このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

【水平の記憶】



ようやく士官学校校長の長い話を聞き終え、彼女は───エレオノーレ・グルヴェイグは士官学校の生徒となった。
この国の士官学校は寮制らしく、ホワイトボードに貼付けられた紙を見上げる。自分の名前は、と首を痛めながら目を凝らしていると、男女混合の四人部屋に己の名前を見つけた。

【H館W号室】
ニーズヘッグ
フレイ
フレイヤ
エレオノーレ・グルヴェイグ

エレオノーレ「…名前から見るに男二人と女一人かな」

これは面白いことになりそうだと口角を緩めたが、ここはあくまでも公共の場。エレオノーレは静かに笑いを噛み殺した。
割り当てられた部屋は4LDKらしい。各自一部屋の個室と共有部分。孤児院育ちのエレオノーレにとって、一人部屋なんて贅沢は家出以来初めてであった。
そっとドアを開けてみると、まず目に飛び込んできたのは四人用のダイニングテーブルとキッチンだった。鉄製の丈夫なテーブルの向こうに広がるキッチンには、傷一つない新品のキッチン用品一式が並んでいる。他の三人は荷物を取りに帰っているのかまだ居ない。
───それなら、夕食の支度でもしよう。
エレオノーレは小脇に抱えていた鞄からエプロンを引っ張り出す。買ってきた材料を冷蔵庫にしまいながら、一人で献立を考える。気を緩めると上がってしまう口角を抑える様に、鼻歌を口ずさみながら。









フレイ「ほら、早く荷物をまとめて頂戴!」

フレイヤ「待ってよ姉さん…!まだニーズヘッグが出来てないって!」

ニーズヘッグ「フレイヤ!フレイ!ようやく終わったぞ!!」

ある孤児院から、大荷物を抱えた三人の子供達が出てきた。
一人は黒い短髪の少年。もう一人は灰色のショートカットに赤い目の少年。最期の一人は灰色の長髪を靡かせた少女だった。
三人はもうこの孤児院に戻ることはない。何せ、先ほど入学した士官学校の寮で暮らすことになったのだから。
三人は大急ぎで一本道を駆ける。そろそろ日が暮れてしまうし、何より夕飯の用意も出来ていない。きっと士官学校に戻った頃には食堂も閉まっているだろう。これから荷解きもあるのに、とフレイは溜息をついた。


ニーズヘッグ「やっぱり閉まってる…二人ともごめんな…」

フレイ「ホントよ…初日から夕飯無しなんて…」

フレイヤ「だ、大丈夫だよ!何時に閉まるか分かったし、僕たちで何か作れば…」

やはりフレイの勘は当たっていた。
三人が士官学校に到着した頃には、既に食堂どころか寮も閉まりかけていた時間帯であった。咄嗟に慰めようとするフレイヤの一言に、いつもは冷静に受け流すフレイが噛み付いてしまう。

フレイ「お店なんて全部閉まってる時間帯だけど?」

フレイヤ「うっ…」

ニーズヘッグ「…とりあえず、荷物置きに行こう」

三人は渋々寮へ向かう。暗い廊下を歩き、階段を上り、廊下を右往左往しているうちに、ふとニーズヘッグが視線を上げた。

ニーズヘッグ「…?」

フレイヤ「?ニーズヘッグ?」

ニーズヘッグ「……誰か俺達の部屋に居るような…」

フレイ「えっ?」

ニーズヘッグの指差した一室を視線で辿ると、確かに三人が割り当てられた部屋のドアの隙間から光が溢れている。どうやらふと鼻を掠めた良い香りの発生源はあのドアの向こうにあるらしい。三人は意を固め、そっとドアを開いた。音に気づいたエレオノーレが振り返る。


エレオノーレ「…あれ、もしかして君達が残りの三人だったり…?」

ニーズヘッグ「お、おう…って、お前が料理してたのか!?」

エレオノーレ「当たり前でしょ、私以外この部屋にいなかったんだもの。…ふーん、その顔は荷物取りに帰ってたら夕飯逃した顔だね?」

フレイヤ「あはは…そうなんだよ…」

得意げに胸を張って笑うエレオノーレ。彼女はニーズヘッグ達が夕食を逃した事を知ると、キッチンの方に掛けて行った。「先座ってて」という言葉を残して。
困惑したニーズヘッグ達は渋々席に着く。否、着くことしか出来なかった。フレイヤなんて昼食を抜いて用意した荷物を投げだし、テーブルに伏せている。相当の疲労が溜まっていたようだ。一度椅子に座ってしまえば、どっと今までの疲労がその身に襲いかかる。
三人がまどろみかけていた矢先、テーブルにコトリと何かが置かれた。
───視線を上げた先には、白い陶器の食器が6つ。

エレオノーレ「お腹すいてるんでしょ。明日の朝食用に用意してたシチューとあり合わせのパンだけどね」

フレイ「…いいの?」

エレオノーレ「そりゃあ同室のメンバーが揃いも揃って餓死しちゃったら困るからね!」

お口に合うかわからないけど、とエレオノーレは付け足した。
1/1ページ
スキ