第3章 大人たちの喧騒
3.無銘時代①
「騎士になるのはそんなに難しいことなのか」
それは純粋な興味からの問いだった。
騎士の中には伝説に残る程の技量を持ち、相応しい武勇伝を残した者たちがいる。しかし、当然のことながら、そうでもない騎士たちもいるはずだ。もし騎士になるために求められる能力がそれほど高いのであれば、毎日欠伸をしながら門番をしている彼らも非凡な人材ということになるが……到底そうは思えなかった。
「さあな。残念ながらまだ騎士になれていない俺には分からん」
若い男は声を上げて笑った。同じ焚き火にあたり、杯の中の酒を水のようにあおっている。
彼と出会ったのは異国の風が吹く山の麓だった。男が一人魔物に挑んでいたところを見かけ、たまらず助太刀に入ったのだという。見た目以上の膂力と胆力を持ち、己よりも一回りも大きい魔物と互角の戦いを繰り広げる。荒い剣捌きは極めればより様になるだろうと素人ながら感心した。
そのまま成り行きで魔物を何体か討伐する頃には、酒場で共に余韻に浸るようになっていた。自分は同じ船に乗り合わせたようなものだからと、彼は報酬として山分けするよりやや少ない
火に枝を焚べる。爆ぜた火花が空へと上がっていく。それを目で追っているうちに、視線はいつの間にか満天の星空へと向かっていた。杯の中の酒を見つめていた彼もまた空を見上げていた。
「なるほど。その謙虚さは騎士向きだな」
「そういうお前も賞金稼ぎだなんだと言いながら、人助け物探しに尽力しているじゃないか。人のことは言えんはずだ。まさかこんなに猫探しが上手い賞金稼ぎがいるとは思わなかった」
「賞金稼ぎは、金の為に人に尽くす職だ」
互いに顔を見合わせる。同時に笑いが溢れ、静寂な森にこだました。七天神像から少し離れた森だが危険な魔物は昼間に退治したばかりで、火を焚きどちらかが起きていれば大抵の動物や魔物は避けられる。
男の杯は空になりかけていた。酒の入ったボトルを掲げて促すと、彼は嬉しそうに杯を差し出した。
「残念だ。きっと良い騎士になる」
「まだ騎士じゃないやつに言われてもな」
突き出された杯同士がぶつかる。味は変わらないはずなのに、打たれた杯で飲む酒の方が喉越しに長けるような気がした。
「君の方こそ、謙虚も大概にした方がいい。あんな大仕事を成しておいて半分もいらんと言われたら、舐められているとしか思えない」
「そうは言ってもな、俺はお前についていっただけだ。あの魔物の討伐依頼も情報も調べ上げていたのはお前だろう。ああ、そういう意味では騎士よりも冒険者向きかもな」
己の手のひらを見つめる。ひたすら剣を振り続けてきたこの手で、この世界の謎を解き明かすことなどできるのだろうか。
龍に匹敵するほどの強力な魔物が棲みつく洞窟があるという。破格の賞金がかけられた魔物討伐に数多の賞金稼ぎが挑み、ただ古ぼけた依頼書だけが残された。冒険者協会にはリスクを恐れてか掲載されていないようだった。だが、それもいつまで続くかわからない。誰も手をつけられていないうちに自分が攻略してやるのだ。
酒場でその話を聞いた男は同行を申し出た。死に急ぐとでも思われたのだろうか。「盟友を助けるのは騎士の務めだ」と彼は頑なだった。いくら同年代とはいえ会ったばかりの男を盟友と呼ぶものかと、酒場では鼻で笑った。だが翌日、彼は本当に装備をまとめてやってきたのだ。
そして決戦の日。かなりの苦戦を強いられたが、自分たちは魔物を討伐した。
しかし勝利に浸る余裕はなかった。前後からほぼ同時に斬り伏せたせいで、お互いに魔物の返り血を浴びることになったのだ。多少の返り血ならいくらでも経験はあるが、今回の魔物は大物かつ古株だっただけに、量も匂いも年季が入っていた。毒性が弱かったのは不幸中の幸いだった。それでも、頭から足に至るまでの全身に被ってしまった状態で耐えられるものではない。それは彼も同じだったようで、慌てて洞窟を出ると、来る途中に見かけた湖へ飛び込んだのだった。
数刻前の出来事を振り返り、飛び込んだ湖の冷たさを思い出す。見つめていた手のひらを焚き火にかざした。
「冒険者、か……考えたことはなかったな」
「腕っぷしに頼るなら賞金稼ぎも悪くはないが、冒険者協会の方が色々と手厚い。少なくとも、あって困るような肩書きではないしな」
時折激しい雨が降り続く国だが、この日は晴れていて助かった。ずぶ濡れになった身体は火にあたってすっかり乾き、今や酒を飲めるほどに暖まっている。
「左目に傷がある冒険者なんて様になるじゃないか」
「騎士でも冒険者でもないやつに言われてもな」
結局その日は、ほぼ一夜を森の中で明かすことになった。街へ戻り、約束通りの額の報酬を受け取る頃には、すっかり日は高く昇っていた。
彼は相変わらず頑なだった。多少の報酬は受け取ったが、山分けは殊更に拒んだ。しかし、本当にそれでは居心地が悪い。仕方なく研磨材という形で不足分を渡すと、意外にも喜んで受け取っていた。相変わらず分からない男だ。
「俺はいずれ帰る。だがその理由を見つけるまではお預けだ。寂しいことこの上ないが――友よ! 風の導くままに、再会したらこの間の続きといこうじゃないか」
未来の騎士はその後、海を越えていくと言った。ついていく義理もないのでそこで別れ、惜しくも二度と会うことはないのだろうと思っていた。
だが――。
「風の、導くままに……?」
惜しんだのはたった数年。故郷の酒場で、西風騎士の装備に身を包んだ彼と再会した。