ええ。……私達が無理なら、彼等に取ってきてもらえばいいのよ」
凍矢に答えて、神麗はフフっと笑う。
「彼等って、まさか……」
「ふふ、木を隠すのが森の中なら、魔族を隠すなら魔族の中よ。彼等なら、私達より簡単に魔界に入り込めるはず」
神麗の言う人物達がすぐに思い浮かんだらしい星夢に、そう付け加える。
「まぁ、それでも二~三日は掛かるでしょうから、その間は我慢してもらって、あとは……」
言いながら、神蘭達を見る。
「蘭ちゃん達には、少し情報操作をしてもらいましょうか。二~三日の間に最上級魔族の反応があっても、軍が動かないようにね」
そう言う神麗に、神蘭達は顔を見合わせていた。
3
三日後。特に襲撃のようなこともなく、花音は与えられている部屋で横になっていた。
短剣についていた毒は段々効果が強まるものだったのか、それとも軍医から貰っている薬が効かなくなってきているのかはわからないが、今は起きているだけでも辛かった。
(こんな風に寝てる場合じゃないのに……)
聖羅を庇ったことは後悔していない。
だが、皆に心配をかけていること、光輝達と神蘭達の間の雰囲気を悪くしてしまっていることを思うと、自分の今の状況が情けなくて涙が出そうだった。
その時、ずっと花音の傍にいた白亜が不意に窓の方を見る。
そこでは室内だというのに、風が渦を巻いていた。
花音と白亜の視線の先で、風の渦は段々とおさまっていく。
それが完全におさまった時、そこに立っていたのは神界に連れて来られる時別れた風夜だった。
「ピィ、ピイイイ!」
待っていたというように彼の方へ飛んでいった白亜が、服の裾をくわえて引っ張り、花音の方へ連れてこようとする。
それに苦笑しながらも、風夜は近付いてきた。
「魔界の毒を受けたんだってな」
「うん。……やっぱり、慣れないことはしないほうがよかったかも」
「だろうな」
「あはは」
肯定されて、花音が弱々しく笑うと、風夜は懐から瓶を一つ取り出した。
風夜が取り出した瓶の中には、何とも言えないような色をした液体が入っていた。
「そ、それって……」
「神麗から言われて、取ってきた薬草を煎じたものだ」
「や、やっぱり……」
それが自分の為のものだと知り、花音は苦笑する。
「ほら、折角取ってきたんだ。早く飲めよ」
「う、うん」
促され、戸惑いながら受け取る。
蓋を開けると、強烈な臭いがして飲むのを躊躇したが、それでも覚悟を決めると一気に飲み干した。
「うぅ……、まずっ……」
飲み終えたところで、そう呟く。
「まぁ、良薬口に苦しって言うだろ。少し経てば効き目が出てくるはずだ。それまで休んでろ」
「うん。……風夜は?」
薬の副作用なのか、段々眠くなってくる。
それでもまだ話していたい気持ちもあって、そう聞いた。
「ああ、お前が目を覚ますまではいるさ。ちゃんと薬が効いたかも確かめないといけないしな」
その言葉を聞き、眠気に勝てなかった花音はゆっくりと目を閉じた。

どのくらい眠ったのか、花音が目を開けた時には部屋の中は薄暗くなっていた。
「どうだ?気分は?」
目は開けていたものの、ぼんやりとしていた花音は、風夜の声に慌てて起き上がる。
「私、どのくらい眠ってたの?」
「そうだな。俺が来たのが10時くらいだから」
そう言った風夜の視線の先にある時計は【16:30】を表している。
(ろ、六時間半も……)
「で、気分はどうなんだ?」
眠っていた時間の長さに驚いていると、もう一度聞き直された。
「……うん。もう大丈夫みたい」
目が覚めてから、身体の痛みや怠さは消えている。
手に力を集めれば、光球も作れた為、薬が効いたようだった。
「そうだ!風夜の方こそ、大丈夫だった!?」
「ん?」
自分が大丈夫だとわかると、魔族になってしまった風夜が長時間いることが危険だということを思い出す。
「だって、私が起きるまで此処にいたんでしょ?なら……」
「ああ、それなら」
「……この部屋には、結界が張ってある。そいつが部屋から出なければ、ばれることがないようにな」
風夜の後を引き継ぐように、声がする。
その声に花音が視線を動かすと、いつの間にか部屋の扉に寄り掛かっている封魔の姿があった。
「とはいえ、そろそろ限界だ。色々理由をつけて、誤魔化してはいるがな」
「だろうな」
呟いて、風夜は座っていた椅子から立ち上がる。
「もう大丈夫みたいだしな。俺は、そろそろ戻るぞ」
「あ、うん。……ありがとう」
花音が言うと、風夜はフッと笑った。
そして姿を消そうとして、何かを思い出したように封魔を見る。
「そうだ。この際だから、言っておくか」
「ん?」
「何?どうしたの?」
花音と封魔が聞き返すと、風夜が話し始めた。
「薬を取りに魔界へ行った時、少し探ってきたんだが、妙な動きがあった」
「妙な動き?具体的には?」
封魔が目を細める。
「それはまだ探れていない。あくまでも目的は、薬の入手だったしな。ただ、他にも幾つか気になることが出来た。だから、しばらくは俺達は俺達で動かさせてもらう。……今回のようなことがあっても、しばらくは協力出来ないぞ」
「あ、あはは……」
言外に無謀なことをするなと言われ、苦笑を返す。
「言われなくても、同じ過ちは繰り返さない。この神界に、魔族であるお前達を呼び込むことはもうない」
「だといいがな」
封魔にそう返し、風夜は溜め息をついた。
「とにかくだ。お前もあまり無理はするなよ」
「うん」
続けて言われ、花音は頷く。
「……何かわかったら、黄牙を此方に来させる」
「黄牙くんを?」
「あいつなら、半分は神族だ。俺達よりはいいだろ」
「……まあな」
そうは言ったが、封魔の表情は苦々しい。
「さてと、今度こそ俺は行くぞ」
「うん。今回は本当にありがとう。あと、気を付けてって向こうの皆にも伝えて」
「ああ。じゃあな」
そう言うと、風夜は姿を消した。
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