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目覚める血

1
風夜の暴走騒ぎから一夜明け、光輝達が後始末に追われている間、花音は王が使っていた部屋に来ていた。
「えっと……、これのことかな?」
王の少ない荷物から、古びた一冊の本を取り出す。
表紙に何も書かれていないその本は、王から風夜の血について聞いた時に、もしもの時の為と教えられていたものだった。
(何代か前の王と夫婦になった魔族の女性が、自分の血を強く引き継いでしまった子孫に遺したものだって言ってたけど)
そう思いながら、中を確認しようとした時、部屋の扉が開いた。
「ここにいたのか?」
「紫影くん?」
「お前はいいのか?」
「えっ?」
問い掛けられ、なんのことかわからず首を傾げる。
「風の国の王に別れを告げなくていいのか?」
そう言われ、花音は慌てて部屋を飛び出した。

「ありがとうね、光輝」
街の一角。即席とは思えない立派な墓が建てられるのを見ながら、隣にいる光輝に花音は言う。
「いや、姉上が世話になった人だ。このくらいはしないとな。……本当なら、見知らぬ土地ではなく、自国で眠りたかっただろうが」
言って、疲れたように溜め息をつく。
彼の目の下には薄くだが隈が出来ていて、騒ぎの後始末の為、休めていないのがわかった。
「大丈夫?少し休んだ方がいいんじゃない?」
「いや、まだやることがあるんだ。あの大勢の兵士達もどうにかしないとだしな」
そこまで言って、光輝は王の墓を前に動かないでいる空夜と風華に視線をやる。
「俺は先に戻るから、姉上はあの二人と戻ってくればいいさ」
「……うん」
踵を返し、光輝が去っていく。花音は彼を見送ると、二人の所へ足を向けた。
「……花音か」
二人の所へ辿り着く前に気配で気付いたのか、空夜が振り返る。
その目は泣いたのか、少し赤い。
「まさか、こんなことになるとはな」
呟いて、傍で肩を震わせている風華を見る。
「……風華もずっとこんな調子だ」
「仕方ないよ」
空夜にそう返す。
花音ですら、まだ気持ちの整理が出来ていないのだから、血の繋がりがある二人が、ましてまだ幼い風華が王の死を受け入れるのには、時間が掛かるだろう。
そう思った時、後で二つの足音が止まったのに気付いて振り返る。
そこにいたのは、雷牙と風夜だった。
「風夜、雷牙くん、夜天くんは一緒じゃないの?」
「城に報告に行ってる。光の街の中でのこととはいえ、闇の国の中で起きたことでもあるからな」
「そっか」
花音と雷牙が話している間に、気まずげな表情で風夜が風華と空夜に近付く。
「あのさ、昨日は……」
「……謝る必要はない。昨日のことではっきりとした。……お前は王族に相応しくない。王族に魔族がいるというのは、認めない」
「っ……!」
ばっさりと切り捨てるように言われ、風夜は息を飲む。
それでも気を取り直して、今度は風華に声を掛ける。
「風華、あの……」
「嫌!来ないで!」
肩に触れようとした風夜の手を弾き、風華は空夜の後ろに隠れる。
「怖いよ、空兄様。私、まだ死にたくない 。大丈夫だよ、風華」
怯えて震えている風華と彼女を宥めながら拒絶の目を向ける空夜に、限界とばかりに風夜は背を向けた。
「……あいつも朝から、ずっとあんな感じだよ」
「えっ?」
「俺と夜天以外の奴に謝ってまわってる。昨夜のことは話を聞いただけだから、詳しいことはよくわからないけど、そんなに恐かったのか?」
「…………」
聞かれて、昨夜のことを思い出す。
花音にとっても、その時の風夜が恐くなかったわけではない。
むしろ攻撃され殺されそうになった時は、恐くて仕方がなかった。
「……まあ、恐怖を感じたなら、怯えるのもわかるが、あいつも壊れちまいそうだよ」
答えない花音に、雷牙が言う。
その言葉が頭に残った。

光輝の屋敷へ戻った花音が王の部屋で見付けた本を読んでいると、扉を叩く音がして、凍矢が顔を覗かせた。
「花音、全員応接室へ来いだって」
「何?何かあったの?」
「いや。ただ、朝から何処かに行ってた神蘭達がそう伝えてきてな」
「わかった。今、行くよ」
そう返して、花音は本を置き、部屋を出る。
応接室に着くと、既に城へ戻っていた夜天を含めた全員が揃っていた。
「……揃ったか。……此処に集まってもらったのは、風夜のことだ」
神蘭のその言葉に、部屋の空気が重くなる。
「昨夜の件は、上に報告してきた。その際の話し合いで、当分の間、様子を見ることになった」
「様子を見るだけって、それだけ!?」
「ああ。昨夜のがあくまで暴走だと判断したうえでの判断だ」
「私達も危害を加えない相手には、何も出来ないのよ」
封魔の言葉に、美咲が不満そうな声を上げる。それに白鬼と鈴麗が返し、龍牙が少し言いにくそうに口を開く。
「だが、次はない。もし次に暴走したら、その時は……」
そこで言葉は切られたが、次に続く言葉は言われなくてもわかった。
「っ……、風夜、ちょっと来て!」
一人離れた所に立っていた風夜に近付き、その手を引いて応接室を出る。
後ろから呼び止める声が聞こえてきたが、構わず自室へと風夜を連れていった。
「……何だよ」
「これ、見て!」
風夜の眼前に本を突き付け、ある部分を指す。
「最果ての森?」
「そう。この森にあるゲートを通って、別世界へ行けば、風夜の中にある魔族の血をどうにか出来るかもしれないって」
「……でも、これは何百年も昔に書かれたものだろ?試したことだってないのに」
「それは、今まではその必要がなかったからでしょ?行ってみる価値はあるよ」
「…………」
「行くだけ、行ってみたらどうだ?」
その時、聞こえてきた声に花音と風夜が見ると、光輝の姿があった。
「行ってみろって、お前……」
驚いたように風夜が目を見開いて、近付いてくる光輝を見る。
「姉上も行くんだろ?なら、これを」
花音の前に来た光輝が、今まで彼が所持していた光の宝珠を差し出してくる。
「ありがとう、光輝」
「って、ちょっと待て」
宝珠を受け取り、笑って礼を言っていると、風夜が声を上げた。
「何?」
「ん?」
「俺が行くのはともかく、どうして花音がついてくる前提で話してるんだ?」
「だって、ほっとけないし」
「今のお前を見たら、こう言うのはわかってたしな。……それに、俺もほっとけないんだよ」
後半だけ声が小さくなり、照れ臭そうに光輝が顔を逸らせる。
そんな彼に、花音は思わず笑ってしまった。
「姉上?」
「……何でもないよ。ね、行くだけ行ってみよう」
「だけど、お前、俺と二人で恐くないのか?」
「前にも言ったけど、恐くないよ。言ったでしょ、信じてるって。私は、風夜の味方だから」
「花音……」
その時、光輝がわざとらしく咳払いした。
「とにかく、行くなら早い方がいいんじゃないか?……あんまりのんびりしていると、俺の気が変わるかもしれないぞ」
「そうだね。よし、行こう」
「ああ」
言って、花音と風夜は部屋を出た。
「珍しいな」
花音と風夜が出ていってもまだ部屋の中にいた光輝に、夜天の声が聞こえてくる。
「何だよ」
「いや、あんなことの後じゃ、花音が何を言っても反対するかと」
「……わかるんだよ」
ぼそりと呟いた光輝に、夜天は首を傾げる。
「……一人の辛さや寂しさは、俺もよく知ってるからな」
「……そうか」
光輝の言葉に、夜天はそれだけ返してきた。
最果ての森。
本に書かれていたその森についたのは二日後で、花音と風夜は森の奥にあるゲートの前にいた。
「本に書かれていたのって、これのことだよね」
「みたいだな」
ゲートの先にある世界の情報はない。
それでもここに来たのなら、行くしかなかった。
未知の世界に対する不安もあったが、それを振り払って一歩踏み出す。
そして、二人はゲートの中へ消えていった。
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