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水兵さんと二回目の人生

※人間時代のニズヘ君とエレオノーレのお話。十代前後。当時の性格想像とかあります。


ふと、エレオノーレは静まり返った暗い寒空を見上げた。
冷えた潮風が頬を撫でていく。夜空と溶けた水平線の彼方に星が点々と輝いている。そんな光景を波止場からぼんやりと眺めているだけ。
ただ、エレオノーレの心を埋め尽くしているのは名のない寂しさだった。昔は『いつになったら故郷へ帰れるのだろう』と思い続けていた筈なのに、ニーズヘッグ達と出会ってからは『いつまで此処に居られるのだろう』という思いに変わっていった。
ずっと屋敷にいた。外の世界のことを教えてもらった。屋敷から逃げ出して、勝手に水兵になって、友達が出来て、フレイヤやフレイの様な親友が出来て──ニーズヘッグに恋をした。報われた。

エレオノーレ「……帰りたくない」

ずっと此処に居たい。祖父が母を連れ戻しに来たように、いつか私も連れ戻されるのだろうか。
そんな気持ちが堂々巡りを繰り返す中、ザリ、と靴の裏がコンクリートを擦った音と共に誰かが腰を下ろした。

ニーズヘッグ「えっ、今日の晩飯豪華だぞ?」

エレオノーレ「……ニーズヘッグ、」

聞き慣れた声、見慣れた黒い短髪。胡座をかいて座ったニーズヘッグが呑気なことを口に出す。その呑気さが返ってエレオノーレの心を落ち着かせた。
それなのに、それなのに。

ニーズヘッグ「な、なんで泣くんだ…!?…もしかして俺、来ないほうが良かった、とか」

エレオノーレ「…えっ、ちが、違うの、信じて」

頬を伝うぬくもりはなんだろうか。
一度溢れ出した涙をせき止める事も出来ず、エレオノーレは必死にゴシゴシと目元を擦る。上手く呼吸が出来ない。話せない。
ただ、不器用な手付きながらも一生懸命に背中を撫でてくれる彼が、愛おしくてたまらない。
そんなエレオノーレのの口から、言葉がポツリポツリと零れ落ちていく。今まで誰にも話したことのない、語ったことのない本音が。

エレオノーレ「…私、この国の人じゃないの」

ニーズヘッグ「それ、って…ヴァナヘイム出身じゃないってことか…?」

エレオノーレ「……ずっと、おじいちゃんとお屋敷の中で暮らしてて。召使いの子から外の世界のことを聞いたの。それから、すぐにお屋敷を飛び出してここまで来ちゃった。」

ニーズヘッグ「…あー、親御さんが厳しいとそうなるよな…俺はちょっとわからないけど」

そう言うとニーズヘッグは苦笑してポリポリと頬をかいた。孤児院で育った彼には親の顔すら分からない。ただ、エレオノーレの背負っているものを少しでも軽くしたくて。明るい言葉の羅列を並べてみる。
しかし、そんな言葉とは反対に、エレオノーレは膝に顔を埋めて呟いた。

エレオノーレ「……もしかしたら、連れていかれるかもしれない。私、いつまでここに居られるかわからない」

ニーズヘッグ「…は、」

まるで頭をガツンと殴られた様な感覚だった。連れ去られると、いつまでここにいられるかわからないと、そう告げたエレオノーレの声色は酷く脆く、触れただけで崩れてしまいそうで。
ただただ、気がつけば己の腕の中にエレオノーレを閉じ込めていた。隣に並んでいたあの時は、見る世界も、背の高さも、何もかもが同じだったはずなのに。いつの間にかエレオノーレは自分よりも小さくなっていて。繋いだ掌だって、昔は同じぐらいの大きさだったのに、今ではエレオノーレより大きくなっていた。その手の柔らかさが、小ささが。もうなんとなく分かっていたのに。

──子供なんかじゃない。

────既にニーズヘッグから見たエレオノーレは『1人の女性』になっていた。


エレオノーレ「国の貴族が逃げ出すなんて、きっと一家の大恥なのに…!!でもっ、離縁なんてしたら残されたおじいちゃんは、きっと1人て批難を浴びながら生きていくの…!!それでも、それでもわたしっ、わたしは、」

──私は、ここにいたい──

震える声で叩きつけるように叫ばれたその言葉は、最早悲鳴の様に感じ取れた。お屋敷に軟禁されていたとはいえ、両親の顔すら覚えていないエレオノーレからすれば、たった1人の身内である浪漫。そんな彼を、エレオノーレは1人にする事なんてできない。母を、唯一の娘を誤射で亡くし、父を半ば追い出すような形で和平大使の旅へ送り出した浪漫──祖父を、たった1人批難の下に晒すなんて。
それを経験していないニーズヘッグには、きっと気持ちを汲み取ることなんて無理に等しいけれど───彼女の、エレオノーレの願いを切に叶えてあげたかった。

ニーズヘッグ「っ、じゃあさ、俺がどうにかする!!」

エレオノーレ「………え、」

余りにも幼稚な、意図が汲み取れない言葉にエレオノーレは顔を上げた。反射的に上げた蒼い瞳に、ニーズヘッグの碧の瞳が映る。碧の瞳の中に映るエレオノーレの赤く染まった顔が、余りに間の抜けた表情をしていたけれど。エレオノーレにはそんなことより、ニーズヘッグの頬が赤く染まっていることに気づいてしまった。

ニーズヘッグ「絶対俺がお祖父さんを説得するから!!お前が連れていかれないようにするし、何かあったら守るから!!!!!だから、だから…!!」

ふと、エレオノーレの脳裏に、かつての士官学校のカフェテリアで流れていたドラマが思い浮かぶ。夜の波止場。一組の男女。海の蒼さと対称的な頬の赤み。灯台の光を受けて輝く指輪。
──まるで、プロポーズのようだ、と蕩けた頭で考えた。

ニーズヘッグ「……どうか、俺と────」



フレイヤ「ニーズヘッグ!エレオノーレ!」

突如、ニーズヘッグの言葉を遮ったのは、1人の青年───フレイヤの声だった。

ニーズヘッグ「…フレイヤ!?なんでお前っ、ここに…」

フレイヤ「それは僕の台詞だよ!!!姉さんが料理が冷めるから早くニーズヘッグ達を呼んでこいって怒ってるし……」

エレオノーレ「…あ、そうだった、夕飯まだだったね…」

ニーズヘッグ「……あああああ…フレイヤもフレイも空気読めよ……」

フレイヤ「えっ、僕何かやらかした…???」

恥ずかしかったのか、エレオノーレはニーズヘッグからパッと離れ、ニーズヘッグはどんよりとしたオーラを放ちながらしゃがみこんだ。
ただその場に、訳の分からないといった表情を浮かべたフレイヤが首を傾げていた。






────────────

兵舎へ戻った3人を迎えたのは鬼の形相のフレイだった。フレイはニーズヘッグの姿を見るなり、落ちていたスリッパでペシペシとニーズヘッグを叩き始める。

フレイ「ちょっと!!!あんた達遅すぎよ!?もう料理冷めちゃったじゃないの!!!」

ニーズヘッグ「フレイ、お前もう少し空気読んだ方がいいぞ…」

フレイ「何?私に喧嘩売ってるつもりかしら?」

エレオノーレ「ちょっ、フレイ違うよ!私が外をふらついたから…」

フレイ「そうね、よく考えたらエレオノーレが原因だものね……」

フレイヤ「姉さん!!!これ以上冷めたら勿体ないから!!!!!ね!?」

フレイの怒りの矛先がニーズヘッグからエレオノーレへ移り変わろうとした直後、フレイヤが上手いこと話題を逸らしてくれたお陰でなんとか食卓に着くことができた。
いつものダイニングテーブルの上に、いつもとは違い、少しだけ豪勢な食事が並べられている。戦争中で物資不足なのに何故ここまで豪華なのだろうか、とエレオノーレは首を傾げた。

エレオノーレ「あれ、今日ってなんかあったっけ…?」

フレイヤ「あ、そっか、エレオノーレはいつもこの時期に冬季出撃があるから、今日が初めてなんだっけ?」

冬季出撃。確かに12月の10日前後から30日までは敵国のアースガルズ皇国の長期休暇であるため、戦前の警備が手薄になる。その隙を狙って、エレオノーレ率いるヴァナヘイム海軍のグルヴェイグ隊は奇襲をかけ、大打撃を与えて帰ってくるのだが──

『えっ、グルヴェイグ海軍大佐ってニーズヘッグさんとお付き合いしてるんですよね?』

『それなら俺たちだけで行ってきますよ!!』

そう部下たちに押し切られてしまい、今年は出撃出来なかったのだ。
だから今年初めてエレオノーレはこの3人と冬を過ごすことになる。

フレイヤ「12月20日はニーズヘッグの誕生日なんだよ。僕達4人でお祝いするのは今年が初めてだね」

エレオノーレ「た、誕生日!?!?」

エレオノーレは思わず席を立った。交際相手の誕生日すら知らなかったなんて、と思わず血の気が引いていく。飲み物を運んできたフレイが何かカコン、と蹴飛ばす音が聞こえたが、そんなもの耳に入らなかった。

エレオノーレ「ねぇフレイヤ!!なんで秘密にしてたの!?!?酷い!!!」

フレイヤ「だって僕ちゃんとニーズヘッグに伝えるように言ったよ!?!?」

フレイ「あら、何かしらコレ…??」

エレオノーレとフレイヤがギャーギャーと騒ぎ始め、それを止めようとニーズヘッグが駆け寄る。しかし、フレイが持ち上げた物体を見て、ニーズヘッグは顔を真っ青にした。
紺色の上等な生地で包まれた小箱。物資に余裕が無いヴァナヘイムでこの箱を買おうとするなんて、『中身』と合わせればかなりの金額がかかるだろう。それこそニーズヘッグの3ヶ月分の給料が一瞬で飛んでも可笑しくはないほどに。
フレイが小箱に手をかける。ニーズヘッグが思わずやめろ、と叫んだが、声が届く頃にはもう遅かった。
小さな蒼い宝石が散りばめられた指輪が、クッションの上に鎮座していた。内側に彫られた英語は見覚えのある名前を構成している。思わずフレイは読み上げた。

フレイ「…えーっと、エレオノーレ…ってコレ指輪じゃないの!!!」

エレオノーレ「えっ」

ニーズヘッグ「フレイ!!!早く返せよ!!!…それ、エレオノーレのものなんだぞ」

ニーズヘッグが急いでフレイの手から指輪と箱を引ったくる。そして、呆然と立ち尽くしているエレオノーレの手を取り、左手の薬指に指輪を通した。

エレオノーレ「え、あ、待ってニーズヘッグ、これじゃ、私…!!」

ニーズヘッグ「…これじゃ、どうなるって?」

ジワジワと熱を帯びる頬を隠すように背を向けるエレオノーレ。その顔を覗き込むニーズヘッグの頬も赤く染まっていた。
もう、答えも言いたいこともなんとなくわかっているのに。

ニーズヘッグ「……さっきの続きだけどさ、俺もお前もまだ19だし、結婚出来る歳じゃないから。

───だから俺が20歳になるまで、薬指ここ、予約しててもいいですか」

エレオノーレ「…はい」

ようやく喉の奥から振り絞って出た声は震えていて。ただ、もう故郷に帰りたいなんて思えなかった。
──私には、『今』の居場所がある。
冬だと言うのに、何故かエレオノーレの心はひどく暖かかった。



───────

エレオノーレ「──って感じでプロポーズされたんだけどね、ホントあの時のニーズヘッグったらすっごいカッコよかったんだから!!!」

まとい「…あのさ、充分それは伝わったからそろそろ解放しておくれよ…」

シェアハウス内のリビングで1人はしゃぐ女性──エレオノーレは過去の思い出の1ページを語り終えた。しかし、思い出の1ページといえど、時間に加算すると数時間にも及ぶ。「恋バナが聞きたい」と意気込んでやってきたヒーロー達がぐったりとしているではないか。心做しかバツイチやボツイチのヒーローが2名被弾している気がする。
そんなエレオノーレに背後から影が射した。ふと振り返ると、見慣れた赤い機体が佇んでいる。緑のアイライトを点滅させ、『彼』はエレオノーレに尋ねた。

ニーズヘッグ「何をしている、エレオノーレ。見るからにそいつらは疲れているようだが…」

かつては人だった彼。ただ、機械になっても人になっても、エレオノーレが彼を愛していることに変わりはない。
エレオノーレはイタズラに笑った。

エレオノーレ「何って、宇宙で1番カッコイイ私の旦那様のお話!!」







【おまけ】

フレイ「で、いつになったら夕飯食べるのかしら…」
ニーズヘッグ「やっぱりお前空気読んだ方がいいよ…」
フレイ「はぁ?ちょっとアンタ表出なさいよ」
フレイヤ「2人ともおめでとう!!!!御祝儀として僕の貯金箱崩すから!!!!待ってて!!!!」
エレオノーレ「待ってフレイヤ!!!!!早まらないで!!!!!」
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