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稲妻 海祇島エリア世界任務「孤独な海獣」より。
海獣クンティラの妖怪息子が稲妻グルメを堪能する話。

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【其の名は人魚の音】

 誇り高きアプカルル。輝かしい我が子。
 名は、生きるためには不要なもの。

 けれど、欲するのなら。意味を知りたいのなら。
 ——私の親友の故郷を訪ねなさい。


 母には人の子の友がいた。それは随分前から聞かされていたことだった。
 母は最後の海獣だ。その大きな身体でいくつもの命を育んだ。俺たち子どもはみな母の側で泳ぎ回り、その狩りの様子を真似た。母のひとくちは大きく、小魚がいくら惑い逃げようと一網打尽。俺たちはあのひとくちに追いつこうと各々精進した。
 母にとって——俺たちは子どもたちに過ぎなかった。誰が誰、なんて概念すらなかっただろう。俺自身もそうであった。……海獣なんて所詮はそんなものだ。生きる上で、「誰」という認識は不要だ。身内か、同胞か、敵か、食料か、あるいはその他か。それくらいがあれば困ることはない。むしろそれ以上を望む理由が分からない。

 母の、あの話を聞くまでは。

 クンティラ。
 その音は、呼び名なのだと母は言った。
 人の子が俺たちを呼ぶ時の「ウミボウズ」とは違う、聴き慣れない音。だがどこか懐かしい不思議な音だった。
 クンティラという音は、母が人の少女から貰った名だと言った。人——小さくてずる賢い、毎日あくせくと小魚のように動いている陸の生き物。母は俺たちを産む前、かつて彼女と交流があった。
「それは脂ののった海皇より美味いのですか?」
 母は水飛沫をあげて笑う。
「我が子、この音には脂どころか骨もない。我が子、この音は聞き取って頭に食べさせるものだ。気に入ったのなら、その口から吐くんだ」
「気に入るのに口から吐くのですか」
「そう」
 勿体無いと溢すとまた母は笑った。俺のお気に入りは脂が乗って十分に肥えた鮪だ。お気に入りを一度口に入れたら吐き出すなんて勿体無くて出来ない。咀嚼した後すぐに飲み込んでしまうだろう。しかも、その音とやらを、母は聞き取って頭に食べさせると言った。頭が何を食べるのだろう。味のしないものを頭で噛み砕いたところで腹は満たされないだろうに。
 怪訝な顔をした俺に、母は咎めることも諭すこともない。ただ穏やかな顔をして、島がある方を見つめていた。
「私は終に果たせなかった。彼女から貰った音を、彼女と同じ音で返すことができなかった」

「いとしの我が子。私の子どもたちの中で一番人に近い我が子。
 もしおまえに、彼女と同じ音が出せたのならば——私に聴かせておくれ」

 母はその後、島に向かった。
 俺たちがそれなりに大きくなって、自立出来るくらいになった頃の話だった。


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「美味い!」
 軽快な啜り音と液体が跳ねる音。忙しく湯気が立ち込める屋台。桜花がちらちらと降る都ーーここは稲妻城である。
 旅人はいつもの相棒と、そしてとある風変わりな友人と城下屋台に来ていた。この彼とは、冒険者協会の依頼で行ったセイライ島で出会った。彼は「特段やることもないから」とそのまま成り行きで依頼を手伝ってくれ、今ではこうしてぶらり稲妻飯の旅仲間である。
「この出汁とやらは最高だ。あっさりして飲み干せるくらいなのにこの白い太麺には何故かよく絡む。これは……これは、なんだ?」
「うどんだよ」
「おおそうだ、うどんだ」
「一体何処に屋台の魚出汁を褒め称える海獣がいるんだよ……」
 流石現地人と言うべきか、人ならざる者とはいえ、風変わりな友人は箸の使い方は手本のようだった。どこぞの公子殿に教えてやりたいくらいである。
「此処にいるじゃないか」
「堂々としてる」
「オイラいいこと思いついたぞ。お前、稲妻料理を片っ端から食べて感想を書き記した本を出すのはどうだ?」
 悪くないなと、この友人はえらく乗り気である。
 そもそも彼は出会った時からこんな感じだった。昨今の稲妻人にしては大層のびのびとしており、何者にも縛られていないように見える。天下人や彼女に仕える奉行に臆することなく物言うし、かと思えば鳴神大社のてっぺんで茶と菓子を食べたら最高だろうななどと言う。しかしながら彼自身の信条もあるようで、かつての幕府軍と海祇対抗軍の争いでは、海祇側に加勢したのだとか。
 セイライ島で力を振るった時の表情からは想像も出来ないほど、美食を味わう時の彼は至極満たされた顔をする。だがしかし、それ以上に、かつ手っ取り早く彼の笑顔を見られる瞬間があるのだ。

「伊奢彦!」

 旅人よりも早く食べ終わった友人は、屋台店主に料理の代金をすこし多めに置いた。のれんをくぐり城下を下る階段へと向かっていく――その背中に、旅人は声を掛けた。
「また手伝ってほしい」
「おうよ」
 嬉しそうに、自信に満ちた横顔で答えた友人は、踵を返して稲妻城を後にした。
 その手に、いつのまにか釣竿を持って。

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【鰻の煙丼】

「な、なにやってんだ……?」

「応! 俺は飯を食べてるぞ」
「あ、うん……それは分かるけど」
 ある日、友人は屋台の前で白米を頬張っていた。

 屋台からは香ばしい煙がもくもくと上がり、ちょうどその風下に海坊主の友人——伊奢彦が立っている。彼は白米がしこたまよそわれた茶碗を片手に持ち、もう片方の手はひっきりなしに箸が動いている。要するに、白飯を掻き込んでいた。
「美味い鰻屋はその煙だけでも飯がイケるという話は本当だったな! 団扇で仰ぐ音、煙と共に舞う煤、炭の匂い、脂が乗った鰻の肉が弾ける音……」
「オイラ知ってるぞ。これって、匂いだけでもモラを取られるやつじゃないか?」
 恍惚とした表情で語る伊奢彦をよそに、空飛ぶ相棒は旅人に耳打ちした。……確かに香りだけでも一級の品格がある。その上、屋台の真前という特等席にいて、その香りを堪能している。さらに隣の友人といえば、自前の釜からおかわりをよそいはじめる始末だ。流石に屋台の店主も黙ってはいないだろう。
 そう覚悟を決めた矢先、当の屋台から店主と思しき男性が出てきた。ごくりと生唾を飲んで叱責に身構えたが——その瞬間は何故か訪れない。
「伊奢!」
「おお店主、先程奉行衆が数人足を留めていった。上の者を連れて直ぐに参ると言っておったぞ。ざっと10人前だそうだ、頼めるか?」
「あたぼうよ! 流石は看板海坊主様々だ。お前さんがいると忙しくてかなわん」
「ワハハ!」
 二人の間に高笑いが起きる。が勿論、旅人は話の展開についていくことができない。目を瞬かせていると、見かねた店主が事の詳細をかいつまんで聞かせてくれた。
「こいつぁな、初めこそワシの店の煙の食い逃げだったが、今じゃあ立派な看板坊主だ。なんでかって? 見てみろ——こいつ程飯を旨そうに食う奴があるか」
 以前から堂々と道端で白米を食っていたのか。まず浮かんだ感想がこれだが、まずこの友人に一般人の常識というものを当てはめるべきではないだろう。それにしてもとっくに天領奉行に一度や二度はしょっぴかれても不思議ではないが、意外にそのようなことがないのは彼から食に対する純粋さが滲み出ている故か。そしてその純粋さに、鰻屋の店主も惹かれたのだろう。

「ワシの出す鰻に余計な評論は要らん。食ってるやつの顔を見れば分かることだからな」

 つまるところ、今の友人は立派な看板息子であり、“さくら”であった。
「どこに鰻屋の宣伝をする海獣がいるんだよ……」
「ここにいるぞ」
「堂々としてる」
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