第1章 ルル・ルー

5.竜殺し②

「思い返せば、ドラゴンというものに縁深い冒険団だったかもしれんな」
 流石の酒豪も全盛期と同じようにとはいかないらしい。今何杯目なのかは分からないが——途中で数えるのをやめてしまった——、彼が現役冒険者だったころに比べると確実に少ないだろう。最後の意地と言わんばかりにビールが飲み干され、達成感と共にジョッキがテーブルへと着地した。
「もちろん東風の龍みたいな立派なもんじゃないさ。俺たちが相手にしたのは、せいぜいがドラゴンみたいにデカい魔物だ。確かにそこら辺の魔物よりは強かったが、デカいだけの肩透しみたいなやつも多かった」
 確実に酔っているはずなのに、喋らせると呂律は回るし、まともなように見えるのだから不思議だ。所々記憶が曖昧だったり、都合良く語ることもあるが、それは酔いというよりも彼の性格だ。今に始まったことではない。
「それも仕方のないことだ。実際はドラゴンなんて滅多にいない。特に最近は、危険な魔物は騎士たちに根こそぎやられたって話だ。別に悪いことばかりじゃない。まあ……そんな彼らにもトワリンは倒せなんだわけだがな。おかげさまで、俺たち冒険者協会は今度こそ新人たちを安心して送り出せる——感謝しているよ、栄誉騎士」
 積み上げられた皿と空いたジョッキが給仕によって下げられ、ようやくテーブルの横に座る人物の顔が見えるようになる。そこには、数十分前にサイリュスが誘った賓客がいた。

 『影』のことを打ち明けた後も、ノルベルトはしばらく酒場でサイリュスと飲んでいた。
 彼とは長い付き合いになるが、ノルベルトが冒険者を辞めてというものの疎遠になっていた。娘が生まれてからは特に、仕事と家事そして育児に追われ、旧友と飲み明かす暇もない。娘がそれなりに大きくなった最近になって、ようやくモンド城にも顔を出せるようになったのだ。咲かせる昔話に困ることはない。
 彼が振ってくる話題に応じているうちにどんどん盛り上がり、いつの間にか飲み過ぎている自分に気がついた。気をつけなければ、旧友と会って気が良くなるとすぐにこれだ。
「おお、旅人!」
 眠気を覚え始めていた矢先、サイリュスが突然大声を上げた。彼が吠えた方向に目を向けると、昼間出会ったばかりの二人組が酒場に入ってきたところだった。栄誉騎士とその連れの精霊である。
 二人組は声をかけてきた男の方を見ると、その向かいに座っていた連れに気が付いたようだ。栄誉騎士を讃える熱狂的な客たちの声援に応えながら、二人はノルベルトたちのテーブルへとやってきた。
「こんばんは。さっきぶり」
「ああ。昼間は世話になったよ」
「エルは一緒じゃないのか?」
 そう尋ねてきた白い精霊——パイモンというらしい——の問いに答えたのはサイリュスだった。
「マージョリーがキャッツテールに行かないかと誘ってな。あそこなら酒以外のメニューもあるし店員も構ってくれる。で、置いて行かれた父親二人はこっちの酒場で寂しく一杯やってるというわけだ」
「君から言い出したんじゃなかったのか。俺は誘ってもらっていたんだが」
「なにっ」
 中年男性の戯れに、二人組は笑いながら椅子を引く。
 騎士と讃えられてはいるが、この二人組はどうやら旅人か冒険者の気質に近いようだ。特に栄誉騎士の方は、サイリュスの言葉に耳を傾けながら、時折こちらを見てくる。その顔は平常を装いながらも好奇心の文字が透けて見える。引く手数多の中わざわざこのテーブルに座ったのも、多少なりともノルベルトのことが気になったからなのだろう——あるいは、ノルベルトの足元にいる『影』のことか。
 しばらく旅人を挟んで談笑した。初めて出会った時にも印象深かったが、よくしゃべるのはパイモンの方だ。その容姿も相まって、まるで覚えたての子どものように次々と言葉が出てくる。彼女が一体どのような精霊なのかは気になるところだが確かめようもない。その前に、隣に座る旅人に止められそうだ。一見凸凹コンビな二人の間には、出会ったばかりのノルベルトにも感じられる絆があった。
 ノルベルト以上に気を良くしたサイリュスがあれやこれやと昔話を語り始め、ようやく呂律が回らなくなってきた頃。流石に潮時だろうと、ジョッキに伸ばされた彼の腕を取った。
「その辺にしておけ。サイリュス」
「なんだ。もう帰る時間か」
「君はまだ飲んでいても構わないが、栄誉騎士たちはそろそろ宿で休みたいだろう。話なら、また明日にでも聞いてもらってくれ」
 それもそうか、と旧友は赤らんだ顔のまま大人しく引き下がった。珍しいこともあるものだ。余程この栄誉騎士殿に頭が上がらないと見える。
 栄誉騎士といえばさすらいの旅人であるにも関わらず、来訪したこのモンドで風魔龍、もとい、東風の龍トワリンを鎮めた功労者である。トワリンは紛れもないドラゴンだ。強者揃いの西風騎士団の、一撃で遺跡守衛をバラバラにするという噂の代理団長や、現役最強の名を欲しいままにする大団長ですらも、過去トワリンのようなドラゴンと戦ったという話は聞かない。
 その武勇もさることながら、他者にその栄誉を偉ぶらないこと、他者への貢献に我が身を惜しまないことが栄誉騎士たる所以。だから騎士団ではないサイリュスもこうした殊勝な態度になるのだろう。

 とうとう酔いつぶれてテーブルに突っ伏したサイリュスを尻目に、旅人たちをつれて酒場を後にする。彼の方は酒場スタッフがどうにかするだろう。幸い、常連の彼には酒場の友人がたくさんいる。
 二人組は、冒険者協会のキャサリンが手配した民家に泊まっているらしい。異邦人にしてはモンド城に明るいようだが、ゲーテホテルのような目立つ宿とは違い、似たような建物が建ち並ぶ住居エリアで目印の少ない民家を探すのは苦労するはずだ。まして今は夜である。こういう時に頼りになりそうな男は、肝心な時に酔い潰れているものだ。仕方なくノルベルトが道案内を買って出た。
 住まいはモンド城内にはないものの、それなりに古い街である以上、基本的なつくりは変わらない。実際に歩いてみても、十数年前に歩き回った記憶から大差ないものだ。
 目線の高さをふわふわと浮遊する精霊のおしゃべりに付き合いながら夜道を歩いた。二人は北の港町にはまだ行ったことがないのだという。自然と、話題はドーンマンポートの暮らしについてになった。どういう街なのか、美食はあるのか、どんな人々が住んでいるか、とか。倒すものを基準に各地を渡り歩いた自分とは違い、二人は訪れた土地について少なからず知ろうとしている。その点では旅人であり冒険者らしいと感じる。
 そう内心感心していた時、ノルベルトの背に問いがぶつけられた。
「あなたはどうなの?」
「何がだ」
「ドラゴンに縁深いという話」
 歩みを止め、振り返る。尋ねたのは旅人だった。
「さっきサイリュスも言った通り、倒したのはドラゴンとは名ばかりの、そこら辺よりも強い魔物だったというだけだ。しかも騎士団と取り合いでな。俺に限っては騎士をぶん殴った回数の方が多い。君が相手取ったような正真正銘のドラゴンとは、戦うばかりか、出会したこともない」
「縁深いのは、倒したという事実だけじゃないと思うけど」
 ノルベルトはしばらく沈黙した。どう説明すれば納得するのだろう。
「龍殺しと聞いて何を連想する」
「そりゃあ……龍を倒せるほど強いやつってことだろ? それとも、龍を倒せるくらいにすごい武器とか」
「字面だけならそうだな」
「——龍を殺して得た身体」
 ノルベルトは頷いた。この旅人は時折、妙に鋭い。
「龍の血を浴びた者は鋼の肉体を得て、どんな刃や矢も跳ね返してしまうという。流石にそこまでじゃないが、俺たち冒険団は皆揃って頑丈なやつばかりだった。そこに倒した魔物の話やらなんやらで尾ヒレがついて、現状に至るというわけだ」
「なあんだ。やっぱり、実際にドラゴンを倒したわけじゃないんだな」
「当たり前だ。何度も言うが、滅多にいるものじゃない。そこかしこにドラゴンがいたらたまったもんじゃないだろう」
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