第3章 大人たちの喧騒


0.

 夜更けの城内を男が一人歩いている。
 酒で火照った頬にあたる夜風が心地良い。少し身体を動かしたい気もあるが、深夜に酒場帰りの男を襲ってくる者は今のモンド城にはそういないだろう。数十年前、自分が子どもだった頃はいざ知らず。
 男の名はファルカといった。それなりに歳をとったしがない中年男だが、これでも騎士団を率いる大団長である。
 歩いているのは、正確には二人だった。肩には同じくらいの背丈の男を担いでいる。負傷しているわけではないが、肩を貸してやっているのにはそれなりの理由があった。何を隠そう、この男を泥酔させた要因が自分にあるのだ。
「噂には聞いていたが、本当にいるとはな」
 話しかけた先には誰もいない。ただ影が蠢いただけだった。見えないところに猫でもいるのだろう。影が足元をすり抜け、ファルカたちの前に躍り出た。
「お前のことは何と呼べばいい? 全部無しの騎士ってのは、些かセンスに欠けるだろうしな」
 影に話しかけると、それは不満そうに唸った。何度も足の影に飛び掛かっているのは抗議のつもりだろう。
「はは、すまんすまん。お前には立派な名前があるんだったな」
 分かったのならいい、そう言いたげに影は飛び掛かるのをやめた。フンと鼻を鳴らし、ファルカたちの影に並んで歩く。こうも茶目っ気があると警戒するにもしづらい。
 だが、これは「悪」なのだ——肩を貸してやっているこの男が以前そう証言したとすでに報告があがっている。
 騎士団がその情報を得た時、自分はまだ遠征の途中だった。本国に残っていた代理団長からの臨時報告で事の仔細を知ったのである。北の港が謎の怪物に襲われ、彼がそれと対峙した時、突如封印から目覚め、怪物を撃退したとのことだ。それ以上のことは彼も知らないらしい。この影が一体何で、封印するほどの力を秘めたものを何故彼が所有していたのかも。
 散々酒が入った席でも、彼はこのことについて一言も触れなかった。元々自らについて多くを語らない男ではある。そのうえ、友人と呼ぶにはやや馴れ馴れしく、知人と呼ぶには少々白々しい仲だ。あれこれと身の上話をしないところは彼らしいのだろう。
 しかし…………。
(いや、これは彼が決める事だ)
 ファルカはひとりかぶりを振った。
 最悪、故郷の脅威となるのなら対応せざるを得ない。だがそれまでは静観を貫いてもいいはずだ。何より、この男であれば大抵のことならどうにかしてしまうだろう。一般人を装ってはいるが力量は自分に引けを取らない。ぶっきらぼうだが仲間にも恵まれている。
 後はただ、物事が良い方向に動くことを祈るばかりだ。見上げると、夜空の星雲に囲まれて月が明るく輝いていた。
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