第1章 ルル・ルー


4.竜殺し①

「お前に紹介しておきたいやつがいる」
 そう言ってサイリュスは膝を打った。彼の前には、空のジョッキに負けじと空の皿が重ねられ積み上がっている。歳の割によく飲むだけでなく、よく食べる男だ。
「騎士団が認めた栄誉騎士だ。ドーンマンポートにもその噂は届いているだろう。旅人だからな、今はどの辺りをぶらついてるかは知らんが」
「さっき会ったぞ」
「さっき? 一体どこで」
「『鹿狩り』だ。娘の面倒を見てくれていたから挨拶したんだ」
「そうだったのか。相変わらず風の噂より速くやって来るな」
 肩透かしを食らったサイリュスは素っ頓狂な声を上げた。膝を打った手は勢いの行き場を無くし、宙を彷徨った挙げ句、やはりジョッキへと伸びた。
 彼曰く、その旅人がモンド城でまず訪れたのは冒険者協会だったそうだ。
 旅の者が冒険者協会に所属するというのはそう珍しい話ではない。彼らには、日銭を稼ぐ為に手っ取り早く依頼を受けられる場所が必要であり、冒険者協会がその需要を満たしている。旅人であれば当然各地を転々とするだろうから、野外任務や地域をまたぐ依頼にも対応できるだろう。当然、そういった依頼の方が難易度は高くなるが、それに見合った額の報酬が約束される。とはいえ、そうは言ってもたかが一任務。国難とも言うべき窮地から人々を救った旅人にとっては朝飯前に違いない。もっとも、栄誉という二つ名を与えられた騎士が、モラという俗物的なものを日銭以上に望むものなのかという疑問はあるが。
「どこぞの旅人に称号をくれてやるほど、騎士団は人手不足なのか」
「そう言うな。確かに人手が有り余っているわけではないが、異国の騎士なんてのは今更珍しいわけでもないだろう。でなければ、俺たちはまず風立ちの地の木に頭が上がらん」
 風立ちの地は、モンド城の外に広がる草原一帯を指す。草原や高原はモンドではありふれた風景だが、風立ちの地が高い知名度を誇るのはそれなりの歴史と逸話を持つからである。
 草原の中心地には、一本の巨木がそびえたつ。それはモンド随一の大きさであると同時に、モンド史に残る女傑ヴァネッサに由来する。約1000年前、彼女は腐敗した旧貴族による統治に終止符を打ち、風神の名の下に自由を市民のもとに返還した。市民から絶大な信頼を寄せられた彼女は、のちに彼女自身が設立した西風騎士団の初代団長となり、最期までモンドを護り続けた——そんな彼女は元々この国の生まれではないことを含めて、常識の範囲内である。少なくとも、子どもに問われた時に答えられないようではモンドの父親失格である。
 その他にも、流浪騎士の逸話や、無名から劇的な活躍を遂げた騎士の物語はいくつも語り継がれている。事実、新たな騎士の台頭に市民は盛り上がっているそうだ。いまやモンド城で栄誉騎士の名を知らぬ者はいない。そうなれば無論、憧れを胸に門を叩く者が出てくるだろう。
「冒険者協会にも希望者が殺到するようになってな。これまでの閑古鳥っぷりが嘘みたいだ。嬉しい反面、素人も増えている。こればかりは希望者自体が増えているんだから仕方ないが、まあ、何の手を打たないのも本部がうるさくてな……おかげで入会試験なんてものを作らされる羽目になっている」
「入会試験?」
「そうだ。信じられないだろう? 俺もお前も、冒険者になる時は名前さえ書ければよかったんだがな……」
 流石に名前だけで良いというのは言葉の綾だ。しかし、まともな試験がなかったというのは事実である。当時は任務の達成如何によって実力が量られていた。素人が増えているという現状で同じようにしてしまえば、背伸びをした初心者が負傷しかねない。愚痴を零しつつも、サイリュスもその点を懸念しているようだ。
 応募者については冒険者協会だけでなく、騎士団もその恩恵に預かっているようだ。これまでろくな入会試験のなかった冒険者協会とは違い、騎士団では人手不足とはいいつつも慣例の騎士選抜試験が変わらず行われている。
「あまり簡単なのは良くないな、入れた後に苦労することになってしまう……だが難しくしすぎるのも良くない。優秀な人材はいつだって欲しいからな。この間も騎士団のメイドが入会試験の体験に来てくれたんだが、文句無しの満点だった。彼女のような優秀な人材が来ることを祈るしかないか」
 西風騎士団のメイドの噂は聞いたことがあった。優秀なメイド少女がおり、雑務全般を的確にこなすだけでなく、両手剣も巧みに扱うのだとか。彼女はメイドに誇りを持っているものの、決してその立場に甘んじているわけではなく日々騎士になるため努力をしている——これほどの人物でも合格できない騎士選抜試験とは一体どのような鬼門なのだろうか。庶民であるノルベルトには想像もつかなかった。
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