泡沫に口付けを
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ハクが目覚めると、知らない天井が目に入る
『…………こ、こは』
白いパイプベッドをぐるりと囲うように天井から吊るされた白いカーテン、自分の腕からは点滴の管が伸びている
周囲の様子から察するに、ここは病院のようだ
ふと、ベッドの脇にあるチェストに置かれたタバコの箱と、泡沫石のイヤリングが目に入る
『………行かなきゃ』
ハクは腕から点滴を引き抜くと、裸足のまま病室を飛び出した
ハクを背負って町の病院に連れて行き、早くも1週間が経った
意識を失ったハクはあれから一度も目覚めていない
天人の薬による記憶喪失の為、医者も栄養剤を打つ以外に、手の施しようがないのだという
ただ、頭痛が原因で倒れたのであれば、記憶が戻ろうとしている可能性もあるのだという
俺はほぼ病院に泊まり込むような状態になっていて、今は自分の分の食事の買い出しと、銭湯に行った帰りだった
町から少し離れた丘の上にある病院まではある程度距離があり、戻るまでに一服するかと袖口に手を入れるが、携帯灰皿とライターはあるものの、肝心のタバコが見当たらない
「病室に忘れてきたか」
チラリと横を見れば青白く光るタバコの自販機が目に入るが、わざわざ買ってまで吸おうという気にはならない
ハクが側にいない間は一瞬でもタバコが切れるとどうしようもない不安感に駆られていたのが嘘のように、俺は自販機の前を通り過ぎた
今は眠ったままのハクが目覚めた時、記憶が戻っていればと願う
病院へと向かう長い坂の上には大きな満月が輝いて、病院までの坂道を明るく照らす
「…………え」
坂の上に、人影が見えた
遠くに見える人影はこちらに向かって走ってくる
まさか、と思う自分の感情を肯定していくように、月明かりが人影を照らしてその姿を露わにしていく
月の光を受けて白く輝く絹糸のような髪が、走るのに合わせて揺れている
夜の僅かな光をキラキラと反射させる金と緑の宝石のような瞳
「……ハク……?」
走り出すことも出来ず、ただ呆然と走ってくるハクの姿を見つめることしか出来ない俺に、坂道でどんどん加速したハクが走ってくる
俺の元まであと10mというところで、大きな声が聞こえる
『十四郎!!!』
それは俺がずっと聞きたかった、俺ではないハクの声
その声を聞いた瞬間、弾かれたように俺の足も地面を蹴り、走ってきたハクを胸に抱き止める
「……っ、ハク!ハク!!」
『苦しい、十四郎』
耳元で響くハク自身の声に、俺は抱きしめる腕に更に力を込める
『苦しい、十四郎』
「分かってる」
ハクは俺を落ち着かせるように俺の背中を何度か撫でながらゆっくりと言葉を紡ぐ
『やっと、追いついた』
「おせぇよ………」
『ごめん』
ゆっくりと身体を離して、ハクの右頬に触れる
ハクは俺の手に自分の手を添え、目を閉じて頬擦りするようにしてから柔らかく微笑んで俺を見る
「やっと、その顔が見れた」
『え?』
「ずっと、お前の笑った顔が見たかった」
『………私も、ずっとずっと、十四郎に会いたかった』
黒縄島で船から落ちていくハクが見せたあの笑顔が、今のハクの柔らかく、花が咲くような笑顔に塗り替えられる
俺はもう一度ハクを腕の中に閉じ込めた
、