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ハッピーエンド




夏の風が肌を湿らせるようになってきたころ、テニスコートではしゃぐ彼らをしり目に、備品の発注や片付けに追われていた。




「なんでこんな業務一人でやってるん。」




カバン片手に笑いながら寄ってくるのは、小学生からの友人で、私をこの部活に送り込んだ張本人だった。





彼女がテニス部のイケメンと話したいからという理由だけで、私名義の入部届を提出したことだけは今でも許さない。


彼女は隣に座ってケタケタと笑うだけで、手伝う様子はまったくない。







勝手に入部させられたテニス部では熱烈な歓迎を受けた。

入った当時はちょっといい場所かもなんて思ったりしていた。








それもつかの間、大量の業務に追われ、楽しいなんて感情は吹き飛んでいた。

当然のように一緒に入部すると思っていた彼女は、その内情を知っていたようで、別の部に入部したという。


直前まで知らせなかったあたりも、彼女らしいと言えばそうかもしれないが、このあたりも許せないポイントである。



そうして始まったテニス部生活であったが気づいたころにはもう3年目に突入していた。

彼女はいつもこうして自分の部活の合間に遊びに来るだけである。


彼女の言っていたイケメンとは部長のことであろうが、最初に部活を見に来た時点で冷めたと言っていた。

彼女曰く、大して面白くないとのことだった。

わたしからしたら、当の彼はとてもやさしくて賢くて、顔も良くて、いいところばかりである。

それでも、完璧すぎる彼は高嶺の花のようで私には手が出せそうにもなかった。







「で、そろそろ彼氏候補できた?」
と彼女はいつも急かしてくる。

何の進展もないことはわかりそうなくらい彼女も賢いはずなのであるが。

彼女はそのままみんなのもとを回りながらちょっかい出していた。
今となっては部員ではない彼女の方が、みんなと仲がいいのかもしれない。



「お疲れさん。いつもありがとうな。」



その声に振りかえれば、某イケメンの彼がいた。

冷えたスポーツドリンクが二本、一緒に飲もうと片方を差し出した。

業務上仕方ない部分もあるが、結局一番話す相手は、この部長だった。

友達が慌ただしいと苦労するやろ、と苦笑いを浮かべた彼は、同クラスの金髪の彼を見ていた。



友人が嫌いなわけではない。
一緒にいる時間は楽しいし、勉学の乏しい私をいつも助けてくれる。

友人関係をうまくとりつくろえない私と周りをつないでくれたのはいつも友人だった。




そんな友人が、近づきたいといった相手に何とかつないであげようと思ったのも事実だった。

その彼女が、意中のイケメン、この白石蔵ノ介に飽きるのがあまりにも早かったことだけが誤算だった。





「なあ、今日なんか疲れた顔しとらんか。」





そんなことないよ、と答えようとしたところ、目の前の世界がぐにゃりとよじれる。


さっきからこのスポーツドリンクを飲むまで何も飲んでいなかったことを思い出した。



夏先とはいえ日差しは強く、こまめに水分補給をしなければあっという間に体中の水分が奪われていく。


部員にそう注意喚起をしていたのは私自身だったのに。


意識が徐々に遠のいていく。

遠くにいた幾人かが焦ったように駆け寄る姿が目に映る。

それを最後に私の意識は事切れた。











気が付けば、白い部屋にいて氷嚢を当てられながら横たえていた。


目が覚めた時には白石君が横にいて、安堵の表情を浮かべていた。



「ごめんな。もっと俺がはよう気が付いてやらなあかんかった。辛かったやろ。」



申し訳なさそうな顔を浮かべるものだから、こちらも申し訳なくなる。

私の自己管理不足だ。

コートで倒れたのは初めてだった。




換気のために開けられた窓からは何やらいつものみんなの騒がしい声が聞こえてくる。



「部長が女の子抱えて走っとりましたけどこういうことやったんや。」


「あの時の白石、俺より速かったんちゃうか。」


「スピードスター顔負けやんけ。まあ俺も小春がそうなったらマッハで走ったるわ。」


「ユウ君よりは、くらりんに運ばれたいわあ。」


「佑美のねえちゃん、大丈夫なん。」



各々がいつもよりほんのわずかに小さい声で話しているようだったが、開け放たれた窓からは全て筒抜けであった。




「全部聞こえてんで。」


半分呆れたように白石くんが窓の方に投げかければ、下に隠れていた全員がひょっこりと顔を出す。


「謙也さんのせいで見つかったやないですか。」

そう悪態をつく後輩もなんだかんだと心配で駆けつけてくれたようだった。


私がベッドから彼らをみて笑っていると、彼らも安心したのか、いつものようにコントのような小さい喧嘩を繰り返しながら帰っていった。




「これ、2人に渡してほしかち言われとったけん、忘れんうちに渡しとくばい。」




隠れる様子もなく、大丈夫?とみんなより頭一つ背の高い彼は後から現れ、心配しながらも、そういえば、といった様子で二枚のチケットを取り出した。


白石君がそれを受け取ると、彼はくるりと向きを変えて歩いて行ってしまった。


「これなんのチケットやろ。」



そのチケットをみて私は思い出した。

彼女が部活で舞台をやると言っていた。

日程が決まったら教えるからよかったらテニス部のみんなと観に来て、とこの前の休み時間に言っていた。

きっとそれのことだろう。




「なんやこれ、ようわからんけど、めっちゃええ席とちゃうん。」


たかが部活の演目だというのに、やたら気合の入った会場のようだった。

最後くらい体育館ではなく、ちゃんとした会場でやりたいと言っていたが、果たしてどのようにしたらこの規模の会場がおさえられるのか。


彼女の有言実行ぶりには驚かされてばかりだ。





「そういえばなんやけど、さっきの財前が言うてたこと、覚えとる?」


窓の外から聞こえた一連の流れのことだろう。

ここまで運んでくれたのが白石くんだということを改めて理解するとなんだか気恥ずかしくなってくる。


謝罪とお礼を伝えれば、何やら彼も気恥しいのか、ほんのり顔を赤らめていた。



「倒れた時、もうめっちゃ心配で、俺なんかでごめんな。」



私はここへ、彼に抱きかかえられてきたのか。


二度とない貴重な体験だろうに、覚えていないことにほんの少し心が痛んだ。




彼は心配そうに席を離れたがらなかったが、部活に戻るよう急かしたのは私だった。


一枚のチケットを見つめながら、ベッドから立とうとしたとき、最後に窓際に現れたのはあの友人だった。


「で、もう大丈夫なん。」
無理したらあかんで、部活から走ってきたのか、彼女も汗だくだった。



もう大丈夫だと答えて窓際まで寄れば、安心したように彼女も笑った。


それならよかったと彼女もなんでもなかったように部活に戻っていった。



「特等席やから、絶対見に来てな。」
そう、残して。









あの日以降、ドリンクを用意する側のマネージャーに、
皆が続々とドリンクを持ってくるようになった。




「また倒れられたら、俺には運ばれへんので。」

後輩の彼はぶっきらぼうに冷えたミネラルウォーターを。





「さっき自販機で買うて来てん。」

部活で走り回っているはずなのにさらに彼は走って買ってきたという。
スポーツドリンクはとても冷えていた。





「これ、うちからやでぇ。ちゃんと飲んでこのタオルで汗拭きなね。」

冷えたお茶とピンク色のふわふわのタオルを持ってきたのは、ダブルスの片割れだった。

差し出す彼の横ではにらみつけるように、もう一人の彼が立っている。
非常に居心地が悪い。


「無理したらあきません。」

体の大きい彼が差し出したドリンクボトルは、私の体には大きすぎる2Lボトルだった。


「そないに大きなボトルやったら飲みたくても飲まれへんやないか。」

大きすぎるそのボトルを飲みやすいサイズのボトルに差し替えてくれたのは副部長だった。

「ほんなら銀のボトルはワイがもろたるで。」
ちいさな少年が大きなボトルをさらっていく。
そんなこともあった。


こんなことが毎日のように続いた。

今まで以上に彼らとの交流が増えたように思える。

毎日みんなが持ってきてくれるボトルに囲まれながら夏を過ごしていた。




「なんや飲み物たくさんあるから俺の仕事なくなってもうたな。」

少し寂しげな顔を浮かべて一本だけスポーツドリンクを持った白石部長が現れる。



「俺だけの特権やったんやけどなあ。」

笑顔の後ろにみえる寂しさを隠せないのは彼の幼さゆえだろうか。

2人で過ごす時間に、わずかな間がうまれる。今までどうやって話してきたんだろうか。

ぎこちない時間に、戸惑いながらも、懐かしい思いに駆られる。


少し前まではこうして二人で過ごしていた時間。

自分の横に置かれた皆の善意の数々をみつめながら、すこし沈黙の時を過ごす。


「なんやろ、皆と仲良うなるんはええことなんやけどな。俺、ほんまに女々しいわ。」


彼はその手にいまだ握られたままのペットボトルをさらに強く握りしめた。


「ええことやってわかってるのに、俺、勝手に嫉妬しててん。ずっと俺だけやったんに。ごめんな。」


それだけ残して彼は戻って行ってしまった。


どれだけの数の優しさを受け取っても、埋まらなかった寂しさ。

彼と過ごすあの時間にどれほど心奪われていたのだろう。



皆と距離が近づくにつれて、部長ただ一人とだけは、わずかに、わずかに距離がひらいていく感覚を覚えた。


挨拶を交わすことが精いっぱい。

彼の取り繕ったような笑顔が、悲しい。



それなのに、私も彼も、この状況を打開する術を知らない。



受け取ったチケットの日付が近づいている。



何の進展のないまま、その当日になってしまった。



会場に沿うように、彼らなりの正装で現れたその姿は、普段とは見違えるほど美しく映った。


その中でも、彼に目がいってしまう。

引きずったままの気持ちだけが視界を阻むのだった。


気まずそうにしながらも彼は声をかけることだけは絶やさなかった。

前のようにうまく話せなくとも、時間を共有することだけは欠かさなかった。




「いつも制服とジャージしか見てへんから、よう目が慣れへんわ。その、うまく言えんけど、似合っててええな。」




眉尻を少し下げて笑う彼に、ぎこちない笑顔を浮かべながら、うろうろと席を探す。



「部長と先輩に渡したチケット、なんか俺らと席離れてないですか。」


後ろからそう聞こえた気がしたが、「うっさい、いいから黙っとれ。」と一喝されたところまで聞き終えて振り返る。


当の二人は気まずそうに目線を外していたが、隣の彼も同じような顔を浮かべてさらに空気が重くなってしまった。


後輩を諫めた普段バンダナを付けてるはずの彼は、そのバンダナを取り払ってしまったからなのか、彼だと認識するのに時間がかかった。



そんな中、バンダナの代わりに目に入ったのは、彼のジャケットの裾にあしらわれた刺繡の繊細なデザインだった。

「ユウジのジャケットの刺繍、自分でやったらしいで。ほんま器用やんな。」

彼も同じことを考えていたのかと思うと、少しうれしくなる。

重たい空気がわずかに軽くなった、そんな気がした。

席に着けば、すぐに舞台の輝きに包み込まれる。

友人の衣装にあしらわれたこまかなデザインが照明をあびてきらきらと光る。


気が付けばとうに舞台などは終わってしまっていて、あっけにとられている私に手を差し伸べてくれたのは隣に座っていたはずの彼だった。



「舞台見舞い、行こうや。待ってんで、きっと。」


友人の劇中に出てきたそれのように、彼の手はまっすぐに伸びていた。

その手を取って立ち上がり、クロークに預けてあった花束をもって裏に向かう。







この後、彼女がどういった進路をたどるかはわからない。

けれども、この作品が彼女の現時点での初公演であり、千秋楽だった。


おのずと集まったテニス部の仲間とともに、彼女のいる控室の扉をたたく。


ドアを開ければすべてをやり切ったという晴れやかな笑顔で彼女は待っていた。


皆が思い思いに感想を述べる中、私も白石君に背中を押され、花束を差し出す。

感極まった彼女は嬉しい嬉しいと泣きながら笑っていた。


「ほんまにありがとう。これでもう思い残すことはないわ。」

奥にはさらに豪華な花束に、【跡部景吾】の差し札。



「侑士に頼み込むんほんまに大変やったんやからな。」


「別に謙也さん自体は何もしてへんやないですか。」


白石君の奥でいつものようにコント交じりの会話を繰り広げる彼らをほほえましく思う。


この会場は跡部財閥の手が加わっていたのかと思おうと合点がいく。









「ほら、ユウくん。もじもじしてへんでしゃんとしいや。」


後ろから聞こえるその声に押されるように、薔薇の花束を持った例のユウくんが前に出る。


顔を真っ赤に染めながらぶっきらぼうにその花束を差し出す。


「お疲れさん。服、似合っとったわ。」


全員が、そこ?と思うような褒めどころにやや呆れている中、友人も同じように顔を染めて花束を受け取った。


「おおきに。誰かさんが必死こいて作ってくれた衣装やからな。うちに似合わんわけないやろ。」


皆が一様に混乱する中、一人すべてを知っていた小春はやっと肩の荷が下りたとでもいうような安堵を浮かべていた。


「あの刺繍。」


隣にいた白石くんが刺したのは、部屋に残されていた幾枚かの彼女のステージ衣装。

そのすべてに一様に同じ刺繍が施されている。それは彼のジャケットにあしらわれていたそれと同じ。



「いつから、え、俺てっきり千歳と付き合っとるんかと思ってたわ。」

いつも余計な一言を言うのはこの金髪の彼なのだ。



「ただ毎日全部の授業のノート借りとっただけばい。」

「当たり前のようにノート持っていかれるうちの身にもなれや。」

和やかな空気が戻ってくる。

噂のユウくんがいつにもまして目つきが悪い日々が続いたのは、この衣装を繕うためだったのか。



「で、今回はラブロマンスやったわけやけど、最前で見とったお二人さんはどうやった?」


友人は私と白石くんを交互に見た。



「ボケっとしとると、どっかの誰かさんに取られてまうかもしれんなあ。」



さっきまで話題の中心に吊り上げられ、顔を染めていた彼も追い打ちをかける。


一同が覗き込むような視線を送る中、顔に込みあがる熱を抑えきれなくなってきてしまう。



「それは、困るなあ。」

先に口を開いたのは白石くんだった。



彼は私の手を取ると、そのまま私を抱き上げてドアの外へ一目散に外に走り出した。


遠くから、気ぃつけや、と叫ぶ声が聞こえる。

しばらく走って、人気のない海沿いにたどり着く。


おろして、と声をかけようとすれば、彼の声にかき消される。


「ずっと、分かっててん。誰にも取られたない。俺のもんや。

最後に必ず結ばれて、二人で幸せになるんがピーエンドなんやろ。

俺は、ハッピーエンドにしたいねん。」


すっかり暗くなった闇夜の中、遠くの明かりが照明のようにきらきらと光る。





「このまま攫われてくれるか?」






fin






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