キスガス

 ゲレンデマジック、という言葉がある。
 スキー場で見ると異性が三割増しで魅力的に見える、という現象を指す言葉らしい。同性の弟分たちとつるむことが多く、異性とスキー場に訪れたことのないガストには経験のない現象だった。今日までは。
「ん?ガスト、どうした?」
愛用のボードを装着したガストの隣、片手にストックを握り、ゴーグルをずらしたキースが不思議そうな顔で覗き込んでくる。うん、三割増し。いや五割増しか。惚れた欲目も手伝って、目の前の恋人はいつもよりも眩しく、魅力的に見える。しかし大勢スキー客がいる前で素直な感想を口に出すわけにもいかず、ガストは曖昧な笑みで内心を誤魔化した。
「いや、似合ってるなーと思ってさ」
「おー、さんきゅ。お前も似合ってるぞ」
 言葉に添えられる柔らかな微笑みに、心臓がどくりと脈を打つ。ああ、恋の病というやつはこれだから厄介だ。冷たい風に晒されながらも熱のひかない頬をネックウォーマーで隠しながら、ガストは感謝の言葉を告げた。
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